【完結】35回目の離婚公爵と、話を聞いてない嫁

かおり

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後日譚 結婚までの話を、ちゃんと聞いてください

第2話 プロポーズ“やり直し”事件

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 公爵の執務室には、いつにも増して静かな緊張が漂っていた。

 机の上には山と積まれた結婚式関連の書類。日取り、衣装、招待客リスト。形式的な準備はすべて整っていた。

 だがグレイヴ・フォルヴァンは、ふとペンを止める。

「……そういえば、俺は──正式にプロポーズをしたか?」

 思い返してみれば、婚約は政治的判断と周囲の合意によって決まったものだった。
 自分の意思を、想いを、彼女に伝えたことはなかった。

(これでは、いけない)

 言葉にしなければならないのだと、ようやく悟る。
 この気持ちはただの形式ではない。彼女に向けた、個人的な「願い」だ。

 ⸻

 夕方、曇り空の下。

 中庭の片隅で、グレイヴは花束を抱え、硬直していた。

 季節の終わりに咲く遅咲きの薔薇。
 赤でも白でもない、淡い桃色の花々を、緊張のあまり強く握りしめすぎている。

「……リュシア」

「はい~?」
 呼びかけに、リュシアは相変わらず穏やかな笑みを浮かべて振り向いた。

「き、君に……」

「?」

「……」

 言えない。
 喉にかかった言葉が、どうしても出てこない。
 “好きだ”“結婚してほしい”──その簡単な二語が、喉の奥に貼りついて動かない。

 そして結局、彼は黙って花束を差し出した。

 リュシアはその花を受け取り、ふわりと香りを嗅ぐと、うっとりしたように目を細めた。

「まぁ~、素敵なお花ですねぇ~。この香り……どこか春の朝みたいですぅ~」
 まるで、それがただの季節の贈り物であるかのように。

「ではでは~」
 そのまま軽やかに、庭を後にしていく。

 グレイヴは、取り残されたまま、小さく肩を落とした。

 ⸻

 夜、リュシアは一人で花束を手に、回廊を歩いていた。
 灯りも落ち、風の通り道にだけ、静かな空気が流れている。

 ふと足を止めて、もう一度香りを嗅ぐ。

「……ふふっ」
 くすっと笑って、ぽつりと呟く。

「ひよこが、殻をわってるところですかねぇ~」

 その声には、あたたかな含みと、微かな待ち遠しさが滲んでいた。

 ⸻

 部屋に戻ったリュシアは、机の上に目を留める。

 そこには、以前グレイヴが贈ってくれたペンダントの箱。未開封のままだった。

 そっと蓋を開けると、銀の鎖に、花びらを模したダイヤがひとつ、きらりと光っている。

「……ちゃんと、言葉にしてくれたら、つけますねぇ~」
 誰にともなく囁きながら、箱をそっと閉じた。

 その瞳は、どこか嬉しそうで、ほんの少し、切なげだった。
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