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3.ご飯ですよ

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「さあ、いっぱい食べてちょうだいね」
 今、私の目の前には山盛りのご飯と何種類かのおかずが並べられた御膳が置かれている。
――また、後でな。いい子にしてるんやで。
 まるで子供の扱いをされて、放り出された部屋にはふくよかな体系の品の良い、例えるなら「名物女将」か「お母さん」と呼びたくなる女性が居た。控えめながらもやはり角のある額を見ると、鬼であることは間違いないのだと思う。隣の部屋には台所のようなものがあるのだろう。女将さん(とりあえず勝手にそう呼ばせてもらう)はそこと行き来しているし、懐かしいみそ汁の香りがそちらから漂っている。
「あの……」
「なあに」
 にこにこと私に笑いかけるこの人が私を食べようとしているとはどうしても思えなくて、私の頭は混乱する。
「遠慮しないでいいのよ、口に合うといいのだけど」
 困ったように眉を下げて私の頭を撫でたその手は、ふわっとやわらかくていい匂いがした。
「私のこと、食べないんですか」
 女将さんはじっと私を見てそれからおかしそうに笑った。
「食べるところ、無いわよ」
「ひっ、太らせて食べるんですね?」
「やだもう、そんなに困ってる様に見えるのかしら。ふふふ、食べないわよ。食人はもうずっと昔に無くなった文化なのよ」
 食人。その響きだけで血の気が引く。そういう言葉があること自体恐怖の対象でしかない。過去でもなんでも私は生贄のはずだ。
「わた、私生贄として捧げられたんですよね」
 そう育てられたもの。でも食べるなら、もうちょっとお肉あった方が良かったよね。
「……違うわよ。でも、そっちではそうなってるのね。うーん。あなた珍しくお喋りさんだから、説明してあげた方がいいのかしら。でも、それはそれで私は残酷だと思うのよ」
「あ……」
 そうだ。と思い出す。本来なら、私はこんなに喋れない。と言うより、前世を思い出したから無意識に発していたけれど、私は何語を喋っているのだろう。日本語をそのまま喋っている気がするのに。
「とりあえず若様に聞いてみてからになるし、ご飯少しでも食べて。あなたまともに歩けもしないでしょう?」
 え。と思う。でも確かにその通りだ。立つことくらいはできるけど、たくさん歩くのは難しいだろう。
「あの、お湯……もらえますか。あと小さい器をお願いします」
 出来るだけ丁寧にお願いしてみる。流れる静寂が一秒でも心臓がバクバク音を立てた。
「あっ。そうね、お粥がいいわね。ごめんなさいね、私初めてなのよ人のお世話するの」
 お粥あるんだ。パタパタと台所の方へ姿を消した女将さんを見送りながら、私は頭の中に浮かんだ疑問と向き合うことにした。
「和室だよね。畳だし、本当旅館かドラマとかのセットみたい。浴衣を着てるし、鬼だって実在してること以外認識は一緒みたいだし。ここってどこなんだろう。死んだ気がしたから、前世なんて思ったけど。本当はただ夢みてるだけなのかな……オタク脳で作りこみすぎな夢みてるだけなら、早く起きてお母さんのご飯食べたいな……」
 また、涙があふれる。浴衣の袖で涙を拭えば、腫れぼったい瞼がこすれて痛かった。

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