もうすぐ死ぬ悪女に転生してしまった 生き残るために清楚系美女を演じていたら聖女に選ばれました

来須みかん

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1巻

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   第一章 悪女メアリーは生き残りたい


「お前には失望したよ。メアリー」
「お父様……」

 大きくふりかぶられた父の右手が、メアリーの左頬を打った。
 冷たい瞳を向けられ、自分は父の期待に応えられなかったのだという深い絶望に襲われる。

(もう、死んでしまいたい……)

 そう思った途端、メアリーの脳裏に見覚えのない映像が広がった。
 そこは見たこともない世界で、ニコニコと微笑む女性の姿がある。
 彼女はメアリーとまったくちがう姿なのに、なぜかハッキリとこう思った。

(あれって私……だよね?)

 その楽しそうな『私』は、時間とお金をつぎこんで『聖なる乙女の祈り』という乙女ゲームを熱心にプレイしている。

(そうそう、イラストが綺麗で、声優も豪華で、ストーリーも最高で、すごくハマってて……)

『私』は携帯ゲーム機を握りしめながら「はぁ」とため息をつくと、ベッドの上をゴロゴロと転がった。

「私が死んだら、絶対このゲームの世界に転生したい! モブでもなんでもいいです! お願い神様!」

 不思議な映像はそこで途切れ、メアリーは我に返る。
 父の姿はすでになく、メアリーは自分の部屋に一人取り残されていた。

(なに、今の……あれ、転生したいって思ってたのは『私』で……これって、夢……?)

 父に打たれた頬が熱を持ち、これが夢ではないと教えてくれる。見慣れたはずの部屋を見渡すと、そこは中世ヨーロッパ風の豪華なインテリアで埋めつくされていた。

(えーと、待って待って。もしかして、本当に転生? これ、私の願いが叶っちゃってる!?)

『前世の自分がなにをしていたのか』とか、『どうして死んでしまったのか』などの詳しいことは思い出せない。ただ、『聖なる乙女の祈り』のゲーム内容だけは鮮明に覚えている。

「やったー! やったー!」

 メアリーはぴょんぴょんと飛び跳ね、部屋にあった姿見で己の姿を確認する。

「うっわ、誰これ!? すっごい美人! モブでもいいですなんて言ったのに、こんな美人にしてくれるなんて!」

 メアリーは「神様、ありがとー!」と叫ぶと豪華なベッドにダイブした。

「あー、ダメダメ。今の私はメアリーっていう貴族の令嬢なんだからね。はしたない行動は慎まないと……」

 前世の記憶とメアリーとしてここまで生きてきた記憶。その両方があるので、慣れるまで少し違和感があるかもしれない。
 メアリーはベッドから起き上がると、今の状況を声に出して確認しはじめた。

「えっと、私はアニスヴィヤ王国、ノーヴァン伯爵家のメアリーね。でもあれだわ、正妻の娘じゃなくて、伯爵がメイドに手を出して産ませた子ども。だから、庶子ってやつね」

 そのせいで伯爵夫人にこれでもかとイジメられ、異母兄には軽蔑され、唯一メアリーが聖女になることを期待して目をかけてくれた父にもたった今、見捨てられたところだ。

「あーこりゃ、メアリーさん、人生に絶望するわ」

 ただ、前世の記憶を思い出した今は、メアリーであってメアリーでないので、この世界の家族のことはもうどうでも良くなっていた。
 メアリーはもう一度鏡を見る。鏡の中の女性は白くきめ細かい肌に、輝く黄金色の美しい髪。そして、どこか影がある青い瞳が色っぽい。胸は豊かで腰が細く、手足もモデルのようにスラッとしていた。

