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第一部 第一章 救国の英雄と記憶喪失の詠唱士(コラール)
第九話 彼女は——。
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久方ぶりに集まった幼馴染達に、銀髪の歌姫——イリアの素性を揶揄い半分に問われたルーカスは、過去に思いを馳せた。
彼女と出会ったきっかけ。
ルーカスが大切な人を亡くした、戦場での出来事を——。
思い出して鉛が落ちたように気分が沈み、胸が苦しくなった。
それでも、答えなければ話は進まない。
ルーカスは重い口を開いて伝える。
「……彼女は——旋律の戦姫。六年前、あの戦場で俺を救った……恩人だ」
ルーカスの言葉に、二人が笑みを消した。
彼女は詠唱士として、世界の秩序を守る事を教義・使命とするアルカディア教団が有する軍に所属する魔術師。
時に魔獣と言う脅威を打ち滅ぼし、時に戦争の調停のため、数多の戦場を駆けてきた。
歌声を響かせて凛々しく戦う姿から、畏敬を込めてそう呼ばれており、その二つ名は誰もが良く知っている。
「旋律の戦姫……。それに、アディシェス帝国とぶつかった〝ディチェス平原の争乱〟——そういう事か」
「……あれは、地獄だったな」
〝六年前〟、〝戦場〟の単語に、あの戦を前線で経験したゼノンとディーンは当時を思い起こしたのだろう。
神妙な面持ちで口を噤んだ。
戦いとは無慈悲なものであるが、ディーンが「地獄」と表現したように、あの戦場は類を見ない凄惨な有様だった。
帝国軍だけでなく、魔獣が戦場に現れたのも一因だ。
ルーカスは混迷とする中で、大切な人——。
婚約者を亡くした。目の前で。
彼女はこの国の第一王女、ゼノンの妹だった。
(……カレン)
彼女の最期の姿が脳裏に浮かび、ルーカスは考えるのを止めた。
それ以上思い出せば、溢れる悲しみの感情に、飲まれてしまうからだ。
重苦しい空気に支配され、室内は静まり返っている。
そんな中、ディーンが無言でティーポットからカップへ紅茶を注ぎ入れ、煽る様に飲み下す姿が見えた。
「……父上と叔父上は、彼女のことを?」
ゼノンが沈黙を破り、問い掛けた。
ルーカスは首を縦に振る。
「ご存知だ。陛下と父上には、彼女を連れて帰ったその日に伝えてある」
「そうか。まさかルーカスの保護した歌姫が、教団に属する者……旋律の戦姫だとはね。思ったよりも厄介な事案だ」
「その名は誰もがよーく知ってるが、顔を知る人間は極わずか。面識のあったルーカスだからこそ、気付けたって訳だな」
紅茶を飲み終えたディーンが、カップを置いてソファの背もたれへと体を沈めた。
名は知られているのに、容姿が周知されていないのは、彼女が近付き難い存在であると同時に、仮面で素顔を隠していたからだ。
ルーカスはあの戦乱でイリアに窮地を救われ、暫く教団に身を寄せていた時期があり、その時に素顔を見た。
彼女が仮面を被る理由は、人目を惹く容姿を見れば納得がいった。
教団の主神である創造の女神。
かの神は銀髪、青目の見目麗しい女性の姿をしていた、と伝承には記されている。
イリアの容姿の特徴は、見事に女神と合致する。
美しさに罪はないが——彼女のそれは、人を惑わす。
そのような理由から必要以上に目立たないよう、認識阻害の魔術を施した仮面をつけている、と彼女も言っていた。
「——で、どうするつもりなんだい?」
ゼノンが口許に手を添えて、こちらを見ている。
(どうする……か)
ルーカスはカップの中でゆらめく飲みかけの紅茶を見つめた。
そうしてカップへ手を伸ばし——紅茶を一気に飲み干す。
彼女が発見された状況は、不可解な点が多い。
加えて一週間という時間が流れたのに、教団が沈黙を保ったままでいる事も不可思議だった。
(沈黙は対面を保つため、とも考えられるが……何かするにしても、情報が少なすぎる)
