3 / 7
3話
しおりを挟むそれからしばらくは、兄を傷つけられた苦しみ、兄を助けられなかった後悔、そして自覚したくなかった兄への烈しい情欲に心中を支配され、気が狂いそうな毎日だった。俺は、兄の部屋の向かいにあたる自分の部屋で、一方的に犯される兄の姿を思い出して、自慰行為を繰り返した。そういえば、兄が涙を流しているところを見るのも初めてだった、兄は相手に対して強く出ることをしないが、決して弱々しいわけではなかった。辛いことがあっても、笑顔で傷ついた自分を覆い隠してしまうような人で、俺はそんな兄が心配で守りたかったはずなのに。兄は今、自室で一人泣いているかもしれず、それなのに俺は、乱暴に肉体を扱われる兄の姿に、何度も同じ性的興奮を覚えている。自己嫌悪に苛まれながら、どうしても激しい恐怖と苦痛に戦慄く兄が頭から離れず、兄に触れる人物が永澤さんではなく自分だったら、という恐ろしい想像にまで至った。
そうして俺は、罪の意識でまともに兄を見ることができなくなっていた。同じ家で生活しているのだから、どうしても顔を合わせるタイミングがあるし、今どこの部屋にいるのかが何となく分かってしまう。たった今トイレに入ったなとか、今はシャワーを浴びているんだなとか、兄の日常生活における行動をいちいち考えると気がおかしくなりそうで、それでも意識せずにはいられなかった。前は邪念などなく仲良く話せていたのだが今はぎこちなく、兄も気まずそうにしているので、もう元の兄弟には戻れないのだろうかとたまらなく不安になった。そんなある日、リビングで家族での食事を済ませ、いつも通り自分の使ったぶんの食器を洗ってから部屋に戻ろうとしたら、兄に引きとめられた。後ろから腕をつかまれ、兄が体に触れているという事実に俺は呼吸が苦しくなってきたが、「どうしたの?」と平気な顔で聞いた。兄は自分の手で俺を引きとめたのに困ったような表情で視線を下に逸らして、「話が、あるんだけど……」と切り出した。
「後で部屋に来てくれないか。」
「わかった。」
食欲がないと言って最近は食事量を減らしているにも関わらず、食べるのが遅い兄はまだ食器を洗っていないようだった。父と母は息子たちに対して無関心に、バラエティ番組を映すテレビを眺めて会話をしていた。俺は真っ直ぐに自分の部屋に向かって、ドアを閉めた後に大きく息を吐いた。心臓の音がうるさくて、顔が熱い。少し話しただけでこんな状態に陥る自分が、兄の部屋に入って兄と二人きりになるなんて想像しただけでひどく恐ろしかった。やっぱり以前のように、何も後ろ暗いことなどない仲の良い兄弟に戻りたい。そうでなければ。俺はそこまで考えてぎくりとした。俺はいったい兄に何を求めているんだろうか。
「ごめん、遅くなって。」
少し前までは何の意識もなく出入りしてた兄の部屋に入る勇気が起きず、ドアの前で待っていたら、やっと兄が来た。「別に。」と顔も見ずに答えて、ドアを開けた兄に続いて部屋の中に入った。俺の部屋と同様にそう広くないが、ものが少なく整頓されているため、清潔な印象を受ける。そのなかで大きめの本棚に並べられたたくさんの本は際立った存在感があり、昔から本を読むことが好きな兄の人生の蓄積を表しているようだった。小さい頃は寝る前に俺に絵本を読み聞かせてくれたこともある、俺は本が好きというよりは本を読んでいる兄のことが好きで、それで兄から本を借りて読むこともあった。
低いテーブルに向かい合って座ると、視界の端に兄が普段寝ているであろうベッドがあって、落ち着かない。部屋中が兄の存在で満たされているような気がして、頭がおかしくなりそうだ。
「話って、」
「永澤が転校するって話しただろ?」
永澤、という名前が兄の口から出た瞬間、目の前が真っ赤になった。自分の意志に反して体が勝手に動き出しそうになるのを、握った手の内側に爪を強く食い込ませて、なんとか我慢した。
「それで、今週の土曜にここを出るんだけど、そ、その前に家に来てほしいって言われて、」
躊躇いがちに話す兄の声は震えて、しまいには泣き出してしまうんじゃないかと心配になる。最近痩せたせいで元々大きくなかった体は余計に小さく見え、俺は今すぐに兄を優しく抱きしめてあげたかった。でも俺は永澤さんのように兄を傷つけてしまう凶暴性を持っていて、そのことがどうしようもなくつらかった。
「明後日の午後に永澤の家に行く予定なんだけど、秋についてきてほしくて、」
秋、というのは俺の名で、春、というのが兄の名前だった。俺たち兄弟の両方を知る人たちからはややこしいと不評だが、俺は兄を下の名前で呼んだことなどないので関係ないし、名前が対になっていてお互いが唯一の存在みたいに感じられて、響きも似ているので気に入っていた。兄と永澤さんのことを知っているのは弟である自分しかおらず、お互いそのことは決して口にしなかったものの、兄が俺を頼っているのは明白だった。
「もちろん行くよ。」
もちろん、というところを強調して、兄を安心させるために笑顔を浮かべて見せた。今、永澤さんを前にした自分が正気でいられると思えないが、とにかく何をしてでも兄に指一本触れさせないようにしようと心の中で誓った。兄は安心した様子で、「ありがとう。」と礼を口にして、俺は犯される兄を思い浮かべて日々性的な興奮と満足を得ている自分自身を呪った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる