科学的な奇跡

むひ

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渋川染夢子

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「ほんとあのジジイは…」

玄関を開けると「ニャー」と猫が帰りを労った。

「おーおー、ムーちゃんお出迎えしてくれたのかい。寂しかったろう。今ご飯を作りますからね」

染夢子は自分の夕飯もそっちのけでムーの餌を缶詰から皿に盛った。

「今日は嫌なことがあったから奮発だよ」

 何か嫌なことがあるとムーにいつもよりいい餌をあげる。ムーの嬉しそうな食べっぷりを見てるだけで心が和らいだ。
53歳。この歳まで結婚はしなかった。いや、そんなチャンスもあるにはあったが、どうしてもある理由により結婚に踏み込むことができなかった。

 染夢子はが見えてしまう。
そしては染夢子に相手の気持ち、本心を教えてくれるのだ。ろくな男がいなかった。
 そのの中でも一際存在感のある者がいた。
 そいつと契約を結んだのは20歳の誕生日だった。それまでの生活は本当に酷いもので、小学生の時に家が火事で全焼。翌年両親は事故で亡くなった。親戚に預けられるのだが、その家では染夢子の居場所はなかった。親戚の子供からは虐められ、ことある事にイタズラを染夢子のせいにされ怒られた。酷い時は食事抜きや折檻された。学校でも生立ちから疫病神と渾名が付けられイジメの対象となる。そんな学生時代だった。何度も死のうかと思った事もある。でも死ねなかった。死のうとする度に、例えば屋上から飛び降りようとすればたまたま鍵がかかっていたり、何故か「たまたま」「偶然」が重なる。
 18歳の卒業と同時に家を出た。半分家出のようなものだった。
住み込みの仕事を見つけ、何とか食いつないだ。生活は苦しかったが今までに比べたら何のことも無い。他人の目を気にしないで生活できるのが何よりも嬉しかった。

 そんな染夢子にも彼氏ができた。幸雄という2つ年上の、世に言うチャラい感じの男。仕事はしていないがとても優しかった。何かと小銭をせびってきたが、自分の生活を切り詰めれば何とかなる。そんな生活が二年弱続いた。そして妊娠が分かり幸雄に報告すると喜んでくれた。と、その時は思ったのだ。
 その数日後、幸雄が事故を起こしてしまい、まとまった金が必要だと言われた。染夢子にはそんなまとまった金などなく、必ず返すからと消費者金融に連れていかれ、5件ほど周り300万円ほど調達し、何とか幸雄の方も話がまとまったようだ。

 そして幸雄は連絡がつかなくなった。

 染夢子はもう呆然とするしかなかった。何をする気力もなく、ただ部屋で電気も付けず横たわる。何も食べたくない。そんな日が2日ほど続いた時、突然、強烈な腹痛に襲われトイレに這いずるが力が入らない。すると股から温かいものが流れる感覚があった。血の塊だった。染夢子にははっきりとわかった。


 もう私は消えよう。このまま静かに、誰にも知られないまま消えてしまおう。
 血が足りなくなってきたのか頭がぼーっとしてきた。そう、このまま……消えて………

 「…よこせ」
染夢子は聞こえた。誰もいるはずのないのに。はっきりと聞こえた。
「俺によこせ、このまま死ぬならお前を俺によこせ」
もうどうでもよかった、私の人生?欲しいならいくらでもどうぞ。どうでもいい。
 そいつが言った。
「よし、契約は成立だ。期限は60歳の誕生日まで。お前をわしの住処すみかとする」

 そういえば今日は20歳の誕生日だったかしら。
 この時から染夢子は見えてしまうようになった。
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