「うーわ、私好みの儚げ美女だわぁ。でも、ゲームにこんなキャラいたかな? メアリー……メアリー……?」

 そういえば、ゲームの主人公をおとしいれようとする悪女がメアリーという名前だった。

「え? 嘘。メアリーって、悪女のメアリー・ノーヴァン?」

『聖なる乙女の祈り』は、主人公であるパティが攻略対象の聖騎士たちと恋をしながら聖女を目指すゲーム。
 そこにライバルとして登場するメアリーはパティと同じ聖女候補で、ありとあらゆる陰湿な嫌がらせをくり返し、最終的にパティを殺害しようとする悪女だ。どれだけ嫌がらせをされようと、いつも明るく朗らかなパティと違い、ゲームの中のメアリーはキツい顔立ちの傲慢で暴力的な女性だった。
 けれど鏡の中のメアリーは、どちらかというと大人しそうな印象だ。

(そういえば、私、庶子だからってバカにされないようにわざと濃いメイクしてたっけ……。今思うと似合ってなかったし、もったいないことしたわね)

 ちなみにゲームでのメアリーは、パティがどのルートへ進もうと必ず死んでしまう。タイミングと死に方がちがうだけで、死の結末は免れない。
 そして、今。聖女となるべく神殿でパティと競い合っていたはずのメアリーは、ゲームのストーリーと同様に、パティへの殺害未遂容疑をかけられ、家に謹慎させられている。明日になればパティに心酔した聖騎士たちがメアリーを拘束しに来るだろう。多くのルートではそのまま断罪されてジ・エンドだ。断頭台へのカウントダウンはすでに始まっている。

「あ、れ? もしかして、私……もう手遅れ? こういうのって、普通なら子ども時代に前世の記憶を思い出して『これから悪女を回避するために頑張るわ』って話になるんじゃないの!?」

 それなのに、メアリーには散々パティをイジメた記憶があった。メアリー自身、子どもの頃から伯爵夫人にイジメられてきたのでイジメ方には事欠かず、ありとあらゆる方法でパティをイジメてきたのだ。

「でも私、殺そうとまではしてないのに……」

 今までのメアリーの記憶を思い出しても、パティを殺害しようと思ったことはなかった。
 メアリーの目的はあくまで自分が聖女になることだ。

(メアリーは聖女になって、一度でいいからお父さんに笑顔で褒めてもらいたかったんだよね……。こうして考えてみると、パティをイジメたことは、本当に悪いけど、メアリーも結構可哀想な子だわ。しかも、身に覚えのない罪で裁かれそうになっているということは、誰かがメアリーを殺そうとしているってことじゃない……?)

 大好きなゲームの世界を楽しむどころか、命を狙われている。

「とりあえず、生き残ろう……。まず、それだ」

 メアリーはなんとしてでもこの世界で生き残る覚悟を決めた。
 そうと決めたら、聖騎士たちに気に入られるように立ち回るしかない。メアリーがたどる結末のほとんどは、聖騎士に殺されるものだからだ。
 そのためにメアリーは、まず外見を整えることにした。クローゼットを開けると、そこには赤や黒の派手なドレスが並んでいる。

(いやいや、こんないかにも『悪女です!』みたいな服を着てたら私の印象最悪だよ!)

 明日メアリーを拘束しに来る聖騎士たちは、皆、ゲームの攻略対象者だ。彼らが恋に落ちるのは清楚で可愛らしい主人公のパティなので、正反対のメアリーに好印象を抱くはずがない。
 メアリーは泣きたい気分でクローゼットをあさる。その結果、飾り気のない白のワンピースを見つけた。

(あ、これ、聖女選抜の時に無理やり着せられたワンピース)

 あの頃のメアリーは「高貴な私にふさわしくない!」とキレて暴れたが、今見るとそですそのレースが上品でとても可愛らしい。

(これを着よう!)

