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第一部 第三章 動き出す歯車
第三話 父と刃を交えて
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日程を早め到着したユリエルがイリアを攫って行き、連れ去られた彼女を護衛のシャノン、シェリル、リシアが追いかけて行った。
だがその後、彼女達が部屋に戻る事はなかった。
使用人の話によると街へ繰り出したらしい。
一人邸宅に残されたルーカスは、母の行動に頭を抱えながらも昼食を終え、書類仕事を片付けた。
そうして夕時へと向かう時間帯、邸宅の西側に併設された訓練所へと足を運んだ。
訓練所は周囲を高い壁で囲まれ、通路部分は屋根がついているが開放的な空間。
この時間ともなると人数はまばらだが、訓練する公爵家の騎士の姿があり、それぞれが真剣に取り組んでる様子が見られる。
ルーカスは書類仕事で凝り固まった筋肉を解そうと思い、刀を携えてこの場を訪れた。
訓練に励む騎士たちの邪魔にならないよう隅の方を陣取ると、堅苦しい軍服の上着を手早く脱ぎ捨てる。
それから露わになった着衣の留め具を外して、首元を解き放った。
「……ふう」
長らく締め付けていた圧迫感から解放され、自然と吐息が漏れた。
軽く伸びと屈伸をして、準備運動を済ませると、剣吊りベルトに固定した刀へと手を伸ばした。
ルーカスは足を開き、腰を落とす。
刀を振るための構えを取って柄を掴み——右足を踏み込んで鞘から素早く引き抜いた。
振り抜かれた刃が空を斬り、その軌跡に生じた風の流れが、刃と合わさって音を生んだ。
居合と呼ばれる抜刀術の流れから、刀を頭上に掲げ正面へ持って来ると、左手も柄へ添えて、真っ直ぐ構えを取った。
瞼を閉じて呼吸を整える。
息を吸い込んで瞼を持ち上げて、柄を握り直すとルーカスは刀を振った。
頭上に掲げて〝上段の構えから下〟へ。
次は右上に高く振り上げて〝斜め左下への振り下ろし〟そこから今度は逆の動きで〝右上に斬り上げ〟た。
流れるように〝右から左へと水平に薙ぎ払い〟刀を右側の頭の高さで真横に構え、勢いよく水平に〝突き〟出した。
今度は左上に高く振り上げ——。
そのような具合に、何通りかの決められた型の素振りを繰り返し行った。
しっとりと肌を伝う汗に、着衣が湿り気を帯び、体が解れ温まって行く。
こうなると打ち合える相手が欲しいところではあるが、この場で訓練に励む騎士の中に、ルーカスと打ち合える実力を持った者は見た限りいなかった。
ルーカスは一旦刀を鞘に納めると、右手で額の汗を拭って張り付く前髪を掻き上げた。
「精が出るな」
不意に聞き慣れた低い声が後方、訓練所の出入り口方面から響いた。
訓練に励んでいた騎士たちが一斉に動きを止め、礼を取る。
ルーカスが振り返り、出入り口を見やると——そこには、赤と黒を基調とした軍服を身に纏い、くせ毛でセミロングの黒髪に、切れ長で吊り上がった紅い瞳、顎に髭を生やした強面の熟年の男性の姿があった。
この家の主、グランベル公爵でありルーカスの父レナートだ。
レナートは礼を取る騎士達に「かしこまらなくていい」と告げ、手ぶりで制すると入口近くの多様な武器が収められた一角へと歩を進めた。
「父上。帰られていたのですか?」
予定外の父の帰宅に、ルーカスは面をくらってしまう。
「ユリエルが戻ったと聞いてな」
こちらを視認して、父が気恥ずかしそうに答えた。
「久しぶりに戻った妻を放って、仕事に打ち込むのもな」と父が目尻を下げ笑っている。
(なるほど、納得だ)
父は愛妻家だ。
母が戻ったと聞いて、仕事を中断して戻って来たのだろう。
そしてあの母の事だ。
もし母を差し置いて仕事を優先しようものなら迅雷と共に殴り込みに行くのは間違いない。
それでなくとも父は働き過ぎなので、ちょうどいい薬だ、とルーカスは思った。
レナートが訓練用に備え付けられた武器の中から刀を手に取り、すらりと刀身を引き抜いて、刃を縦に立て眺め、また鞘へと戻す。
一連の動作の後、レナートはルーカスへと向いて、今度は鞘を片手で水平に持ち、胸の前へ突き出して見せた。
「久々に打ち合うか?」
挑んで来い。と、そういう意味だろう。
