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第一部 第三章 動き出す歯車
第二話 破天荒な母
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騒音と共に部屋へ飛び込んで来た母ユリエル。
皆の視線が母に集まっている。
供の者を置いて早馬で来た件といい、母の破天荒な行動には困ったものだ、とルーカスは溜息を付いた。
「母上……そんな乱雑に扱っては扉が壊れます」
「久々に会う母への第一声がそれなの? 寂しいわね」
悪びれず心外だと嘆く声がした。
突拍子もない行動と砕けた物言い、その言動はシャノンに良く似ている。
——正しくはシャノンが母に似たと言うべきか。
「お母様、おかえりなさい!」
「おかえりなさいませ。お母様」
「シャノン! シェリル! ただいま」
双子の姉妹は執務室を訪れたユリエルに駆け寄ると、抱き着いて抱擁を交わした。
父と会った時もそうだが、グランベル公爵家では再会に抱擁するのが常である。
年齢を感じさせない母の容姿は、遠目から見ればシャノン、シェリルと姉妹と言っても違和感がない。
二人はしばし母のぬくもりを楽しんだ後、その腕から離れていった。
すると今度は母の視線がこちらへ送られ、飛び込んで来いとでも言うように、大げさに両手を広げて見せた。
「おかえりなさい。お久しぶりです、母上」
しかしルーカスは応じず、淡々とその場——椅子から立った状態で挨拶を述べた。
ユリエルが腰に手を当て、拗ねたように眉尻を下げる。
「ノリが悪いわよ。久々に会った親子の再会でしょう?」
「母上に甘える歳じゃありませんよ」
「そうかしら? 昔は良く抱っこをせがまれたのだけどね」
「一体いつの話をしているんですか……」
額に手を当て、ルーカスは深い溜息を吐いた。
確かにそんな時期もあっただろう。
だが成人済みの男性が母親と気安く抱擁を交わすだろうか?
(……ないな)
世間一般でもそうそう聞かない話だ。
何より羞恥心が勝る。
「それで、何故供の者を置き去りに、予定を早めてこちらに?」
問題はそこだ。
母が領地からわざわざやって来たのは聖地巡礼へ向かう教皇聖下の護衛のため。
公爵家の領地のラツィエルに、巡礼の目的地の一つターコイズ神殿がある。
領主が王都から現地まで護衛に就くのが慣例となっているのだが、当初の予定では母は明日、王都に到着するはずだった。
「何故?」と、問うルーカスに、ユリエルは幼子の様に紅の瞳を輝かせて見せた。
「だって……ルーカスの恋人に早く会いたくて。どこにいるのかしら?」
「はい?」
(恋人?)
一体何の話をしているのかと、ルーカスは間抜けな声を発していた。
思い当たる節は——と思考を巡らせ、そう言えば前にイリアも勘違いしていた事を思い出す。
今度は一体誰が母にそんな事を吹き込んだのか。
母の爆弾発言に目を白黒させていると、シャノンが「あ」と口元を押さえるのが見えた。
その横で「お姉様……」とシェリルが呟く。
(なるほど、犯人はシャノンか)
ルーカスが返答出来ずにいると、答えを待ちきれなかったのだろうユリエルが目線を彷徨わせた。
しばらくして、部屋の中にイリアとリシアを見つけたらしく、顔がそちらへと傾く。
イリアの勿忘草色の瞳と、母の淡い紅の瞳が同じ角度を向いた。
「えっと、初めまして。イリア・ラディウスです」
「はわ、初めまして! 治癒術師のリシア・ヴェセリーです!」
当然訪問したユリエルに視線を向けられ、傍観者となっていた二人が恭しく頭を下げてお辞儀した。
「驚かせてごめんなさいね。ユリエル・フォン・グランベル、ルーカスと双子ちゃんの母親よ」
コツコツと靴を鳴らして、ユリエルが二人の元へ歩む。
辿り着いて二人の前へ立つと、イリアをまじまじと見つめ覗き込んだ。
「銀の髪、勿忘草色の瞳……。ふふ、話に聞いた通りお人形さんみたいに可憐ね」
くるり、とルーカスへ向いたユリエルの表情は、満面の笑みだった。
それはもう、とても嬉しそうににんまりと笑っている。
母の笑みにルーカスは嫌な予感がした。
「さすが私の息子ね。こんな素敵なお嬢さんを見つけるなんて」
「いえ、それは誤解——」
「それじゃ、少し彼女を借りるわね。さあ行きましょう、イリアさん」
母はルーカスの声を遮って言い放つと、イリアの肩をがしっと音がしそうな勢いで掴んだ。
「え? え?」と訳が分からず惑うイリアを、有無を言わさず引き連れて、扉へと向かう。
「母上!」
ルーカスは遠ざかる背に声をかけ、手を伸ばすが——母は来た時と同じく、「バン!」と乱暴に扉を開き、颯爽と桃色の髪を靡かせて、銀糸を揺らすイリアを連れ去った。
ルーカスが伸ばした手は、虚しく空を掴む。
部屋に残されたシャノン、シェリル、リシア、そして執事長はユリエルが去った扉と、ルーカスが伸ばした手を交互に見ていた。
「えっと……ごめんね? お兄様」
静まる室内に、母の暴走の一端を作ったであろうシャノンの謝罪の声が響いた。
例えるならば、迅雷風烈、あるいは猪突猛進か。
