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大和の話.1

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人が捨てられているのに遭遇すると言うのは、鬼にとっては珍しいことではない。人ではなく金色に光る飾り物や、米の場合もあるがそれを総称して【贄】と呼ぶらしい。それは仰々しく豪華に飾られていることもあれば、ただ捨て置かれた人が冷たくなって発見されることもある。生きて保護された人は同様に怯え、恐怖で死を選ぶことがほとんどだ。
「助けられへんなら、見なかったことにする方がええんかなあ」
大和が発見したのは、木箱の様なものだった。人が入るには少々小さめに見えたそれがなんであるかを確認するために近づいた。鬼を恐れる人間たちは、こうして鬼たちが住む山の麓に何かを置いていく。鬼の側からしてみれば迷惑なものだが、害そうとしてのことではないらしくどう対処したものかと長年の悩みとなっていた。
鬼は人が好きだ。それは古く歴史に残る食人としての意味ではない。人を愛らしいと思う感情が遺伝子レベルで刻まれているのだ。不要として置いていくものだと言うのなら保護して可愛がってやりたい。だが、人を囲うことは難しく、泣いて衰弱するばかりだ。極力友好的な態度を見せてやるのだが、人は鬼の言葉を理解しない。しないはずなのだ。
――コンコン。
 生き物が入っているのか確認のために、箱をそっと叩いてみる。何事か聞こえた気がしてそっと耳を澄ます。
「……入っ……すよ」
 小さな声と、弱弱しく木を叩く音が聞こえた。大和は驚いた。怯えるどころか、助けを求めるような声に聞こえる。いつの間にか早鐘を打ち始めた心臓をどうにか抑えるために深く呼吸をする。
――これは、当たりかもしれへん。
 焦る気持ちを落ち着けて、ひとまず箱を運ぶことにした。極力中に振動を与えないように丁寧に手持ちの紐を括りつけて背に乗せた。
「なんや、今回の贄は鳥みたいにうるさいなあ。元気なのはええけど」
 喜びをこらえきれずに大和は言った。どうせ伝わらないと思ったからだ。しかし不思議なことに箱が静かになる。
「黙ったな。聞こえたんか」
 まさか。と思う。もしや。と期待する。
「怖がらんでええよ、もうちょっとおやすみしとき、な?」
 そっとあやすように木箱を叩く。大和は今すぐにでも箱をこじ開けて中にいるのが別のあやかしではないかと確認したかった。けれどもし、人であったなら乱暴にしては全てが台無しになってしまう。屋敷について、ゆっくりと中身を確認しなければならない。言葉が通じる人などいるはずがない。そうわかっていても大和は歓喜に震えていた。
「ああ。どないしよう。はよ帰らな。でも、あんまり乱暴にしたら傷つけてまうかもしれん……」
 屋敷までの遠くない距離が、まるで果てのない迷い道のように感じる。
「夏でもないのに、汗でびっしょりや……」
 緊張で噴き出す汗に、大和は困ったように眉を下げた。まだ顔さえ見ていない箱の中にいる何かが、自分が愛でるべき人なのだと。そう感じて堪らないのだ。
 ごくりと喉が鳴った。
「あつい……水が欲しいなあ」
 大和の呟きは誰に届くことなく、闇の中に消えた。
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