もうすぐ死ぬ悪女に転生してしまった 生き残るために清楚系美女を演じていたら聖女に選ばれました

来須みかん

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1巻

1-3

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「……私がパティ様に嫌がらせをしてきたのは事実です。そのことについてはどのような罰でもお受けします。ですが、この事件は別です! このまま真犯人が捕まらなければ、またパティ様が危険な目に遭ってしまいます。それだけは避けたいのです」

 メアリーは乙女が祈るように胸の前で両手を合わせる。チラッとメイドを見ると、怒りで顔を赤くしていた。

「皆様のお話を聞く限り、この事件は殺害未遂で、パティ様は生きていらっしゃるのですよね? 毒を飲まれてしまったパティ様はご無事ですか?」

 この質問には騎士団長のカルヴァンが答えた。

「パティ嬢は毒が入ったお茶に口をつけていない」

 メアリーはホッと胸をなでおろす。メアリーと同じく聖なる力の強いパティは毒程度では死なないと、ゲームの知識で知っていた。けれど、まったく効かないわけではない。今彼女がこの場にいないのは、毒を飲んでしまって苦しんでいるからかもしれないと、少し心配していたのだ。

(だけどこれだけ騒ぎたてるってことは、聖女候補が毒くらいでは死なないって、皆、知らないようね)
「良かったです……。でも、カルヴァン様。それならどうして毒入りだとわかったのですか?」
「その場にいたクリフが気づいたのだ。パティと二人でのお茶会だったらしい」
「そうでしたか」

 天才魔導士クリフなら、毒入りのお茶を瞬時に見分けるくらい簡単なことなのだろう。メアリーは困ったような顔を作り、嘘つきメイドを見つめた。

「それでは、どうして私の参加していないパティ様とクリフ様のお茶会に、私付きのメイドであるあなたが居合わせたのですか? 私に脅迫されたと言いますが、もしそれが嘘なら毒入りのお茶をパティ様に飲ませようとしたのは、あなた自身ということになりますよね?」

 メイドの顔が青ざめた。ようやく、自分が犯人だと疑われていることに気がついたようだ。カタカタと震え出したメイドを見て、ハロルド王子は優しく微笑んだ。

「うん、話はよくわかった。メアリーよりこのメイドに詳しい話を聞いたほうが良さそうだね」

 エイベルが「僕に取り調べをさせてください!」と語気を荒くする。

「任せたよ。エイベル」

 エイベルは小声でメアリーに「頑張ったね」とささやいた後、メイドを連行していった。メイドはメアリーを指さしながら、「違います! あの女が! あの女が悪いんです!」と部屋を出る最後の最後まで叫んでいた。

(なんとか、生き延びた……? それにしても、こんなこと、調べればすぐに私が犯人じゃないってわかりそうなものなのに……)

 椅子から立ち上がったハロルド王子は、笑顔のままメアリーのそばに来た。そして、顔を寄せメアリーの耳元で優しくささやいた。

「メアリー、君を殺せなくて残念だよ」

 一瞬、なにを言われたのかわからず、ハロルドの顔を見ると、ハロルドは器用にパチンとウィンクした。

(この腹黒王子……初めから私が無実だとわかっていたのに、私を消したくてメイドの嘘を利用したってこと?)

 初めから、メアリーが毒を入れたかなどはどうでも良かったとでも言うかのような態度だ。
 実際、もしここで、いつものようにメアリーが叫んで暴れていたら、メアリーは確実に殺されていた。
 ハロルドは何事もなかったように「カルヴァン、メアリーをしばらく護衛してくれ」と微笑んだ。

「はい」

 静かに返事をしたカルヴァンは、メアリーを見るとフッと笑うように少しだけ口端を上げた。

(これは……護衛じゃなくて、監視ね)

 そもそも騎士団長が王族以外の護衛につくことがおかしい。

(腹黒王子様は、『隙あらばお前を殺すぞ』って言いたいのね)

 悪女メアリーを殺したいのは、伯爵夫人だけではない。

(生き延びたと思うのは、まだ早いみたいね)

 メアリーは深いため息をついた。



   第二章 クセの強すぎる聖騎士たち


 ハロルド王子の指示で、メアリーは伯爵家には戻らず、事件の真相が明らかになるまで神殿内で暮らすことになった。メアリーに与えられた部屋は窓が一つとベッドがあり、あとはテーブルとソファが置いてあるだけのシンプルなものだ。伯爵家の自室に比べると質素だが、メアリーが一人で暮らすには十分な広さがある。

(伯爵家に戻る気はなかったから、部屋を与えてもらえて良かったわ)

 それより問題なのは、王子の指示でメアリーの護衛を任されたカルヴァンが、部屋の中までついてきたことだ。
 カルヴァンは、メアリーを殺したいと思っているハロルド王子の腹心だ。メアリーの味方であるはずがない。

(コイツ、急に切りかかってきたりしないわよね? えっと……ゲームの中では、カルヴァンってどんなキャラだったっけ?)

 騎士団長のカルヴァン・ナイトレイも、もちろん、ゲーム『聖なる乙女の祈り』の攻略対象者だ。聖騎士の中では最年長で、くすんだ灰色の髪と、青味の強い灰色の瞳を持っている。

(無口で硬派な騎士様で、外見だけは、ものすごく私の好みなんだけどねぇ……外見だけは)

 というのも、カルヴァンは誠実そうな外見とは裏腹に、美女をとっかえひっかえしている遊び人なのだ。ゲームでは、過去に愛した女性に手ひどく裏切られてから、そうなったと描かれていた。「真実の愛などない」と言い切るカルヴァンが、主人公のパティと交流していくうちに再び真実の愛を信じられるようになる……というのが彼のストーリーだった。

(パティが誰と仲が良いかわからないから、今ここにいるのは遊び人のカルヴァンと思っていたほうがいいわね)

 そう思った途端に、ふわっと後ろから抱きしめられた。メアリーの頭上から低い声が響く。

「大変でしたね。メアリー嬢」

 その声は優しげで、どこか色っぽい。

(……あー、なるほど。これ、ハニートラップってやつだ)

 ハニートラップとは『甘い罠』という意味で、元はスパイが色仕掛けで対象を誘惑し、弱みを握って脅迫したり、本気で惚れさせていいなりにしたりすることだ。
 カルヴァンはメアリーの耳元に唇を寄せると、「私があなたの傷ついた心を癒してあげられれば良いのですが……」とささやいた。その声はどこか苦しそうで、メアリーを気遣っているような響きがあった。

(すごいわ、本気で私を心配してくれているみたいに聞こえる。さっきのメイドといい、カルヴァンといい、恐ろしい演技力! ここで気を許すと、私は殺されるってわけね)

 メアリーは、ゲームの知識のおかげで、カルヴァンがその気のない女性に無理やり手を出さないことを知っていた。彼はあくまで相手の同意を得てから遊ぶのだ。

(そういうことなら、私はこれから、徹底的にすっとぼけるまで!)

 メアリーは、カルヴァンの腕からするりと抜けると、おずおずと床に両膝を突いた。
 カルヴァンは不思議そうな声を出す。

「メアリー嬢?」

 メアリーは、カルヴァンに向き直ると、拳を握りしめて両腕を差し出しうつむいた。そのままの姿勢で動かなくなったメアリーにカルヴァンは戸惑っている。

「メアリー嬢、どうしましたか?」

 その質問に、心の底から不思議そうに聞こえるよう、メアリーはつぶやいた。

「あの……むちで、打つのでは?」

 カルヴァンが驚いた瞬間に、メアリーは「はっ」として、膝を突いたままカルヴァンに背を向けた。

「申し訳ありません! 打つのは背中……ですか?」

 メアリーは再び顔をうつむけ、震えて見えるように身体を小刻みに動かした。

(どうだ、薄幸そうな美女がおびえて震える姿は!?)

 そっとカルヴァンを見ると、毒気を抜かれたように軽くため息をついていた。そして、ソファに腰をかけ、「お茶でも飲みませんか?」と聞いてくる。カルヴァンの意図は、メイドを呼んでお茶をれてもらおうというものなのだろうが、メアリーはすぐに立ち上がると、部屋に置かれていたティーセットの準備を始めた。

「メアリー嬢?」

 戸惑うカルヴァンに、「はい、ただいま」とメアリーは硬い声で答えた。

(言っとくけど、伯爵家では誰も私にお茶なんてれてくれないから、お茶くらい自分でれられるからね?)

 手早く準備をすると、ソファの横に両膝を突いて、テーブルにそっとカップを置いた。

(どうだ、薄幸そうな美女が、おびえながら従順にお茶をれる姿は!?)

 カルヴァンがこちらに手を伸ばしたので、メアリーはとっさに父に頬を打たれたことを思い出し、顔を守るように両腕でかばい目を閉じた。
 いつまでたっても衝撃が来ないので、そっと目を開くと、カルヴァンは自身の口元を手で押さえながら、なにかを考えるように視線をそらした。

「メアリー嬢、私と少し腹を割って話をしませんか?」

 カルヴァンの言葉に『なにを言っているのかわかりません』と言うように、メアリーは小さく首をかしげた。

(その手には乗らない。アンタは私の味方じゃない。絶対に信用しない)

 カルヴァンは、「警戒されるのは仕方ないですね」とつぶやき、少しだけ微笑んだ。

「私は仕事柄、今まで大勢の人たちを見てきました。メアリー嬢が演技ではなく、本当におびえていることは、今、わかりましたよ」

 そう言ってから、カルヴァンは「申し訳ありませんでした」と少し頭を下げた。

「先ほどのエイベルの様子を見て、私はあなたがエイベルに色仕掛けをしたと思っていたのです。それで今度はこちらから、逆に仕掛けてやろうかと……失礼しました。事実は違ったのですね。エイベルは正義感が強いから、どうやらあなたの事情を知って同情したようだ」
「……エイベル様は、お優しい方です」

 初めは『ちょろい』なんて思ってしまったが、エイベルはメイドの証言を聞いてもずっとメアリーの味方でいてくれた。今では素直に『優しい人なんだな』と思える。

(まぁ、だからといって、まだエイベルを全面的に信頼はしてないけどね……)

 カルヴァンは、向かいのソファに座るようメアリーをうながすと、「エイベルに話したことを、私にも話していただけませんか?」と聞いてきた。先ほどのように色気をふくんだ声ではなく、あくまで事務的で淡々としている。

(まぁ、それくらいは話してもいいか)

 メアリーは、自分が、伯爵がメイドに産ませた庶子であること、そのせいで伯爵夫人にこれでもかとイジメられてきたこと、そして、異母兄のルーフォスに軽蔑されていることを冷静に話した。

「なるほど。あと一つ、急にあなたが外見を変えた理由をうかがっても?」
(正直に答えると、パティのような清楚系美女を演じて聖騎士にびを売るためだけど……)

 メアリーは少し考えた後に、こう答えた。

「父は私を聖女にしたくて、目をかけてくれていました。私もそんな父に応えるべく努力をしてきたのです。ですが、今回の事件で、父からも見捨てられました。だから……」
「だから?」
「私はもう伯爵家のメアリー・ノーヴァンじゃなくて、普通のメアリーになってもいいのかなって思って」