嵐の様に襲来し、話を聞かずイリアを攫った母ユリエルの行動に、ルーカスは頭が痛くなってこめかみを押さえた。
皆の視線が母に集まっている。
供の者を置いて早馬で来た件といい、母の破天荒な行動には困ったものだ、とルーカスは溜息を付いた。
「母上……そんな乱雑に扱っては扉が壊れます」
「久々に会う母への第一声がそれなの? 寂しいわね」
悪びれず心外だと嘆く声がした。
突拍子もない行動と砕けた物言い、その言動はシャノンに良く似ている。
——正しくはシャノンが母に似たと言うべきか。
「お母様、おかえりなさい!」
「おかえりなさいませ。お母様」
「シャノン! シェリル! ただいま」
双子の姉妹は執務室を訪れたユリエルに駆け寄ると、抱き着いて抱擁を交わした。
父と会った時もそうだが、グランベル公爵家では再会に抱擁するのが常である。
年齢を感じさせない母の容姿は、遠目から見ればシャノン、シェリルと姉妹と言っても違和感がない。
二人はしばし母のぬくもりを楽しんだ後、その腕から離れていった。
すると今度は母の視線がこちらへ送られ、飛び込んで来いとでも言うように、大げさに両手を広げて見せた。
「おかえりなさい。お久しぶりです、母上」
しかしルーカスは応じず、淡々とその場——椅子から立った状態で挨拶を述べた。
ユリエルが腰に手を当て、拗ねたように眉尻を下げる。
「ノリが悪いわよ。久々に会った親子の再会でしょう?」
「母上に甘える歳じゃありませんよ」
「そうかしら? 昔は良く抱っこをせがまれたのだけどね」
「一体いつの話をしているんですか……」
額に手を当て、ルーカスは深い溜息を吐いた。
確かにそんな時期もあっただろう。
だが成人済みの男性が母親と気安く抱擁を交わすだろうか?
(……ないな)
世間一般でもそうそう聞かない話だ。
何より羞恥心が勝る。
「それで、何故供の者を置き去りに、予定を早めてこちらに?」
問題はそこだ。
母が領地からわざわざやって来たのは聖地巡礼へ向かう教皇聖下の護衛のため。
公爵家の領地のラツィエルに、巡礼の目的地の一つターコイズ神殿がある。
領主が王都から現地まで護衛に就くのが慣例となっているのだが、当初の予定では母は明日、王都に到着するはずだった。
「何故?」と、問うルーカスに、ユリエルは幼子の様に紅の瞳を輝かせて見せた。
「だって……ルーカスの恋人に早く会いたくて。どこにいるのかしら?」
「はい?」
(恋人?)
一体何の話をしているのかと、ルーカスは間抜けな声を発していた。
思い当たる節は——と思考を巡らせ、そう言えば前にイリアも勘違いしていた事を思い出す。
今度は一体誰が母にそんな事を吹き込んだのか。
母の爆弾発言に目を白黒させていると、シャノンが「あ」と口元を押さえるのが見えた。
その横で「お姉様……」とシェリルが呟く。
(なるほど、犯人はシャノンか)
ルーカスが返答出来ずにいると、答えを待ちきれなかったのだろうユリエルが目線を彷徨わせた。
しばらくして、部屋の中にイリアとリシアを見つけたらしく、顔がそちらへと傾く。
イリアの勿忘草色の瞳と、母の淡い紅の瞳が同じ角度を向いた。
「えっと、初めまして。イリア・ラディウスです」
「はわ、初めまして! 治癒術師のリシア・ヴェセリーです!」
当然訪問したユリエルに視線を向けられ、傍観者となっていた二人が恭しく頭を下げてお辞儀した。
「驚かせてごめんなさいね。ユリエル・フォン・グランベル、ルーカスと双子ちゃんの母親よ」
コツコツと靴を鳴らして、ユリエルが二人の元へ歩む。
辿り着いて二人の前へ立つと、イリアをまじまじと見つめ覗き込んだ。
「銀の髪、勿忘草色の瞳……。ふふ、話に聞いた通りお人形さんみたいに可憐ね」
くるり、とルーカスへ向いたユリエルの表情は、満面の笑みだった。
それはもう、とても嬉しそうににんまりと笑っている。
母の笑みにルーカスは嫌な予感がした。
「さすが私の息子ね。こんな素敵なお嬢さんを見つけるなんて」
「いえ、それは誤解——」
「それじゃ、少し彼女を借りるわね。さあ行きましょう、イリアさん」
母はルーカスの声を遮って言い放つと、イリアの肩をがしっと音がしそうな勢いで掴んだ。
「え? え?」と訳が分からず惑うイリアを、有無を言わさず引き連れて、扉へと向かう。
「母上!」
ルーカスは遠ざかる背に声をかけ、手を伸ばすが——母は来た時と同じく、「バン!」と乱暴に扉を開き、颯爽と桃色の髪を靡かせて、銀糸を揺らすイリアを連れ去った。
ルーカスが伸ばした手は、虚しく空を掴む。
部屋に残されたシャノン、シェリル、リシア、そして執事長はユリエルが去った扉と、ルーカスが伸ばした手を交互に見ていた。
「えっと……ごめんね? お兄様」
静まる室内に、母の暴走の一端を作ったであろうシャノンの謝罪の声が響いた。
例えるならば、迅雷風烈、あるいは猪突猛進か。
嵐の様に襲来し、話を聞かずイリアを攫った母ユリエルの行動に、ルーカスは頭が痛くなってこめかみを押さえた。
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