ルーカスは空になったカップをテーブルの上へ戻して、ゼノンに向き直った。
「あちらの内情がわからない事には下手に動けない。今のところ彼女に関する情報は、公に上がってきていないしな。だから、ディーンに探りを入れてもらうつもりでいたんだ」
ゼノンが訝し気な表情を浮かべる。
「それは……本当に必要な事か? 彼女を保護している事を、内密に伝えれば済む話では?」
ゼノンの意見は尤もだ。
しかしルーカスは、教団の内情をほんの少しだが垣間見た。
だからこそわかる。
あそこは表に見える綺麗な面が全てではない、と。
「彼女の事を抜きにしても、内情は知っておくべきだ。あの国の影響力は、ゼノンもわかっているだろう? 何かが起きているのなら、世界を巻き込む一大事に発展する可能性だってあるぞ」
「なるほど、一理ある。けれど、一筋縄には行かないだろうね」
緊張の続く情勢下、王国の間諜はあらゆる国に根を張っている。
神聖国も例外ではない。
しかしかの国は、叩いても埃の出ない清廉潔白な国。
つまるところ、完璧な情報統制が為されているのだ。
「……あてはある。ディーン、行ってくれるな?」
「国境から帰ったばっかりだって言うのに? 団長様は人使いが荒いな~」
「悪いな。信頼して任せられるのは、お前だけなんだ。それに好きだろ? 海外旅行」
ルーカスは強行軍で申し訳ないと思いつつも、言葉に遊びを織り交ぜて話を振り、ディーンの返答を待った。
ディーンはケーキスタンドからスイーツを一つ選んで口へ放り入れ、「まあ嫌いじゃないよ」と、笑って言葉を続ける。
「……仕っ方ないなぁ。恋する親友のためにひと肌脱ぎますか。神聖国に愛の逃避行~! なんてな」
おどけた様子のディーンが、ウィンクをした。
面白い事を見つけると真面目な場であっても、人を揶揄おうとするのはディーンの昔からの悪い癖だ。
「……まだそのネタを引き摺るのかお前は。無駄口を叩く余裕があるなら、休息は不要だな。出立前にまず国境偵察任務の報告を聞こうか? 手短に、わかり易く頼むぞ」
「ここでかよ!? 少しは休ませろよ!?」
ルーカスは瞳を細めて口角を上げると、声色に怒気を孕ませて、任務の報告と出立を急かした。
揶揄われた事への意趣返しだ。
ゼノンがこちらのやり取りを素知らぬ顔で見つめながら、ティーカップに注がれた紅茶を静かに楽しんでいる。
「触らぬ神に祟りなし」とでも思っているのだろう。
気心の知れた幼馴染たちは、どちらもいい性格をしているな——と、毒づきながら、ルーカスは暫しディーンと言い合いを続けるのだった。
そんな不毛な言葉の応酬に終止符を打ったのは、「リリリン」と鳴ったリンクベルのリングトーンだった。
鳴ったのはルーカスのリンクベル。
ルーカスはピアス型のそれに触れ、すぐさま応答した。
『ルーカス様、お仕事中にご連絡を差し上げ、申し訳ございません』
聞こえて来た声は、年配の男性——グランベル公爵邸の執事長からの通信だった。
職務中に連絡とは珍しい。
よほど急ぎの用事があるのだろう、とルーカスは考えた。
「大丈夫だ。どうした?」
『それが……先ほど、お客様がお目覚めになりました』
「お客様」とは——恐らく、いや、間違いなくイリアの事だろう。
彼女が目覚めた。
それを聞いたルーカスは、勢いよくソファから立ち上がる。
「がたん」と大きな音がしたが、それどころではない。
「医者の手配は済んでいるか?」
『はい、既に邸宅へ向かってございます』
「わかった。こちらもすぐ戻る。くれぐれも丁重にもてなすように」
『かしこまりました。道中お気をつけてお戻り下さい』
通話を終える。
ルーカスは急ぎ足で部屋の扉へと向かった。
彼女の無事を確認し、何があったのか聞かなければ、とその一心からだ。
部屋の扉を開け放ったところで、「ルーカス?」「おーい、どしたー?」と呼びかける幼馴染達の声が耳に入り、彼らに視線を向けた。
「ゼノン、悪いが話はまた今度。ディーン、任務の報告は報告書にまとめて提出しておいてくれ。後で確認する。次の任務の詳細は追って連絡する」
ルーカスはそれだけ告げて、二人の返事を待たずに部屋を出た。
乱雑に扱った扉が、閉まる際にバタンと大きな音を響かせるのを聞きながら駆ける。
目覚めた彼女が待つ、邸宅へと——。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おまけ。
ルーカスが立ち去った後の二人の様子+ディーンの心境。
部屋に残されたゼノンとディーンは、矢継ぎ早に告げ、立ち去ったルーカスの出て行った扉を、呆然と見つめていた。
「『ネタ』ねぇ。あれはどう見てもベタ惚れだろ」
「また君はそういう事を言う。ルーカスが聞いたら怒るだろうね」
けれど推察は図らずも遠からずだろう——と、ディーンは思った。
(冷静沈着でストイックなルーカスが、仕事を放り出してまで気に掛ける相手、ねぇ)
彼女の正体が何であれ、普段のルーカスからは想像もつかない行動で、興味が湧いてくる。
ゼノンもそれは同じだったのだろう。
思いがけず面白いネタを掴んだと言わんばかりに、ほくそ笑んでいる様がみえた。
そんなゼノンの表情に、ディーンはケーキスタンドに並んだスイーツを頬張りながら思った。
腹黒王子のお出ましだ——と。
今後このネタをダシにどんな脅迫——否、駆け引きをするつもりなのか。
ルーカスが良い様に転がされる姿を想像して、哀れになった。
ほんの少しだけ。
(ま、面白いからいっか)
ディーンはルーカスの健闘を祈りつつ、また一つ、スイーツを口へ運んだ。
(それに、恋も遊びも、楽しまなきゃ損だからな)
ルーカスが心に傷を抱えているのは知っているが、いつまでも過去に囚われず、もっと人生を謳歌すべきだ、とディーンは考える。
(カレンもゼノンも、それを望んでるだろうよ)
過ぎ去った過去は戻らない。
時は無常に過ぎ去り、未来は続いて行くのだ。
だからこそ思う。
真面目で不器用な幼馴染が、自分の気持ちに正直に、これからの日々をもっと楽しく過ごして欲しい、と。
彼女と出会ったきっかけ。
ルーカスが大切な人を亡くした、戦場での出来事を——。
思い出して鉛が落ちたように気分が沈み、胸が苦しくなった。
それでも、答えなければ話は進まない。
ルーカスは重い口を開いて伝える。
「……彼女は——旋律の戦姫。六年前、あの戦場で俺を救った……恩人だ」
ルーカスの言葉に、二人が笑みを消した。
彼女は詠唱士として、世界の秩序を守る事を教義・使命とするアルカディア教団が有する軍に所属する魔術師。
時に魔獣と言う脅威を打ち滅ぼし、時に戦争の調停のため、数多の戦場を駆けてきた。
歌声を響かせて凛々しく戦う姿から、畏敬を込めてそう呼ばれており、その二つ名は誰もが良く知っている。
「旋律の戦姫……。それに、アディシェス帝国とぶつかった〝ディチェス平原の争乱〟——そういう事か」
「……あれは、地獄だったな」
〝六年前〟、〝戦場〟の単語に、あの戦を前線で経験したゼノンとディーンは当時を思い起こしたのだろう。
神妙な面持ちで口を噤んだ。
戦いとは無慈悲なものであるが、ディーンが「地獄」と表現したように、あの戦場は類を見ない凄惨な有様だった。
帝国軍だけでなく、魔獣が戦場に現れたのも一因だ。
ルーカスは混迷とする中で、大切な人——。
婚約者を亡くした。目の前で。
彼女はこの国の第一王女、ゼノンの妹だった。
(……カレン)
彼女の最期の姿が脳裏に浮かび、ルーカスは考えるのを止めた。
それ以上思い出せば、溢れる悲しみの感情に、飲まれてしまうからだ。
重苦しい空気に支配され、室内は静まり返っている。
そんな中、ディーンが無言でティーポットからカップへ紅茶を注ぎ入れ、煽る様に飲み下す姿が見えた。