 いそいそと着替えると、今度はメイクに取りかかる。

(濃いメイクはダメ。聖騎士たちは皆、パティみたいな清楚系が好きだからね)

 聖騎士たちに命乞いをするにしても、見るからに性格の悪そうな女が泣きつくより、清楚で可憐な女が泣いたほうが印象はいいはず。メアリーは大人しそうな顔を隠さない程度に薄くメイクをする。
 メイクや着替えを手伝ってくれるメイドなんていない。この家には、メアリーの味方はいなかった。もし、少しでもメアリーをかばおうものなら、伯爵夫人の怒りを買ってすぐに辞めさせられてしまうからだ。
 鏡に映った姿を見て、メアリーは満足そうにうなずいた。

「なかなかの清楚系美女。影のある目元が薄幸そうでいいわ。あと、これね、背中の傷」

 さっき着替える時に見えたメアリーの背中には、伯爵夫人に叩かれたり物を投げつけられたりしてできたアザや傷が残っていた。

「傷は聖なる力で治せるけど、私、身体が固くて背中まで手が届かなかったのよね……」

 メアリーは子どもの頃から聖なる力が強く、傷を負っても自分で治すことができた。けれど治療するには傷に触れる必要があり、手が届かない場所はどうしようもない。だからメアリーは背中が見えるドレスを決して着なかった。

「もう最悪の場合、聖騎士どもに、この背中の傷を見せて『ずっと虐待されてました~』って泣きついてやるわ」

 プライドが高かった以前のメアリーは、夫人から虐待を受けていることを必死に隠していたが、今はもう守るプライドもない。

「使えるものはなんでも使って生き延びてやる!」

 鼻息荒く立ち上がると、くらりとめまいがした。お腹がキュルキュルと切なそうな音を立てる。

「あー……お腹すいた」

 この部屋に閉じこめられてから、まともに食事をもらえていない。

「ダメだわ。このままだと命乞いする前に、空腹でぶっ倒れるかも……」

 仕方なくメアリーは自室の扉をそっと開けた。メイドの姿はないが、その代わりに、こちらをにらみつける異母兄ルーフォスの姿があった。ルーフォスは聖騎士がまとう藍色の騎士服を着て、腰に剣を帯びている。

(そうそう、ルーフォスも聖なる力が強いから、聖騎士の一人に選ばれているのよね……)

 ルーフォス・ノーヴァンは、父がメイドに産ませた庶子のメアリーを軽蔑していた。面と向かって「汚らわしい」と言われたこともある。

(きっと、私が逃げないように監視しているのね)

 殺害未遂の容疑者にもかかわらずメアリーが今こうして伯爵家の屋敷にいるのは、このルーフォスの存在が大きい。潔癖にも近いルーフォスなら、たとえ身内でも犯罪者を逃がすことはないという判断で、メアリーは牢屋ではなく家での謹慎――という名の軟禁で済まされた。
 そして、このルーフォスは、乙女ゲーム『聖なる乙女の祈り』の攻略対象者の一人だ。

(あーあ。ゲームでのルーフォス・ノーヴァンは、大好きだったのになぁ)

 メアリーと同じ金髪碧眼のルーフォスは、鋭い印象の美青年だ。
 ゲームでは毒親の伯爵夫人と、性悪の異母妹メアリーによって深く傷つけられ、女性を嫌悪するキャラだった。そんなルーフォスの凍りついた心を、ゲーム主人公のパティが溶かし、癒していく、というのが彼のルートのシナリオだ。何度冷たくあしらわれても、優しく微笑みかけてくれるパティに少しずつ少しずつ心を開いていく……そんなルーフォスに、ゲームではとてもときめいていたのに。
 メアリーは改めて目の前のルーフォスを見る。確かにゲームと同じように美しい顔をしているが、少しもときめくことはない。

(だってさ、コイツ、メアリー視点だと、腹違いとはいえ虐待を受けている妹を助けもしないどころか「汚らわしい」とか言ってくる最低野郎だよ? なに自分だけ被害者ぶってパティに癒してもらってんの? 一発ぶん殴ってやりたいわ)

 そうは思っても、彼も聖騎士なのでメアリーが生き残るにはびを売るしかない。

「おに……」

 お兄様と呼ぼうとすると、ルーフォスの顔が汚いものを見るように歪んだ。

(あ、そうそう。コイツ、私にお兄様って呼ばれるの嫌がっていたっけ)