 その自分の言葉に『ああ、そっか、もう私は私のままで生きてもいいんだ』と気がつき、メアリーは自然と頬がゆるんだ。
 カルヴァンは、少し目を見開いた後に、困ったように眉根を寄せながらメアリーに微笑みを返す。
 その時、コンコンと部屋の扉がノックされた。
 カルヴァンが「はい」と答えると、開いた扉から現れたのはルーフォスだった。ルーフォスはギロリとメアリーをにらんだ後、カルヴァンに「少し話したい」と不愛想に伝えた。
 立ち上がったカルヴァンは、なぜかメアリーのそばに寄ってくる。そして、片膝を突いてメアリーの耳元でささやいた。

「今日のおびに一つアドバイスを。あなたはルーフォスに軽蔑されていると思っているようだが、私から見れば、あれは惚れた女を手に入れられず、当たり散らしているようにしか見えない」

 メアリーが驚いてカルヴァンを見ると、『内緒だよ』と言いたげに人差し指を自身の唇に当てた。部屋の入り口から、ルーフォスの舌打ちが聞こえる。

「カルヴァン!」
「わかった、今行く」

 カルヴァンはメアリーに小さく手をふると「また明日」とさわやかに微笑んだ。
 一人部屋に取り残されたメアリーは、カルヴァンの言葉を考えていた。

(ルーフォスが『惚れた女を手に入れられず』って? その惚れた女ってパティのことよね?)

 だったら当たられるこっちはいい迷惑だ。

(でも、わざわざカルヴァンが私に言うってことは、もしかして、私に惚れてるって可能性も……)

 少し考えた後に「いや、ないわぁ」とメアリーは首をふった。

(母親がちがうとはいえ、私たちは兄妹だからね。もしそうだったらドン引きだわ。それにカルヴァンが私を動揺させるために嘘をついている可能性もあるし……あーもう、考えることが多すぎる!)
「カルヴァンは、『また明日』って言ってたから、明日聞いてみるしかないか……」

 ソファに横になると、急に眠気に襲われた。

(そういえば、今日は早起きしてたっけ……)

 朝から緊張の連続で、精神をすり減らしていたのか、メアリーはすぐに意識を失うように眠りこんだ。


 目覚めると、すでに日がかたむき、部屋の中は夕焼け色に染まっていた。
 メアリーは空腹を感じてため息をついた。

「お腹がすくのは生きてる証拠ね……」

 食事が欲しい。一人で部屋から出ていいのか悩んでいると、コンコンと部屋の扉が叩かれた。

「はい」

 メアリーが答えると、「あ、いた!」と明るい声がしてエイベルが顔を出した。ソファに座っているメアリーを見ると、人懐っこい笑みを浮かべる。

「あれ? メアリー、もしかして寝てた? 髪に寝癖が……」

 エイベルはソファに近づいてくると、手を伸ばし髪に触れようとしたので、メアリーはとっさに身体を引いた。

(しまった、今まで私に優しくさわる人なんていなかったから、つい逃げてしまった)

 エイベルを見ると、こちらに伸ばした手をひっこめて、気まずそうに「ごめん」とつぶやいた。

「急にさわられたら怖いよな。これからは気をつけるから」

 捨てられた子犬のような瞳を向けられ、なぜかこちらが罪悪感を覚える。

「い、いえ、こちらこそ、すみません……」

 少しの沈黙の後、エイベルは気を取り直したように、廊下に向かって「運んでくれ!」と声をかけた。白いフードをかぶった神殿仕えのシスターたちが、静かに入ってくる。彼女たちは、手にそれぞれ荷物を抱えている。

「メアリー、しばらくここに住むんだろ? シスターに必要そうなものを用意してもらったんだ。ほら、メアリーのメイドはいなくなっちゃったから」

 無邪気にそう言ったエイベルに、少し背筋が寒くなる。

(いなくなっちゃうのは、本当は私だったのよね……)

 シスターたちは、着替えやタオルなどの生活必需品を運び終えると、丁寧に頭を下げて部屋から出ていった。向かいのソファに座ったエイベルに、「お腹すいてない?」と聞かれたので、メアリーは素直に「すいています」と答えた。

