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一章
真木桜の話
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ねぇ、君は『幸せ』って何だと思う?私は…わかんないや。でも一つだけ言えることは、私は幸せ…なんだと思う、一般論的に。一般論的にね。
私の家庭はいたって普通。お母さんがいて、お父さんがいて、私がいて、弟がいる。貧乏でもなければお金持ちでもない。虐待されているわけでもなければ家族仲が悪いわけでもない。いたって普通に恵まれていて、いたって普通の暮らしをしている。私も理由はわからない。けれどいつからか、私は親からの『愛』を、この家庭での『幸せ』を感じない。お母さんは優しい、お父さんも優しい。弟だってそれなりに可愛いはずなのに、圧倒的に何かが欠けている。学校で虐められている?友達がいない?そんなことはなく普通に学校は楽しくて、友達とだってよく遊ぶ。だったら何が足りないのだろう。私はどんなに考えてもわからなかった。
「桜、ご飯できたよ~!」
「は~い!」
お母さんの心地よい声と同時にシチューの匂いが漂う。晩御飯の匂い、食器がこすれる音、明るいリビング、家族の笑い声。普通という幸せを体現したこの空間に欠如しているものとは何なのだろう。毎日そんなことを考えている。 リビングに着き、私は夕飯を食べながら、テレビのニュース番組をなんとなく見る。
『被害者は、この家に住む40代の夫婦で、包丁のような物で全身を刺され死亡。死因は出血死とみられています。警察の調べによりますと…』
どうやら近所で殺人事件があったらしい。しかし、近所と言えど私にはあくまで他人事にしか思えず、特に何の感情も持ち合わせないままテレビを眺め続ける。それに反してお母さんは心配そうな表情を浮かべる。
「怖いわよね~すぐそこじゃない。犯人まだ見つかっていないらしいわよ。それに子どもが行方不明なんて言うじゃない。犯人に誘拐でもされたのかしら…可哀そうに…今頃きっと怖くて泣いているわよ…」
普段は、この手のニュースを見たところで特に気にしないお母さんも、さすがに近所となると他人事には思えないのだろう。本当に怖がっている。怖がったところで事件は解決しないし、巻き込まれてしまえば私たちにできることなんてないのに。私は、怖がるお母さんを横目に淡々とシチューを食べる。
「お母さん、このシチュー結構前にできてたの?」
「え?どうして?」
「いや、なんか冷たいなって」
「何言ってるの?さっき出来たばっかりよ?」
さっき出来たばっかり?私には確実に、冷製スープのような温度に感じた。しかし、似たような現象は、このところ頻繁に起きていた。温かくあるべきものが温かく感じない、優しくあるべきものが優しく感じない。原因はわからないが、そんな生活も少し長くなってきている。
「そう…なんだ。じゃあ気のせいかな!」
「おかしなこと言うわよね。」
別に私の異変を隠したいわけではないが、わざわざ言うほどのことでもないし、なんとなく言う気にもなれずこの異変は私の中でだけに留めている。
「ごちそうさまでした!」
冷たい夕飯を食べ終え、そそくさと自分の部屋に戻る。部屋に入り机の上のパソコンを開く。少し前、弟がゲーム機をねだったことがあり、姉弟間の差を作らないために両親が買ってくれたものだ。当初はそれほど欲しいものではなかったが、今となっては必需品になっている。
「今日は何が書かれてるかな~…」
一か月ほど前、調べものをしていたらたまたまある書き込みサイトを見つけた。きっとこれはいわゆる闇サイト。毎日この闇サイトへの書き込みを閲覧することが、私の唯一の楽しみになっている。
『お母さんに毒盛られてた。気遣ってたのがバカみたいだ。』
『外に出られなくなった。友達もいなくなった。』
『今日も切り傷できちゃった。でもお母さんは悪くないから…』
私の人生はこれほどドラマチックじゃない。どうにも普通でどうにも幸せなんだ。そうやって今日も自分が幸せである根拠を無理やり作ってみる。
「絶対私のほうが恵まれてるのにな…。」
こうして自分より下の人を見つけ出し、理由付けを試みてからどれくらい経つのだろう。毎日闇サイトを見ては優越感や安心感を得ようとするが、結局実感は沸かないまま、私の汚さが浮き彫りになるだけ。私だって、一般論はわかっている。闇サイトにいる人たちの生活はいわゆる悲劇で、それに比べれば私の生活なんて喜劇のようなものだと。しかし自覚ができない以上、私の生活だって悲劇と成り果てるのだ。何に『愛』という名前が付いていて、どこに『幸せ』という環境が転がっているのか。どんなに探しても、どんなに汚れても、私にはわからない。そもそも一般論とは何なのか。誰が決めたのか。その根底に疑いをかけてしまい余計に闇は深くなる。この、先が見えない闇の先を見るためには何をすればいいのだろうか。いっそのこと、リセットしてしまおうか。私の生活を、喜劇を作り直してみようか。全てを失ってしまえば、本当に必要なものが分かるかもしれない。私の求める答えが、見つかるかもしれない。
「…なんて。寝よう。」
一通りサイトに目を通してからベッドに入る。そんなに深く考えたって仕方がない。私は布団を掛け、目を閉じる。ゆっくりと意識が遠のき、優しく暗闇に落ちていく感覚を覚える。
さて、今日はどこに行こうか。
私の家庭はいたって普通。お母さんがいて、お父さんがいて、私がいて、弟がいる。貧乏でもなければお金持ちでもない。虐待されているわけでもなければ家族仲が悪いわけでもない。いたって普通に恵まれていて、いたって普通の暮らしをしている。私も理由はわからない。けれどいつからか、私は親からの『愛』を、この家庭での『幸せ』を感じない。お母さんは優しい、お父さんも優しい。弟だってそれなりに可愛いはずなのに、圧倒的に何かが欠けている。学校で虐められている?友達がいない?そんなことはなく普通に学校は楽しくて、友達とだってよく遊ぶ。だったら何が足りないのだろう。私はどんなに考えてもわからなかった。
「桜、ご飯できたよ~!」
「は~い!」
お母さんの心地よい声と同時にシチューの匂いが漂う。晩御飯の匂い、食器がこすれる音、明るいリビング、家族の笑い声。普通という幸せを体現したこの空間に欠如しているものとは何なのだろう。毎日そんなことを考えている。 リビングに着き、私は夕飯を食べながら、テレビのニュース番組をなんとなく見る。
『被害者は、この家に住む40代の夫婦で、包丁のような物で全身を刺され死亡。死因は出血死とみられています。警察の調べによりますと…』
どうやら近所で殺人事件があったらしい。しかし、近所と言えど私にはあくまで他人事にしか思えず、特に何の感情も持ち合わせないままテレビを眺め続ける。それに反してお母さんは心配そうな表情を浮かべる。
「怖いわよね~すぐそこじゃない。犯人まだ見つかっていないらしいわよ。それに子どもが行方不明なんて言うじゃない。犯人に誘拐でもされたのかしら…可哀そうに…今頃きっと怖くて泣いているわよ…」
普段は、この手のニュースを見たところで特に気にしないお母さんも、さすがに近所となると他人事には思えないのだろう。本当に怖がっている。怖がったところで事件は解決しないし、巻き込まれてしまえば私たちにできることなんてないのに。私は、怖がるお母さんを横目に淡々とシチューを食べる。
「お母さん、このシチュー結構前にできてたの?」
「え?どうして?」
「いや、なんか冷たいなって」
「何言ってるの?さっき出来たばっかりよ?」
さっき出来たばっかり?私には確実に、冷製スープのような温度に感じた。しかし、似たような現象は、このところ頻繁に起きていた。温かくあるべきものが温かく感じない、優しくあるべきものが優しく感じない。原因はわからないが、そんな生活も少し長くなってきている。
「そう…なんだ。じゃあ気のせいかな!」
「おかしなこと言うわよね。」
別に私の異変を隠したいわけではないが、わざわざ言うほどのことでもないし、なんとなく言う気にもなれずこの異変は私の中でだけに留めている。
「ごちそうさまでした!」
冷たい夕飯を食べ終え、そそくさと自分の部屋に戻る。部屋に入り机の上のパソコンを開く。少し前、弟がゲーム機をねだったことがあり、姉弟間の差を作らないために両親が買ってくれたものだ。当初はそれほど欲しいものではなかったが、今となっては必需品になっている。
「今日は何が書かれてるかな~…」
一か月ほど前、調べものをしていたらたまたまある書き込みサイトを見つけた。きっとこれはいわゆる闇サイト。毎日この闇サイトへの書き込みを閲覧することが、私の唯一の楽しみになっている。
『お母さんに毒盛られてた。気遣ってたのがバカみたいだ。』
『外に出られなくなった。友達もいなくなった。』
『今日も切り傷できちゃった。でもお母さんは悪くないから…』
私の人生はこれほどドラマチックじゃない。どうにも普通でどうにも幸せなんだ。そうやって今日も自分が幸せである根拠を無理やり作ってみる。
「絶対私のほうが恵まれてるのにな…。」
こうして自分より下の人を見つけ出し、理由付けを試みてからどれくらい経つのだろう。毎日闇サイトを見ては優越感や安心感を得ようとするが、結局実感は沸かないまま、私の汚さが浮き彫りになるだけ。私だって、一般論はわかっている。闇サイトにいる人たちの生活はいわゆる悲劇で、それに比べれば私の生活なんて喜劇のようなものだと。しかし自覚ができない以上、私の生活だって悲劇と成り果てるのだ。何に『愛』という名前が付いていて、どこに『幸せ』という環境が転がっているのか。どんなに探しても、どんなに汚れても、私にはわからない。そもそも一般論とは何なのか。誰が決めたのか。その根底に疑いをかけてしまい余計に闇は深くなる。この、先が見えない闇の先を見るためには何をすればいいのだろうか。いっそのこと、リセットしてしまおうか。私の生活を、喜劇を作り直してみようか。全てを失ってしまえば、本当に必要なものが分かるかもしれない。私の求める答えが、見つかるかもしれない。
「…なんて。寝よう。」
一通りサイトに目を通してからベッドに入る。そんなに深く考えたって仕方がない。私は布団を掛け、目を閉じる。ゆっくりと意識が遠のき、優しく暗闇に落ちていく感覚を覚える。
さて、今日はどこに行こうか。
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