「……父上と叔父上は、彼女のことを?」
ゼノンが沈黙を破り、問い掛けた。
ルーカスは首を縦に振る。
「ご存知だ。陛下と父上には、彼女を連れて帰ったその日に伝えてある」
「そうか。まさかルーカスの保護した歌姫が、教団に属する者……旋律の戦姫だとはね。思ったよりも厄介な事案だ」
「その名は誰もがよーく知ってるが、顔を知る人間は極わずか。面識のあったルーカスだからこそ、気付けたって訳だな」
紅茶を飲み終えたディーンが、カップを置いてソファの背もたれへと体を沈めた。
名は知られているのに、容姿が周知されていないのは、彼女が近付き難い存在であると同時に、仮面で素顔を隠していたからだ。
ルーカスはあの戦乱でイリアに窮地を救われ、暫く教団に身を寄せていた時期があり、その時に素顔を見た。
彼女が仮面を被る理由は、人目を惹く容姿を見れば納得がいった。
教団の主神である創造の女神。
かの神は銀髪、青目の見目麗しい女性の姿をしていた、と伝承には記されている。
イリアの容姿の特徴は、見事に女神と合致する。
美しさに罪はないが——彼女のそれは、人を惑わす。
そのような理由から必要以上に目立たないよう、認識阻害の魔術を施した仮面をつけている、と彼女も言っていた。
「——で、どうするつもりなんだい?」
ゼノンが口許に手を添えて、こちらを見ている。
(どうする……か)
ルーカスはカップの中でゆらめく飲みかけの紅茶を見つめた。
そうしてカップへ手を伸ばし——紅茶を一気に飲み干す。
彼女が発見された状況は、不可解な点が多い。
加えて一週間という時間が流れたのに、教団が沈黙を保ったままでいる事も不可思議だった。
(沈黙は対面を保つため、とも考えられるが……何かするにしても、情報が少なすぎる)
ルーカスは空になったカップをテーブルの上へ戻して、ゼノンに向き直った。
「あちらの内情がわからない事には下手に動けない。今のところ彼女に関する情報は、公に上がってきていないしな。だから、ディーンに探りを入れてもらうつもりでいたんだ」
ゼノンが訝し気な表情を浮かべる。
「それは……本当に必要な事か? 彼女を保護している事を、内密に伝えれば済む話では?」
ゼノンの意見は尤もだ。
しかしルーカスは、教団の内情をほんの少しだが垣間見た。
だからこそわかる。
あそこは表に見える綺麗な面が全てではない、と。
「彼女の事を抜きにしても、内情は知っておくべきだ。あの国の影響力は、ゼノンもわかっているだろう? 何かが起きているのなら、世界を巻き込む一大事に発展する可能性だってあるぞ」
「なるほど、一理ある。けれど、一筋縄には行かないだろうね」
緊張の続く情勢下、王国の間諜はあらゆる国に根を張っている。
神聖国も例外ではない。
しかしかの国は、叩いても埃の出ない清廉潔白な国。
つまるところ、完璧な情報統制が為されているのだ。
「……あてはある。ディーン、行ってくれるな?」
「国境から帰ったばっかりだって言うのに? 団長様は人使いが荒いな~」
「悪いな。信頼して任せられるのは、お前だけなんだ。それに好きだろ? 海外旅行」
ルーカスは強行軍で申し訳ないと思いつつも、言葉に遊びを織り交ぜて話を振り、ディーンの返答を待った。
ディーンはケーキスタンドからスイーツを一つ選んで口へ放り入れ、「まあ嫌いじゃないよ」と、笑って言葉を続ける。
「……仕っ方ないなぁ。恋する親友のためにひと肌脱ぎますか。神聖国に愛の逃避行~! なんてな」
おどけた様子のディーンが、ウィンクをした。
面白い事を見つけると真面目な場であっても、人を揶揄おうとするのはディーンの昔からの悪い癖だ。
「……まだそのネタを引き摺るのかお前は。無駄口を叩く余裕があるなら、休息は不要だな。出立前にまず国境偵察任務の報告を聞こうか? 手短に、わかり易く頼むぞ」
「ここでかよ!? 少しは休ませろよ!?」
