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プロローグ
しおりを挟むざわざわとした人の気配が辺りを包んでいる。
――なんだか、凄く眠たい。
プールの後みたいな、抗いようのない微睡にアカリはふらふらしながら、どこかを歩いていた。
「邪魔だ、どけっ!!」
アカリの体は押し出されるように、そこから放り出された。
――ガタンッ。
「きゃあっ、えっ、地震!?」
大きな振動に、地震かと飛び起きた。真っ暗な狭い部屋の中。ゆっくりと覚醒する頭にフラッシュバックするちぐはぐな記憶。私は女子高生で…?
「生贄様、到着です」
イケニエサマ?そんな名前じゃない。いや、違う。今の私には名前はない。私は生まれてから今まで、一人の人間として扱われたことはない。誰から生まれたのかさえ知らず山の鬼に捧げられる為の生贄として育てられたのだ。
「……承知いたしました」
外から響く男の声にゆっくりと返事をする。本来なら、私が覚えたはずの言葉は「承知いたしました」と「どうぞ、ご自由にお扱ください」それから「はい、旦那様」の三語だけだ。先ほど驚きのあまり発した言葉は聞こえていなかったようだった。鬼に反発するための言葉など発してはいけないのだ。何をされても拒否をしてはいけない。拒否をすることは自分にとっても死につながることだときつく教えられた。
複数の足音が響いて、しばらくすれば静寂が訪れる。先ほどまであった人の気配はない。指で辿ってみても、開きそうな扉はないことから箱のようなものに詰められているのだろう。そうなると天井が蓋になるだろうか。手を伸ばして押し上げようとしてみると、少しだけがたつく。
「何か石みたいなものでも乗ってる…。私は漬物じゃない……」
途端にポロポロと涙が零れていく。ここはどこだろう。私は女子高生で、昨日まで普通に生活していた様に思う。夏休み前のテスト期間で、部活もバイトも免除されるからテスト勉強を理由にして遊びに出かけたはずだ。近場だと危ないから、電車に乗って……。思い出すのは、背中を強く押された感触と浮遊感。
「あああああ……私、階段から落ちて…死んじゃったんだ」
ぞわぞわとした嫌な感覚が体中を覆う。それで多分生まれ変わった。どうして急にそれを思い出したのだろう。
「生贄ってことは、私食われるのかなあ」
山の鬼がどんなものかを教えられたことはない。ただ毎日最低限の食事を与えられて、座敷牢とでもいうのだろうか。漫画でみたような狭い場所で、逃げないようにただ生きながらえてきた。先ほどは石が乗っているから開かないのだと思ったけれど、私の足も腕も怖いくらいに細いのだ。逃げるための筋力はない。
「お父さん…お母さん……うう、もうなんならヤマト!助けにきてよう」
ゴールデンレトリーバーのヤマトじいちゃん。私が2歳になった時に我が家にやってきたから御年14歳。人間で言えば70歳は超えているとお母さんが笑って言っていた。
涙が止まらない。こんなに涙を流したのは生まれて初めてだ。生贄として育てられた私はもっと、壊れた人形みたいだったから。
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