【完結】35回目の離婚公爵と、話を聞いてない嫁

かおり

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第13話 秘密の代償、近づく距離

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 夜の執務室には、紙の擦れる音と、火の揺れる微かな気配しかなかった。

「……あなた、本当に、あの女をこの家の人間にするつもりなのね」

 ユヴェールは、デスクの向こうに座る兄に声をぶつけるように言った。

 グレイヴは書類から目を離さない。が、その手は、一枚もページをめくらなかった。

「言っときますけど、リュシアは――あの子の過去を知らないわ」

 沈黙がひと呼吸、重たく落ちる。

「あなたが責任をとりなさいよ。わたくしはもう知りませんから」

 それだけ言うと、ユヴェールは音もなく部屋を出ていった。

 ⸻

 夜の廊下。蝋燭の光が絨毯に揺れている。

 グレイヴが立ち止まったのは、リュシアの私室の前だった。

「……少し、いいか」

「今ですか? どうぞ~。銀の粉、気をつけてくださいねぇ」

 リュシアはいつもと変わらぬ声で迎え入れた。テーブルには曲げられた銀線がいくつも並び、小さな金槌と精密なピンセットが静かに光を弾いている。

 グレイヴはしばらく無言のまま、その作業を見つめていた。リュシアは彼を意識している様子もなく、ふんふんと鼻歌混じりに細工を続けている。

 ⸻

「……君は、なぜ、あの子に怒らない?」

 その問いに、リュシアはほんの少しだけ手を止めた。けれど顔は上げず、指先で銀線の先を整えながら、

「よくわかりませんが、怒る理由、ありましたっけ?」

 と、ごく自然に返す。

 グレイヴの視線が、彼女の横顔をじっと見つめた。

「……君は、あの子が誰の子供かわからなかったらどうする。……それでも、そばにいられるのか?」

 リュシアはピンセットを置き、ようやくグレイヴの方を見た。ふわりと笑う。

「うふふ、公爵様はもっと人を見る目を養った方がいいかもしれませんねぇ~」

「……」

 それが全てだと言わんばかりに、リュシアはおかしそうに笑った。

 ⸻

 グレイヴが静かに一歩、近づく。リュシアの手元にある銀細工を見つめ、呟くように言った。

「……それは、誰のために?」

「いつも特に決まっていませんねぇ」

「……私にも、作ってもらえないか」

 リュシアは、目を見開き――それから、小さく肩を揺らして笑った。

「お好きな曲線はありますか?」

「……いや。君の好きなように」

「それでは、“いらなかったら捨ててください”ねぇ~」

 その言葉に、グレイヴは一瞬、微笑んだように見えた。

 
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