ルーカスは瞳を細めて口角を上げると、声色に怒気を孕ませて、任務の報告と出立を急かした。
揶揄われた事への意趣返しだ。
ゼノンがこちらのやり取りを素知らぬ顔で見つめながら、ティーカップに注がれた紅茶を静かに楽しんでいる。
「触らぬ神に祟りなし」とでも思っているのだろう。
気心の知れた幼馴染たちは、どちらもいい性格をしているな——と、毒づきながら、ルーカスは暫しディーンと言い合いを続けるのだった。
そんな不毛な言葉の応酬に終止符を打ったのは、「リリリン」と鳴ったリンクベルのリングトーンだった。
鳴ったのはルーカスのリンクベル。
ルーカスはピアス型のそれに触れ、すぐさま応答した。
『ルーカス様、お仕事中にご連絡を差し上げ、申し訳ございません』
聞こえて来た声は、年配の男性——グランベル公爵邸の執事長からの通信だった。
職務中に連絡とは珍しい。
よほど急ぎの用事があるのだろう、とルーカスは考えた。
「大丈夫だ。どうした?」
『それが……先ほど、お客様がお目覚めになりました』
「お客様」とは——恐らく、いや、間違いなくイリアの事だろう。
彼女が目覚めた。
それを聞いたルーカスは、勢いよくソファから立ち上がる。
「がたん」と大きな音がしたが、それどころではない。
「医者の手配は済んでいるか?」
『はい、既に邸宅へ向かってございます』
「わかった。こちらもすぐ戻る。くれぐれも丁重にもてなすように」
『かしこまりました。道中お気をつけてお戻り下さい』
通話を終える。
ルーカスは急ぎ足で部屋の扉へと向かった。
彼女の無事を確認し、何があったのか聞かなければ、とその一心からだ。
部屋の扉を開け放ったところで、「ルーカス?」「おーい、どしたー?」と呼びかける幼馴染達の声が耳に入り、彼らに視線を向けた。
「ゼノン、悪いが話はまた今度。ディーン、任務の報告は報告書にまとめて提出しておいてくれ。後で確認する。次の任務の詳細は追って連絡する」
ルーカスはそれだけ告げて、二人の返事を待たずに部屋を出た。
乱雑に扱った扉が、閉まる際にバタンと大きな音を響かせるのを聞きながら駆ける。
目覚めた彼女が待つ、邸宅へと——。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おまけ。
ルーカスが立ち去った後の二人の様子+ディーンの心境。
部屋に残されたゼノンとディーンは、矢継ぎ早に告げ、立ち去ったルーカスの出て行った扉を、呆然と見つめていた。
「『ネタ』ねぇ。あれはどう見てもベタ惚れだろ」
「また君はそういう事を言う。ルーカスが聞いたら怒るだろうね」
けれど推察は図らずも遠からずだろう——と、ディーンは思った。
(冷静沈着でストイックなルーカスが、仕事を放り出してまで気に掛ける相手、ねぇ)
彼女の正体が何であれ、普段のルーカスからは想像もつかない行動で、興味が湧いてくる。
ゼノンもそれは同じだったのだろう。
思いがけず面白いネタを掴んだと言わんばかりに、ほくそ笑んでいる様がみえた。
そんなゼノンの表情に、ディーンはケーキスタンドに並んだスイーツを頬張りながら思った。
腹黒王子のお出ましだ——と。
今後このネタをダシにどんな脅迫——否、駆け引きをするつもりなのか。
ルーカスが良い様に転がされる姿を想像して、哀れになった。
ほんの少しだけ。
(ま、面白いからいっか)
ディーンはルーカスの健闘を祈りつつ、また一つ、スイーツを口へ運んだ。
(それに、恋も遊びも、楽しまなきゃ損だからな)
ルーカスが心に傷を抱えているのは知っているが、いつまでも過去に囚われず、もっと人生を謳歌すべきだ、とディーンは考える。
(カレンもゼノンも、それを望んでるだろうよ)
過ぎ去った過去は戻らない。
時は無常に過ぎ去り、未来は続いて行くのだ。
だからこそ思う。
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