 それでもなんとか家族として認められたかったメアリーは、しつこく「お兄様」と呼んでさらに嫌われていた。
 メアリーは、ワンピースのすそを持つと、いつもより深くルーフォスに頭を下げた。

「ルーフォス様、この度は大変申し訳ございません」

 ルーフォスはさらに顔を歪めて「謝って済む問題とでも思っているのか?」と吐き捨てるように冷たく言い放つ。

「いえ、ルーフォス様のおっしゃる通り、汚らわしい私などが伯爵家に足を踏み入れたのが間違っておりました」

 頭を下げて、ルーフォスに顔が見えないのをいいことに肩を震わせ、泣いているふりをする。
 そんな妹を鼻で笑いながらルーフォスが放った言葉がこれだ。

「ようやく自分の立場を理解したか」
(うーわ、ないわぁ。お前にパティはもったいない)

 メアリーが知る限り、パティはゲーム通りの美しく心優しい女性だった。メアリーにいくらひどいことをされても、彼女が怒りを露わにすることはなかった。ただ、静かに悲しそうな瞳をこちらに向けるだけ。

(ああっ、本当にごめんね。パティ)

 今すぐ彼女の足にすがりついて泣きながら今までのことを謝罪したい。そう思うと本当に涙がにじんできた。
 そうしているうちに、また空腹でめまいを感じる。

(う、お腹がすきすぎて気分が悪い)

 くらりと身体がかたむくと、ルーフォスはすばやく剣を引き抜きメアリーに突きつけた。

「なんのつもりだ?」

 メアリーは床に両膝を突いてルーフォスを見上げた。
 威嚇するように向けられたルーフォスの鋭い刃がメアリーの頬に当たり、薄く肌を傷つける。痛くはない。聖なる力のおかげで、これくらいの傷で痛みを感じることはない。


「申し訳、ありません。空腹でめまいが……」

 ルーフォスは鼻で笑うと「浅ましい」とつぶやき、その場を立ち去った。去り行く背中をにらみつけ、メアリーはたった今できた頬の傷にそっと触れた。

(いいものをもらったわ)

 今までのメアリーなら、すぐに傷を消していたが、今はこの傷すら生き残るための武器になる。

(聖騎士ルーフォスが女の頬を傷つけて平然としている男だと知ったら、パティや他の聖騎士たちはどんな顔をするかしらねぇ?)

 心優しいパティはそれでもルーフォスを受け入れるのだろうか?

(それに、庶子なのは、実は私だけじゃないのよねぇ。お兄様はその方にも『汚らわしい』って言うのかしら?)

 この乙女ゲームをプレイし尽くした記憶を持つ今のメアリーだからこそ知る秘密がたくさんある。それを使えばルーフォスに復讐することもできそうだ。
 メアリーは悪女の名にふさわしい、不敵な笑みを浮かべた。

(まぁ、それより今は、なにか食べないとね)

 メアリーは立ち去ったルーフォスが戻ってこないことを確認してから、厨房に向かった。この屋敷は、貴族と下働きで居住場所を完全に分けている。二ヶ所は細い通路で繋がっていて、騒がしい厨房は下働きの居住区にあった。

(今までの私だったら、暴れてメイドたちに『食事を運びなさい』って叫んでいたけど、そんなムダなことはもうしないわ)

 食事が運ばれてこないなら、直接厨房に行って食料を確保すればいい。途中で何人かのメイドとすれ違ったが、皆、不思議そうな顔をしていた。もしかすると、今までのメアリーと服装やメイクが違いすぎてメアリーだと気がついていないのかもしれない。
 メアリーが厨房に顔を出すと、コックと三人のメイドたちが戸惑ったように声をかけてきた。

「なにかご用でしょうか?」

 メアリーは人差し指を立てて「静かに」とささやいた。そして、厨房を物色しはじめる。

「あ、あの……?」

 戸惑うコックに「ネズミが入ったと思って見逃して」と伝えると、彼は「え? メ、メアリー様?」と今頃気がついたように驚いて声を上げる。

「あの、メアリー様……」

 コックはなにかを言いたそうに自分の手を何度もさすっている。

「わかっているわ。伯爵か伯爵夫人に、私に食事を出さないように言われているのでしょう? でもお腹がすいたの。私は、明日にはいなくなるからお願い、見逃して」

 こんがんするように見つめると、コックの頬が赤く染まる。

(どうだ、薄幸美女のお願いの威力は!?)

