逆説

ササラギ

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二章

真木桜の今

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 目が覚める。ああ、私は今日も生きている。『愛』も『幸せ』もわからないまま生きている。ふとベッドの横を見る。目線の少し先、机の上に何か光るものが見える。起き上がり、見に行くと包丁があった。刃の部分には真新しい血痕がこびり付いている。まただ。どこからこんな物騒なものが出てくるのだろうか。もちろん、私には身に覚えがない。しかし、この不可解な現象は何も今に始まったことではない。このところ頻繁に起こっている。朝起きると机の上に何かあり、見に行くと身に覚えのないもの。最初は紐や薬など、なんてことのないものだったが、少しずつ凶器のようなものが混ざっていった。初めて目にした凶器も今日のような包丁だったが、今日より血がべったりとこびり付いていた、持ち手の部分までしっかりと。もちろんそのときは驚いたが、お母さんに言って変に心配されたり、ゴミ捨て場に捨てて大騒動になることは避けたかった。結局、誰にも見つからないようにと、箱に入れてクローゼットの奥にまとめてしまってある。
「桜~!早く起きなさ~い!」
「起きてる~!」
私は包丁を箱に入れ階段を降りる。朝食の匂い、いつも通りの風景。席に着き、ご飯を食べ始めるとお母さんが言った。
「そういえばあんた、昨日の夜中なんか外行かなかった?」
外に行く?何を言っているのだろう。私にそんな記憶は全くない。ましてや夜中なんて、一人で出ていくはずがない。
「え?何のこと?夜中に外なんて出ないって。何と勘違いしてるの?」
「そうよね…そんなわけないわよね…。なんか昨日深夜に玄関の扉が開いたような音がしたのよね。でも桜が出てないっていうんだから私の勘違いよね…」
お互い不信に思いながら朝食を食べ続ける。しかし、さっきの包丁のこともあり少し不安になった。夜中出ていったことと包丁に何の関係があるのかはわからないが、なんとなく怖くなる。とはいえ、記憶にないものは記憶にない。私はそんな思考を振り払って朝食を平らげた。
「ごちそうさまでした!」
そう言って通学用の鞄を持つと、私は急いで学校に向かった。
「おはよう桜!」
「あっ、美波おはよう!」
「おはよう!」
「おはよう琴葉!」
教室に着くといつもの二人が私の席に来た。私は鞄から教科書を移動しながら二人の話を聞く。
「ねぇそう聞いた?昨日あの住宅街でまた殺人事件があったんだって~!」
「え~!この前起きたばっかりだよね~!?やばいよ連続殺人かな!?」
「…」
「桜?聞いてる?」
「…え?あっうん、そうだね!」
余計な意識を振り払うように家を出て来たはいいが、私は今、それではない何か大きな喪失感に襲われていた。身に覚えはない。しかし、何かとても大きくて大切な存在を失った、そんな感覚を覚えていた。
「ごめん、ちょっと私トイレ行ってくるね!」
その得体の知れない喪失感によって流れそうな涙を隠すため、私は逃げるように席を立った。
「なんなんだろうこれ…」
何もわからないがそれが消えることはなく、私は一日中涙を隠し続けた。
「ただいま~」
家に帰ると誰もいなかった。普段、この時間は祐希がリビングでゲームをしているのだが、今日は友達と遊んでいるらしい。テーブルの上を見るとお母さんからの置手紙があった。
『スーパーへ買い物に行ってきます。5時くらいには帰るからね。冷蔵庫にプリンがあるよ。』
私は冷蔵庫からプリンを取り出し、何の音もしないリビングで黙々と食べ始める。一日中つき纏った喪失感が、誰もいないことによって強くなる。私はプリンを食べ終えると、気を紛らわすように眠りについた。
目が覚めたのは夕食の匂いがしたころ。お母さんも祐希もリビングにいた。少し寝たせいもあってか、いくらか喪失感が消えていた。
「あら起きたの?あんたがここで昼寝なんて珍しいわね。まさか今日授業中も寝てた?寝不足?」
「ちゃんと授業は起きてたよ。ちょっとね。」
「ご飯今できるから、お皿並べといて。」
「はーい。」
食事をし、お風呂に入り、お父さんが帰って来て、少し祐希とゲームをしてから、私は自分の部屋へ向かった。正直一人になるのは怖かったが、ずっとここにいてもいずれは寝なければならない。一人を感じる前に、なるべく早く寝よう。
「おやすみ。」
「あら、今日は早いのね。おやすみ。」
お母さんの言葉を聞き、私はベッドに入る。早く眠りについて、早く明日が来てしまうのはあまりいい気分ではないが、一人を感じるよりましだ。なるべく早く眠られるように願いながら、私は目を閉じた。
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