ちょうど相手が欲しいと思っていたので渡りに船だ。
(父上ならば相手にとって不足なし)
全盛期、戦場を第一線で駆けていた頃は〝王国の猛き獅子〟と呼ばれ、恐れられた父が相手となれば腕も鳴る。
「望むところです」
ルーカスはにっと口角を上げた。
すると、場に居合わせた公爵家に仕える騎士たちのざわめき立つ声が聞こえた。
ルーカスとレナートの試合が行われることになり、二人は訓練所内に設けられた試合場へと移動した。
白線の描かれた場に、向き合うようにして立つと、周囲の通路には二人の打ち合いを見ようと、騎士が集まっているのが見えた。
レナートは刀を抜くと鞘を場外に投げ捨てて正面に構え、ルーカスも合わせるように刀を抜いて、同じく正面に構えた。
二人の視線がぶつかる。
刃が届くか届かないかの距離を取り、静かに、相手の出方を窺うように、お互い睨み合った。
(さすが父上。隙が無い)
粗を探そうにも、レナートの構えと視線に油断はない。
ルーカスも同じく神経の一切を研ぎ澄まし、眼前の強者に備えた。
動かなければこのまま何十分と睨み合いが続くのだろう。
だが、ルーカスが望むのはそのような達人の試合ではなく、刃を合わせる事だ。
ルーカスは柄を握り締めると意を決し、打って出た。
上段の構えから、刀を振り下ろす。
ルーカスの動きに合わせてレナートも動き、上方向から迫る刀を刃で受け、キンッと金属のぶつかり合う音と火花が散った。
レナートは受けた刃をそのままいなして、水平に斬り付けた。
ルーカスはいなされた刀を反転して刃で受け止める。
相手の刃の勢いを殺したところで刀を離して、踏み込んで下段から斬り上げた。
軌道を読んだレナートが、自身に迫る剣戟を受け止め——お互いの得物にこめられた力と刃が合わさりぶつかった。
拮抗した力は、鍔迫り合いへと発展していく。
じりじりと合わさった刃に二人の距離が縮まった。
「流石ですね、父上」
力を籠めて刀を押すも、レナートは引かない。
それどころか気を抜けばこちらが押し負けてしまいそうだ。
「おまえも強くなったな」
レナートはどことなく楽しそうで、それでいて嬉しそうな様子だった。
言葉を交わした二人は、決着の着かぬ鍔迫り合いにどちらともなく刃を離し、距離を取る。
ルーカスもまた、父との打ち合いを楽しんでいた。
だがその後、彼女達が部屋に戻る事はなかった。
使用人の話によると街へ繰り出したらしい。
一人邸宅に残されたルーカスは、母の行動に頭を抱えながらも昼食を終え、書類仕事を片付けた。
そうして夕時へと向かう時間帯、邸宅の西側に併設された訓練所へと足を運んだ。
訓練所は周囲を高い壁で囲まれ、通路部分は屋根がついているが開放的な空間。
この時間ともなると人数はまばらだが、訓練する公爵家の騎士の姿があり、それぞれが真剣に取り組んでる様子が見られる。
ルーカスは書類仕事で凝り固まった筋肉を解そうと思い、刀を携えてこの場を訪れた。
訓練に励む騎士たちの邪魔にならないよう隅の方を陣取ると、堅苦しい軍服の上着を手早く脱ぎ捨てる。
それから露わになった着衣の留め具を外して、首元を解き放った。
「……ふう」
長らく締め付けていた圧迫感から解放され、自然と吐息が漏れた。
軽く伸びと屈伸をして、準備運動を済ませると、剣吊りベルトに固定した刀へと手を伸ばした。
ルーカスは足を開き、腰を落とす。
刀を振るための構えを取って柄を掴み——右足を踏み込んで鞘から素早く引き抜いた。
振り抜かれた刃が空を斬り、その軌跡に生じた風の流れが、刃と合わさって音を生んだ。
居合と呼ばれる抜刀術の流れから、刀を頭上に掲げ正面へ持って来ると、左手も柄へ添えて、真っ直ぐ構えを取った。
瞼を閉じて呼吸を整える。
息を吸い込んで瞼を持ち上げて、柄を握り直すとルーカスは刀を振った。
頭上に掲げて〝上段の構えから下〟へ。
次は右上に高く振り上げて〝斜め左下への振り下ろし〟そこから今度は逆の動きで〝右上に斬り上げ〟た。
流れるように〝右から左へと水平に薙ぎ払い〟刀を右側の頭の高さで真横に構え、勢いよく水平に〝突き〟出した。
今度は左上に高く振り上げ——。
そのような具合に、何通りかの決められた型の素振りを繰り返し行った。
しっとりと肌を伝う汗に、着衣が湿り気を帯び、体が解れ温まって行く。