 コックとメイドたちは顔を見合わせると、なにも言わずにパンやらクッキーを渡してくれた。

(こんな簡単に、人が思い通りに動くなんて……)

 これは今のメアリーが庇護欲をそそる風貌をしていることだけではなく、厨房で働く人たちが、以前のメアリーとあまり顔を合わせていなかったのも良かったのかもしれない。

「あ、ありがとう」

 少し感動してしまい礼を言うと、メイドの中で一番年が若そうな少女が顔をしかめながら叫んだ。

「やっぱりこんなのおかしいですよ! お嬢様、これも食べてください!」

 少女が作りたてのスープをお皿に注ごうとして、年配のメイドが慌てて止める。

「やめな、ラナ! 奥様にむちで打たれたいのかい!?」

 ラナと呼ばれた少女は泣きそうな顔で唇を噛みしめる。メアリーは彼女にそっと微笑みかけた。

「これだけあれば大丈夫よ。気持ちだけいただいておくわ。ありがとう」

 これ以上厨房にいると、ここにいる人たちに迷惑をかけてしまう。
 メアリーはパンとクッキーを胸に抱えると、そっとその場を後にした。幸いなことに帰りは誰にも会うことなく、自分の部屋まで無事に戻ることができた。
 部屋の中でパンをかじり、飢えを満たして、水を飲む。

(この世界のいいところは、建物の造りが中世ヨーロッパ風なだけで、上下水道が完備されてて衛生的なところよね)

 電気はないが、その代わりに魔法の力でなんとかなっているらしい。『ここらへんの設定がふわっとしているのも、乙女ゲームらしいわね』とメアリーは納得することにした。
 そのふわっとした設定のおかげでメアリーの部屋には洗面台と風呂がついている。なので、水は飲み放題だ。
 窓の外を見ると、もう日が暮れはじめていた。

(食べ終わったら、お風呂に入ろうっと。髪も洗って綺麗にしておかないと)

 聖騎士たちに命乞いをする清楚系美女は、もちろん清潔なほうがいいに決まっている。

「できることは全部しておかないとね」

 そうつぶやくと、メアリーは明日が怖いような楽しみなような、不思議な気分になった。


 次の日の朝。メアリーは太陽が昇ると同時に起きて、念入りに身支度を整えた。昨日練習した薄めのメイクを施し、昨日着ていた白いワンピースをもう一度着る。

(できるなら洗濯しておきたかったけど、それは仕方ないわね)

 長い金髪を丁寧にとかすと、サラサラのストレートになった。金糸のように美しい髪が、朝日を浴びてキラキラと輝いている。

(いつも派手に巻いていたけど、こっちのほうがいいわね)

 鏡の前でくるりと回ると、自分で自分の姿にうっとりしてしまう。

(はぁ。私、イケメンももちろん好きだけど、儚げな美少女や美女のキャラクターも大好きなのよね……。我ながら最高の出来だわ)

 しばらくすると、外が騒がしくなった。窓から様子をうかがうと、どうやら聖騎士たちがメアリーを拘束しに来たらしい。

(とうとう来たわね……)

 メアリーは何度も深呼吸しながら、祈るように両手を握りしめた。これから起こることを考えると、どうしても身体が小刻みに震えてしまう。扉の外で複数の足音が聞こえた。ノックもなく勢いよく扉が開く。

「メアリー・ノーヴァン。聖女候補パティ嬢への殺害未遂容疑でお前を連行する」

 そう冷たい声で言い放った赤い髪の男を見て、メアリーは『ついてる!』と内心歓喜した。
 赤い髪の男――聖騎士エイベル・フランティードは、侯爵家の令息で、メアリーと同じ庶子だった。もちろん、このことは厳重に隠されているが、ゲーム内ではその事実をめぐって事件が起こり、彼と主人公のパティが協力して解決することになる。
 ちなみに、エイベルは聖騎士の中では小柄で、童顔とでもいうのか、可愛らしい顔をしている。ゲーム内では、猫のように気まぐれな行動を取り、主人公のパティに弟のような愛らしさで懐いてくる。もちろん、乙女ゲーム『聖なる乙女の祈り』の攻略対象者の一人だ。

(庶子のエイベルなら、同じ庶子のメアリーに同情してくれるかも!?)

 少しの期待を込めてエイベルを見ると、エイベルはなぜか綺麗な緑色の瞳を大きく見開いていた。そして、助けを求めるようにルーフォスを見る。

「えっと、メアリーは?」

 ルーフォスは無表情であごをしゃくった。

「そこにいるだろう」
「え?」

 戸惑うエイベルに、メアリーは静かに頭を下げた。エイベルは「ちがうちがう!」と首をふる。

「ええ!? ぜんぜんちがうって! メアリーってなんかこう、毒々しいというか! こんな美人じゃなかったじゃん!」
(ハッキリ言うわね……。でも今は美人って認めてるってことよね)

 エイベルは誰に対してもこういうあけすけな物言いをするので、以前のメアリーはエイベルのことが大嫌いだった。かつて、エイベルはメアリーに「お前、性格悪いな」と面と向かって言ってきたのだ。

(まぁ、私も否定はできない性格の悪さだったけどさ)

 エイベルは未だに信じられないようで「替え玉か!?」とか「魔法か!?」と叫んでいる。そんなエイベルを無視して、ルーフォスはメアリーをにらみつける。

「大人しくついてこい。これ以上、恥をさらすな」

 メアリーがヒステリーを起こし暴れるとでも思っているのか、ルーフォスの手は腰の剣に触れていた。

「はい、ルーフォス様」

 わざと他人行儀に頭を下げてルーフォスの後に続く。そんなメアリーの後を、エイベルが納得できないという様子でついてくる。

(私を拘束しに来た聖騎士は二人だけなのかしら?)

 ゲームはパティの視点で進むので、メアリーはこのシーンの詳細を知らない。ただし、神殿で聖騎士とパティの前に引きずり出されるメアリーの一枚絵があったので、これから神殿に連れていかれて、断罪イベントが起こることは確実だ。
 ルーフォスは馬車の前で立ち止まると「乗れ」と短く命令した。メアリーが大人しく従い、御者が扉を閉めようとするのをエイベルが止める。

「待って待って、僕も乗るから!」

 予想外のことに驚いていると、本当に馬車に乗りこんできたエイベルは、メアリーを上から下まで眺めた後に「本当に、君が、あのメアリーか?」といぶかしげに眉をひそめた。
 馬車はメアリーとエイベルを乗せてゆっくりと動き出す。
 メアリーの向かい側の席に座ったエイベルは、腕を組んで不思議そうにしている。

「うーん、どう見ても別人だ。でも、ルーフォスならたとえ妹でも、容疑者を逃がすとは思えないし……」

 真剣に悩むエイベルを見て、メアリーは『これはチャンスかもしれない』と思った。

(せっかくエイベルと二人きりで話せるんだから、思いっきり可哀想な子アピールをしたらいいんじゃない!?)

 そう思いついた途端に、メアリーはおびえるように胸の前で両手を抱えた。そして、できる限りか細い声を出す。

「私は本当にメアリーです。それに、ルーフォス様の妹ではありませんので……」
「は? どういうこと?」
(よし、食いついてきた!)

 メアリーは悲しそうに見えるよう目を伏せた。

「私は……その、汚らわしい庶子で、高貴なルーフォス様の妹ではありません。今まで偽っていて申し訳ありませんでした」

 返事がないので、チラッと視線を向けると、エイベルは目に見えて顔がこわばっていた。

「汚らわしい、庶子?」


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