「良かった、そうだと思ってシスターに頼んでおいたから、すぐにここに運んでくれるよ」
「ありがとうございます!」

 メアリーが微笑むと、エイベルも嬉しそうに微笑んだ。そして、「……良かった、元気そうで」とつぶやく。

「メアリーが一人で泣いていたらどうしようって少し心配でさ」
「エイベル様……」

 エイベルからの好意をどう受け止めていいのかわからないが、『まぁ嫌われているよりかは、いっか』とメアリーは軽く流した。

「ねぇねぇ、メアリー。伯爵家から新しいメイドを呼びなよ。一人くらいは君に良くしてくれたメイドがいるだろ? 伯爵がなんと言おうと僕の権限で連れてきてあげる」
(私に良くしてくれたメイド……?)

 そう言われて考えてみると、メアリーは一人だけ思い当たる少女がいた。

「そうですね……。では、伯爵家の厨房に勤めている、ラナという少女をお願いします」

 エイベルは「え? 厨房のメイド?」と不思議そうな顔をした。

「はい、食事を抜かれて空腹に耐えかねた私が厨房に忍びこんだ時、彼女は伯爵夫人の命にそむいてまで、温かいスープを分けてくれようとしたのです。それで……」

 エイベルは急に下を向き、膝の上で両手を強く握りしめた。

(しまった、厨房に忍びこんだなんて引かれた!?)
「あの、お恥ずかしいお話を!」

 慌ててメアリーが謝罪しようとすると、エイベルは震えながら顔を上げた。それは、とても怒っているような表情だったが、綺麗な瞳がうっすらぬれて、エメラルドのように輝いている。

「……わかった。絶対に、僕が、その子を連れてくるから」

 震える声でそう答えると、エイベルは手の甲で目尻を乱暴にぬぐった。そうしているうちに、シスターが部屋に食事を運んでくれた。どう見ても一人分の量ではないのに、エイベルは「メアリー、いっぱい食べて!」と言うだけで自分は食べようとしない。

(こんなに食べきれない……)
「エイベル様、良ければ一緒に食べてくださいませんか?」
「僕はいいから! メアリーが食べなよ!」
(こんなに食べたら吐きそう……)

 仕方がないので、メアリーはそっと瞳を伏せた。

「あの、エイベル様。私、誰かと楽しく食事をしたことがなくて……。良ければ、お付き合いいただきたいな、なんて……」

 エイベルはまた勢いよく下を向くと、ブルブルと身体を震わせた後に「わ、わがっだ……」と涙声で返事をした。

(こんな簡単に他人を信じて同情しちゃって……この人、大丈夫かしら?)

 エイベルのそばにいると、少しの罪悪感と共に、メアリーは不思議と心が温かくなるような気がした。
 二人で食事を終えると、エイベルは明るく「じゃあね!」と言い、すぐに帰っていった。

(これは紳士アピールかしら? 自分は女性と二人きりでも手を出しません的な? まぁエイベルのあの顔ならガツガツしなくても女性のほうから寄ってくるか……)

 人からの厚意を素直に受け取れない自分に少しあきれつつも、メアリーは生き残るためには仕方ないと思い直した。死なないために、利用できるものはなんだって利用するしかない。窓の外を見るともうすっかり暗くなっている。
 メアリーは神殿のシスターが持ってきてくれたものを一通り確認した。着替え用の服は、シスターが着ているものと同じ修道服だった。白いフードがついていて、顔を隠せるようになっている。

(この姿なら、目立たず神殿の中を歩けるかも……)

 とにかく、一度パティに会いたい。

(私の味方をしてくれたっていうパティにお礼を言って、今までのことを謝りたい。そして、できれば私の命が助かるように協力してほしい)

 そのためにも、まずパティに会わなければいけない。

(大浴場で待ち伏せしたら、パティに会えるかもしれない)

