2 / 21
二話
しおりを挟む
「おう。来たか。早いな」
《はい。イールビ様、こんばんは》
森の奥にひっそりとそびえる屋敷。
いつからそこにあったのか、いつの間にできたのか、昼間は覆い茂った木々で隠れてしまっているが、夜になると数ある窓のひとつから微かに灯りが漏れる。
ジャイマーはいつものように器用に鍵を使ってそっと中に入ったのだった。
屋敷の主は屋敷が身体の一部であるかのように訪問者にすぐに気がついて「待っていたぞ」とばかりに迎え入れる。
漆黒の髪、衣装も全て黒ずくめだが、肌は白くエメラルドグリーンの瞳を持つ男がこの屋敷の主イールビだった。
イールビは暖炉のある部屋のソファに腰掛けた。
「今日はお前の修行してやる気分じゃねぇ。
のんびり音楽でも聴いて呑むかな。姿変えろよ」
《かしこまりました》
イールビが蓄音機を操作している間にジャイマーは背中の紋様を光らせて身体に力を込め、魔法を使う。全身が光に包まれ人の女性の姿へと変化した。
髪は犬の姿の時と同じオレンジ、瞳も同様にチョコレートのような色だ。
「なんでいつもそこ中途半端なんだ?」
「えっ、あ…。耳だけはなぜかおさまらなくて」
心に直接響くような声から、人らしく喉から声を発する。
人の姿は先程までの大きな犬の姿からは想像できないほど小さく幼い印象で、犬の耳だけが頭から生えている。
「そーゆー所が昔から大雑把なんだっつの。あと、もう少しセクシーになれねぇのか。なんでいつもそんなクソガキみたいなんだよ」
「魔力の問題です…。維持するにはコレが楽なんですよぅ!」
「その喋り方も。声も。ほんと素が出るとガキっぽいよな」
「うぅ…。で、でも、こっちの方がお好きでしょ…?」
「は?生意気言うな!死なすぞ!!」
「わー!ごめんなさいー!」
時折きつい言葉が出るものの、蓄音機から流れるゆったりした異国の音楽と、談笑の声が屋敷に響く。
夜が更けて、月の位置が低くなった頃、イールビはソファーに腰掛けていたジャイマーの膝に頭を乗せる形でゴロンと横になった。
「ひぇっ、あ、あの……?!」
「たまにはいいだろ」
ジャイマーは真っ赤になって顔を両手で覆う。
「ちょっと…その、恥ずかしいです…」
「はぁ~。ガキンチョだねぇ。乳揉んでるわけでもねーのに」
「ちょ、ちょっと…!」
「これならいいだろ」
黒い霧がイールビの身体を包むと黒猫に変化した。
ジャイマーの膝の上には黒猫がちょこんと丸くなっているだけだ。
「あら…」
《ふん。バカめ》
声も喉からではなく、心に直接響くように話しかけてくる。
《この姿なら…。って、おい。撫でるな。寝ちまいそーだ》
「ふふふ…。かわいいです」
先程まで真っ赤になって硬直していたジャイマーだが、今は膝にいる黒猫の背を撫で、喉を撫で、つやつやの黒い毛並みを堪能していた。
《姿ひとつでえらい違いだな…。ま、俺もこの姿になると多少気持ちも変わるけどな》
《こういうのが平和っていうのか…ふん。悪くはないな。》
「…そうですね。…でも、あの計画は…?」
《今は気分じゃねーって言ってるだろ。ムヒコーウェルがいなくなったんだ。力も足りねぇ…。俺がその気になった時、お前がすぐ動けるように鍛えてやってんだろ。今は…それでいいんだよ。ごちゃごちゃ言わずについてこんかい》
「…はい。どこまでもついて行きます」
《それでいいんだよ》
ふ、とイールビは眼を閉じた。
膝から伝わる温もりが心地よくて、眠ってしまうのに時間はかからなかった。
《はい。イールビ様、こんばんは》
森の奥にひっそりとそびえる屋敷。
いつからそこにあったのか、いつの間にできたのか、昼間は覆い茂った木々で隠れてしまっているが、夜になると数ある窓のひとつから微かに灯りが漏れる。
ジャイマーはいつものように器用に鍵を使ってそっと中に入ったのだった。
屋敷の主は屋敷が身体の一部であるかのように訪問者にすぐに気がついて「待っていたぞ」とばかりに迎え入れる。
漆黒の髪、衣装も全て黒ずくめだが、肌は白くエメラルドグリーンの瞳を持つ男がこの屋敷の主イールビだった。
イールビは暖炉のある部屋のソファに腰掛けた。
「今日はお前の修行してやる気分じゃねぇ。
のんびり音楽でも聴いて呑むかな。姿変えろよ」
《かしこまりました》
イールビが蓄音機を操作している間にジャイマーは背中の紋様を光らせて身体に力を込め、魔法を使う。全身が光に包まれ人の女性の姿へと変化した。
髪は犬の姿の時と同じオレンジ、瞳も同様にチョコレートのような色だ。
「なんでいつもそこ中途半端なんだ?」
「えっ、あ…。耳だけはなぜかおさまらなくて」
心に直接響くような声から、人らしく喉から声を発する。
人の姿は先程までの大きな犬の姿からは想像できないほど小さく幼い印象で、犬の耳だけが頭から生えている。
「そーゆー所が昔から大雑把なんだっつの。あと、もう少しセクシーになれねぇのか。なんでいつもそんなクソガキみたいなんだよ」
「魔力の問題です…。維持するにはコレが楽なんですよぅ!」
「その喋り方も。声も。ほんと素が出るとガキっぽいよな」
「うぅ…。で、でも、こっちの方がお好きでしょ…?」
「は?生意気言うな!死なすぞ!!」
「わー!ごめんなさいー!」
時折きつい言葉が出るものの、蓄音機から流れるゆったりした異国の音楽と、談笑の声が屋敷に響く。
夜が更けて、月の位置が低くなった頃、イールビはソファーに腰掛けていたジャイマーの膝に頭を乗せる形でゴロンと横になった。
「ひぇっ、あ、あの……?!」
「たまにはいいだろ」
ジャイマーは真っ赤になって顔を両手で覆う。
「ちょっと…その、恥ずかしいです…」
「はぁ~。ガキンチョだねぇ。乳揉んでるわけでもねーのに」
「ちょ、ちょっと…!」
「これならいいだろ」
黒い霧がイールビの身体を包むと黒猫に変化した。
ジャイマーの膝の上には黒猫がちょこんと丸くなっているだけだ。
「あら…」
《ふん。バカめ》
声も喉からではなく、心に直接響くように話しかけてくる。
《この姿なら…。って、おい。撫でるな。寝ちまいそーだ》
「ふふふ…。かわいいです」
先程まで真っ赤になって硬直していたジャイマーだが、今は膝にいる黒猫の背を撫で、喉を撫で、つやつやの黒い毛並みを堪能していた。
《姿ひとつでえらい違いだな…。ま、俺もこの姿になると多少気持ちも変わるけどな》
《こういうのが平和っていうのか…ふん。悪くはないな。》
「…そうですね。…でも、あの計画は…?」
《今は気分じゃねーって言ってるだろ。ムヒコーウェルがいなくなったんだ。力も足りねぇ…。俺がその気になった時、お前がすぐ動けるように鍛えてやってんだろ。今は…それでいいんだよ。ごちゃごちゃ言わずについてこんかい》
「…はい。どこまでもついて行きます」
《それでいいんだよ》
ふ、とイールビは眼を閉じた。
膝から伝わる温もりが心地よくて、眠ってしまうのに時間はかからなかった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる