眩暈

いなぐ

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 俺はずっと兄に憧れていた。三つ年上の兄はいつも優しくて、弟である俺に意地悪したことなど一度もなかった。痩せていて体は少し弱かったが、そのせいか寂しいような雰囲気があって、肉親なのにドキリとしてしまう美しさがあった。小学校も高学年になると、俺は兄を前にして妙な緊張を感じるようになって、特に二人きりの時は、微笑みかけられると上手く顔を見られなかった。兄は両親も誇らしく思うような優等生だったから、勉強せずに動き回ってばかりの俺も、心臓には優しくないこうしたつきっきりの授業のおかげで、何とか良い成績を保っていられた。

 忘れもしない、中学二年生の夏のことだ。夏休みも中盤に入り、兄は友人の永澤さんの家で勉強をすると、朝出かけたきりだった。部活動は午前のみだったので俺は家に帰って冷えた部屋でアイスを食べていると、電話がかかってきた。兄からだった、数学のノートを忘れたのでとってきてほしい、と。永澤さんの家までは自転車でも少しかかる、わざわざめんどうだな、と思ったが、電話越しの兄の口調が切迫しているように聞こえたので、しぶしぶ持っていくことにした。外は容赦ない日差しでもたもたと自転車を漕いでいると、溶けてしまいそうだ、兄は朝の早いうちに出たからまだいいけど、あの体力じゃ俺の倍はかかるから大変だっただろう。
 永澤さんは、兄の中学時代からの友人で、俺も何度か会ったことがある。長身で涼やかな目元をしていて、あまり多くを喋らなかった。思いのほかしっかりした体つきをしていて、尋ねたら中学時代は剣道部だと言っていた、高校に入ってからは勉強に専念しているらしい。成績は兄同様になかなか優秀らしかった。家には何度か行ったことがあるがとても広いのに綺麗に保たれていて、親があまり帰ってこない関係で、そんな大きな家に一人っ子の永澤さんはぽつんと生活していた。親が雇っているお手伝いさんが定期的に来ていると聞いたが孤独なのには変わりなく、だから兄はよく、永澤さんの家に行っているのだと思う。
 家の敷地の前に着くと、門が開いていた。金持ちそうなのに不用心だな、と、閉めながら中に入って、すぐの玄関に向かった。少し驚かせてやろうかといたずら心が湧いた。なんだかんだ連絡をもらってから早く着いた気がするから、俺をこき使った罰である。案の定、鍵がかかっていなかったのでそっと玄関のドアを開けて、記憶を頼りに永澤さんの部屋に向かうと、床が軋む音と呻き声のようなものが聞こえてきた、何だろうと思って近づくと段々と音がはっきりしてくる。
「ひ……ああ、やだっ、…いっ、いたいから、……も、やめて、」
 掠れてはいるが紛れもなく兄の声だ、そう認識した瞬間に、尋常じゃない中の様子が伝わってきて心臓が途端に激しく運動し始めた。俺がここにいるのがバレてしまったら大変なことになる気がする、少しだけ開いているドアから恐る恐る中を覗いて、俺は、思わず叫びそうになった。
 床の上にうつ伏せになっている兄に、永澤さんが上から押さえつけるように覆い被さっていた。服を一切纏っていないらしい兄の近くには、身につけていたと思われるシャツやズボンや下着の類がぐちゃぐちゃになって散らばっていて、永澤さんはズボンを足元まで下ろして兄の尻あたりに腰を打ちつけていた。永澤さんの荒い吐息と、兄の悲鳴に近い苦しげな呻き声が暑い部屋の空気の中で混じり合っていて、「もう、ゆるして……」と泣きながら訴える兄の姿に、俺は大切に持ってきた数学のノートを落としてしまった。まずい。そう思って足音などもう気にしていられずに後ろを向いて走り出した、二人に気づかれたかは分からない、一切振り返らずに家に帰るともう汗だくで、シャワーを浴びないと、と思いながら俺はさっきの兄の姿が鮮明に浮かぶ間に、何回も自慰行為をした。
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