 この神殿では多くの人が暮らしていて、風呂は共同のものだけだ。たとえ聖女候補でも、入浴の際は部屋から出て大浴場に行かないといけない。
 事件までは伯爵家の屋敷から神殿に通っていたメアリーと違い、パティは聖女候補に選ばれてから、家には帰らず、ずっと神殿にとどまっていた。だから、今も神殿にいるはずだ。
 メアリーは急いで修道服に着替えた。念のためにタオルや替えの下着を持ち、自分も風呂に入るように見せかける。

(これなら、誰かに見つかっても『大浴場に行くところでした』ってごまかせるはず)

 そっと扉を開いて、近くに誰もいないことを確認すると、メアリーは静かに部屋から抜け出し、小走りで大浴場のほうへ向かった。
 メアリーの部屋から大浴場へ向かう途中には一本道の渡り廊下があり、その左右は中庭になっている。その渡り廊下に、なぜか異母兄のルーフォスの姿があった。

(嘘でしょ……どうしてここに?)

 メアリーは、ハッとした。

(もしかして、パティを待ち伏せしているの?)

 身内のストーカー行為を目撃してしまい、なんとも言えない気分になる。

(まぁ、そういう私もパティを待ち伏せしに来たんだけどね……)

『なにこの変態兄妹』と思いつつ、メアリーはフードを深くかぶった。そして、顔が見えないようにうつむきながら、ルーフォスの前を早足で通りすぎる。
『良かったバレなかった……』と安心した途端に、右肩を強くつかまれた。小さな悲鳴と共にふり返ると、ルーフォスがメアリーを鋭くにらみつけている。

「ルーフォス様……」

 慌てて頭を下げると、ルーフォスは「俺に挨拶もしないとは、いいご身分だな」と舌打ちする。

(私が声をかけても、どうせ無視するくせに!)

 そう思いながらも、メアリーは怒りを抑えて、おびえて見えるようにそっとうつむいた。

「わ、私などがお声をかけたらルーフォス様のご気分を害してしまうかと思いまして……」

 ルーフォスはなぜか少し言葉につまった後、「挨拶は礼儀だ」と言って視線をそらした。

「申し訳ありません。以後、気をつけます」

 そそくさとその場を立ち去ろうとすると、ルーフォスは、もう一度、肩をつかんでくる。

(なんなのよ!?)

 振り返ると、ルーフォスは顔をしかめ、声を荒げて言った。

「カルヴァンは見た目通りの男ではない! 気安く部屋に入れるな! ……お前のような汚らわしい女と噂が立つと、カルヴァンが迷惑する」
(本当になんなの、コイツ!)

 カッと来たメアリーの視界の端に、ルーフォスが腰に帯びている剣が見えた。途端に熱くなった頭が冷える。

(……なるほど、わざと私を怒らせて、キレて暴れたところを、その剣でバッサリいく気なのね? そっちがそのつもりなら、こっちは徹底的にとぼけてやる!)

 メアリーは持っていた荷物を両手で胸の前で抱きしめ、ルーフォスを上目遣いに見上げた。

「カルヴァン様が、私のお部屋にいると、噂になる……ですか?」
「そうだ」

 冷たく言い放つルーフォスに、メアリーは不思議そうに少しだけ首をかしげた。

「それは、どのような噂ですか?」

『メアリー、わからなーい』とでも言うように、純粋無垢をよそおってルーフォスを見つめた。ルーフォスの眉間のシワが深くなる。

(ほらほら、早く言いなさいよ。男と女のエロい噂が立つのを心配してるって、そのお上品ぶった口で、言えるものならね!)

 まっすぐにルーフォスを見つめると、意外にもルーフォスは視線をそらした。

「ルーフォス様?」

 名前を呼んでも彼はこちらを見ず、そのまま立ち去っていく。

(フッ、勝った)

 今度からルーフォスに絡まれたら、純粋無垢演技で乗り切ろうとメアリーは決めたのだった。


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