終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第一章 救国の英雄と記憶喪失の詠唱士(コラール)

第八話 ルーカスと幼馴染

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 騎士団本部は、王城のほど近くにある。
 両者は渡り廊下で行き来が可能だ。

 騎士団本部の外に設けられた演習場からは、白をベースとした壁に屋根は赤色の、尖塔せんとうを備えた王城の優美な造りが一望出来た。

 王城と同じ配色の、けれども形状は異なりいかめしい雰囲気の騎士団本部に到着したルーカスは、建物入口エントランスで双子の姉妹と別れた。

 そうして特務部隊の執務室へと続く廊下を歩いていたところで、一人の青年に声を掛けられる。


「やあルーカス。久しぶりだね」


 まず飛び込んできたのは、キラキラとまぶしいさわやかな笑顔だ。

 閉じられた瞳は山なりのえがいており、鼻は高く筋が通って、端正な顔立ちである。

 髪色は彼のまときらびやかな準礼服に付属する装飾と同じ金色、ミディアムショートに切り揃えられている。

 身長体格はルーカスと変わらない位。

 その両脇には帯剣して、王国軍を象徴しょうちょうする赤と黒のカラーを基調とした軍服を着た、護衛らしき騎士の男性が二名ひかえていた。

 ルーカスが青年に対して臣下の礼を取ると、青年の瞳を覆っていたまぶたが開かれ——隠されていた色があらわわになる。

 真紅しんくの赤。

 その美しさから宝石の柘榴石ガーネットに例えられ、紅眼ルージュと呼ばれる事もあるだ。


「ゼノン殿下。ご無沙汰ぶさたしております」

 
 彼はゼノン・ティル・グランルージュ・エターク。
 エターク王国第一王子、王位継承権第一位にあるこの国の皇太子こうたいしだ。


堅苦かたくるしいな、久しぶりに会った従兄妹いとこだって言うのに」


 ゼノンが肩をすくめた。
 だが人の目のある場所で、皇太子の立場にある彼への礼を失する訳にはいかない。


従兄妹いとこと言えど、おおやけの場では公私の区別をしなければ周りの者にしめしが付きません。私は皇族こうぞくではありませんから」
「その頑固さは叔父上おじうえゆずりだな。ちょうど良い、聞きたい事もあるし部屋で話そう」
「これから仕事なのですが」
「気にするな。皇太子こうたいし命令だと言ってさぼってしまえばいい」

(……横暴だ)


 そうは思うが——この従兄妹いとこを相手に断る余地などあるはずもなく。

 本来であればこの後、国境の偵察から戻った団員、幼馴染でもあるディーンから報告を聞き、新たな任務を任せる予定だったがやむを得ない。

 ルーカスは渋々、命令にしたがった。


承知しょうちしました。その代わり、後でディーンも来る様に言伝ことづてして下さい」


 こうなったらディーンも巻き添えだ——と、ちょっとした悪戯心いたずらごころである。
 それに、久しぶりに幼馴染が集まる良い口実になるだろう、とも考えた。


「ディーンが帰って来てるのか。それは是非とも呼ばないとね」


 ゼノンが嬉々として護衛を伝令に走らせる。

 ルーカス、ゼノン、ディーン——三人は幼少期を共に過ごした同い年の幼馴染。

 その仲は公然の事実として知られている。
 とがめる者などいるはずがなかった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 
 ルーカスはゼノンに連れられて、王城内の彼の私室へと場所を移した。


「勝手知ったる部屋だろう? 楽にくつろいでくれ」


 と、ゼノンにうながされて、ルーカスはソファへ腰を下ろす。

 ソファは座り心地が良く、座面は赤の布地にダマスク柄、金のフレームで作られた高級品だ。

 部屋の広さや間取りは公爵邸よりひと回り大きい程度だが、家具や室内の装飾は金に彩られた物が多く、どれも名の知れた一流品が取り揃えられていた。

 流石、王城と言わざるを得ない。

 これまでも幾度となく訪れ、その頃から大きく変わらない幼馴染の部屋を見回していると、王宮の侍女が訪れた。

 侍女は上品な意匠いしょうらされた銀の茶器セットと、お茶請ちゃうけに色とりどりのスイーツが乗ったケーキスタンドをテーブルの上へと並べていく。

 そうして自身の仕事を終えると、速やかに退出した。
 
 ルーカスはそれを見届けて、用意されたティーポットを手に取り、カップへ紅茶をそそぎ入れる。

 ルーカスとゼノンの二人分。
 注ぎ終えると、それぞれの席のテーブルの上へ置いた。

 ルーカスはカップを持ち、唇に寄せて紅茶を一口含む。
 「茶葉も一流品だな」と、思いながら独特の芳香ほうこうと味を楽しんだ。


「……それで、聞きたい事は?」


 カップを手に持ったまま、ゼノンに問い掛ける。


「銀髪の歌姫」


 カップを手に取り、紅茶を口に含んだゼノンの視線がルーカスへ向いた。


「彼女を拾ってから職務も手に付かない程、ご執心しゅうしんだそうじゃないか」
「誰がそんな事を……。定時上がりを心掛けているだけで、そんなんじゃない」
「叔父上と同じくワーカホリックな君が定時上がりねぇ。しかも騎士団で保護も出来たのに、有無を言わさず公爵家の客として迎え入れただろ?」


 反論出来ずに押し黙る。
 彼女を守らねば、との思いから気が急いて、公爵家の客として迎え保護した事は確かだ。
 

「冷静沈着と評価される君が、感情に流されて私的な行動を取るなんて、見事に執着しゅうちゃくしてるじゃないか。貴族の間で噂になってるぞ。『救国の英雄、魔獣に襲われた謎の美女にご執心しゅうしん!』ってね」


 娯楽に飢えた噂好きの貴族にとって、この手の話題は何よりの好物だ。
 ある事ない事、尾ひれがついて回っているのだろう。

 浅慮せんりょな自分の行動が招いた事態とはいえ、考えると頭が痛くなった。


「で、何者なんだい?」
「それはオレも気になるな~」


 ゼノンに続いて、部屋の出入り口から低くて陽気な男の声がした。

 視線を向ければ、声の主——日焼けした肌に臙脂色ダークレッドのウルフカットの髪、がっしりとした体格の男が扉にもたれ掛かっていた。

 黄水晶シトリンのような瞳がこちらをうかがっている。

 容姿は整っていると言えるだろうが、着崩した軍服や、男がお洒落と称して顎に生やしている僅かな髭から粗野そやな印象を受ける。


「ディーン、早かったね」


 ゼノンがたのし気に、彼の名を口にした。

 ディーン・アシュリー。
 彼はアシュリー侯爵こうしゃく家の長男で、ルーカスとゼノンの幼馴染、そして特務部隊所属の准尉じゅんい
 ルーカスにとっては部下でもある。


皇太子こうたいし殿下から呼び出しと聞いて、超特急で来ましたよ」


 飄々ひょうひょうと、ディーンがこちらへと歩み寄る。

 彼はテーブルの前に辿り着くと、まずケーキスタンドを物色ぶっしょくした。

 そして、その中からマカロンを一つつまんで口の中に放り入れてから、ルーカスの隣へ腰を下ろした。


「で、何者なの? ルーカスを射止めた銀髪の歌姫は」


 咀嚼そしゃくしたマカロンを飲み下したディーンが、次の甘味に手を伸ばしながら問い掛けてくる。

 二人の視線がルーカスに突き刺さった。
 どちらも揶揄からかう気満々と言った嫌な笑顔を浮かべている。

 ルーカスは視線から逃れるようにまぶたを伏せ、紅茶を口に含んだ。

 元より彼女の事は話すつもりでいた。
 だが、こうも面白半分に迫られると、釈然しゃくぜんとしない気持ちになる。


(俺とイリアはそんな関係じゃないんだけどな……)


 彼女はかつて絶望ぜつぼうふちにいた自分を救った恩人だ。
 幼馴染達が期待しているような関係とは程遠い。

 まぶたを開くと、相変わらずいい笑顔で二人がこちらを見ているのが見えて——ルーカスは溜息を吐かずにはいられなかった。
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