こうなると打ち合える相手が欲しいところではあるが、この場で訓練に励む騎士の中に、ルーカスと打ち合える実力を持った者は見た限りいなかった。
ルーカスは一旦刀を鞘に納めると、右手で額の汗を拭って張り付く前髪を掻き上げた。
「精が出るな」
不意に聞き慣れた低い声が後方、訓練所の出入り口方面から響いた。
訓練に励んでいた騎士たちが一斉に動きを止め、礼を取る。
ルーカスが振り返り、出入り口を見やると——そこには、赤と黒を基調とした軍服を身に纏い、くせ毛でセミロングの黒髪に、切れ長で吊り上がった紅い瞳、顎に髭を生やした強面の熟年の男性の姿があった。
この家の主、グランベル公爵でありルーカスの父レナートだ。
レナートは礼を取る騎士達に「かしこまらなくていい」と告げ、手ぶりで制すると入口近くの多様な武器が収められた一角へと歩を進めた。
「父上。帰られていたのですか?」
予定外の父の帰宅に、ルーカスは面をくらってしまう。
「ユリエルが戻ったと聞いてな」
こちらを視認して、父が気恥ずかしそうに答えた。
「久しぶりに戻った妻を放って、仕事に打ち込むのもな」と父が目尻を下げ笑っている。
(なるほど、納得だ)
父は愛妻家だ。
母が戻ったと聞いて、仕事を中断して戻って来たのだろう。
そしてあの母の事だ。
もし母を差し置いて仕事を優先しようものなら迅雷と共に殴り込みに行くのは間違いない。
それでなくとも父は働き過ぎなので、ちょうどいい薬だ、とルーカスは思った。
レナートが訓練用に備え付けられた武器の中から刀を手に取り、すらりと刀身を引き抜いて、刃を縦に立て眺め、また鞘へと戻す。
一連の動作の後、レナートはルーカスへと向いて、今度は鞘を片手で水平に持ち、胸の前へ突き出して見せた。
「久々に打ち合うか?」
挑んで来い。と、そういう意味だろう。
ちょうど相手が欲しいと思っていたので渡りに船だ。
(父上ならば相手にとって不足なし)
全盛期、戦場を第一線で駆けていた頃は〝王国の猛き獅子〟と呼ばれ、恐れられた父が相手となれば腕も鳴る。
「望むところです」
ルーカスはにっと口角を上げた。
すると、場に居合わせた公爵家に仕える騎士たちのざわめき立つ声が聞こえた。
ルーカスとレナートの試合が行われることになり、二人は訓練所内に設けられた試合場へと移動した。
白線の描かれた場に、向き合うようにして立つと、周囲の通路には二人の打ち合いを見ようと、騎士が集まっているのが見えた。
レナートは刀を抜くと鞘を場外に投げ捨てて正面に構え、ルーカスも合わせるように刀を抜いて、同じく正面に構えた。
二人の視線がぶつかる。
刃が届くか届かないかの距離を取り、静かに、相手の出方を窺うように、お互い睨み合った。
(さすが父上。隙が無い)
粗を探そうにも、レナートの構えと視線に油断はない。
ルーカスも同じく神経の一切を研ぎ澄まし、眼前の強者に備えた。
動かなければこのまま何十分と睨み合いが続くのだろう。
だが、ルーカスが望むのはそのような達人の試合ではなく、刃を合わせる事だ。
ルーカスは柄を握り締めると意を決し、打って出た。
上段の構えから、刀を振り下ろす。
ルーカスの動きに合わせてレナートも動き、上方向から迫る刀を刃で受け、キンッと金属のぶつかり合う音と火花が散った。
レナートは受けた刃をそのままいなして、水平に斬り付けた。
ルーカスはいなされた刀を反転して刃で受け止める。
相手の刃の勢いを殺したところで刀を離して、踏み込んで下段から斬り上げた。
軌道を読んだレナートが、自身に迫る剣戟を受け止め——お互いの得物にこめられた力と刃が合わさりぶつかった。
拮抗した力は、鍔迫り合いへと発展していく。
じりじりと合わさった刃に二人の距離が縮まった。
「流石ですね、父上」
力を籠めて刀を押すも、レナートは引かない。
それどころか気を抜けばこちらが押し負けてしまいそうだ。
「おまえも強くなったな」
レナートはどことなく楽しそうで、それでいて嬉しそうな様子だった。
言葉を交わした二人は、決着の着かぬ鍔迫り合いにどちらともなく刃を離し、距離を取る。
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