終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第三章 動き出す歯車

第八話 教皇ノエル

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 ルーカスがゼノンの護衛として、式典会場の壇上で教皇聖下一行の到着を待っていると——。

 観客席からわっと歓声がいた。

 歓声がした方向に視線を向けると、観覧席の合間をってかれた道に、歩く人影が見えて来る。
 
 ひかえた席からゼノンが立ち上がり、壇上だんじょうの中央へ進んだ。
 ルーカスはその後に続き、一歩後ろに並び立つ。

 ゼノンが頭を低くして礼を取り、それに呼応して王族の面々も立ち上がって礼を取った。

 礼は女神の代理人である教皇への敬意をあらわしたものだ。

 護衛についた騎士は礼を免除めんじょされている。
 ルーカスは壇上だんじょうへ歩んで来る人影をじっと見つめた。

 先頭を歩いて来るのは、純白の祭服に身を包んだ青年だ。

 長めに切り揃えられた髪は純然たるマナの輝きと同じ銀色、硝子細工がらすざいくのように美しい青い灰簾石タンザナイトの瞳。

 薔薇ばらの様な気品と気高さを持ち合わせた美男子びなんし——。


(——彼が教皇……ノエル・ルクス・アルカディア聖下)


 昨年さくねん逝去せいきょした前教皇ルキウス様に代わって就任しゅうにんした、弱冠じゃっかん二十歳の年若い教皇だ。

 女神の使徒アポストロスらと聖騎士長にまもられて、彼はやって来た。

 教皇ノエルを先頭に、追従した女神の使徒アポストロスと聖騎士団長アイゼン、計七名が壇上へ上がる。


「教皇聖下。遠路はるばるお越し頂き、光栄のきわみでございます」


 ゼノンが、頭を低くした状態で出迎えの言葉を口にした。
 それに対し、教皇聖下は右手の拳を胸に当て、目を閉じて告げる。


貴国きこくに女神の慈悲じひがあらんことを。エターク王国の皇太子よ、出迎でむかえに感謝する」


 そして「楽にして欲しい」と続け、頭を上げる様にうながした。
 教皇の言葉を受けてゼノンと王族が顔を上げる。


「ありがとうございます。聖地巡礼ペレグリヌスの旅のご無事をお祈り致します。どうぞ今日は城で英気をやしなわれて行って下さい」
「お言葉に甘えよう」


 教皇は微笑んでうなずき、国民が集まる観覧席の方へ体を反転させた。

 ゆっくりとした動作で右手をかかげて見せる。
 すると——会場一帯へ銀色に輝くマナのきらめきが舞った。

 まるで雪の様に舞い落ちる輝きに、観客の歓声が勢いを増して響き渡る。
 教皇はそんな群衆ぐんしゅうの様子を、あたたかい眼差しで見つめていた。
 
 ルーカスの眼前にもマナがきらきらと舞っている。

 これは彼が持つ神秘アルカナの力、教皇の奇跡として知られる〝浄化の光ディ・ピュリフィ〟だろう。
 あらゆる不浄と災厄さいやくはらうと言われ、その奇跡を求めて教団へすがる者も多い。

 きらめきを目で追っていると、視線を感じた。
 前方へ目線を戻すと一瞬、教皇と目が合って、すぐにらされる。


(見られていた……のか?)


 教皇が持つ瞳の色は、特段珍しくもないよくある色だが——銀髪に青い瞳の組み合わせは、彼女を連想させた。

 ルーカスはふと思う。
 イリアが記憶を失わず健在であったなら、この場に並び立っていたことだろう、と。

 教皇を守るように彼の両翼に分かれて並び立つ、体格も様々な女神の使徒アポストロス達をルーカスは見つめた。
 
 彼らの中に〝【太陽】のレーシュ〟——彼女を語る偽物がいる。

 皆フードを被り、顔には白い仮面を装着しているため容姿は確認出来ない。


(……手の込んだ演出だな)


 深読みすれば、彼女の不在をさとられないための演出とも取れて、ルーカスは心の中で毒づいた。




 
 歓迎式典は順調に進行して行った。

 教皇はゼノン以外の王族とも言葉をわし、もうそろそろ退出の流れだ。

 この後の教皇一行の行動予定スケジュールは、城内でもよおされる晩餐会ばんさんかいに参加し、城へ一日滞在する事となっている。

 翌日に王都を立ち、巡礼の目的地の一つ、グランベル公爵領ラツィエルにあるターコイズ神殿へ向かう予定だ。

 その後は北上し、王都と港町ミトラの中間地点にあるアダマス神殿へとおもむき、地図で見れば反時計回りをえがくように、世界各地の神殿を巡るのだと聞いている。

 式典の終わりを告げるように、再度歓声がき起こった。
 

「教皇聖下、ご案内致します」


 教皇を先導するため、ゼノンが城へ向けて歩き出す。
 それを受けてルーカスは壇上だんじょうひかえる特務部隊の面々に手で合図を送った。

 団員達は無駄のない動きで集合して、ルーカスの後ろに着いた。

 ルーカス達は城へ向かうゼノンの動きに合わせて歩を進めていく。

 その後ろに教皇一行が続いて退場し、歓迎式典は喝采かっさいの中、無事に終わりを告げた。





 式典会場で何か起こるのではないかと、身構えていたルーカスだったが、杞憂きゆうに終わり気が抜けてしまう。

 女神の使徒アポストロスつかわせてまで、イリアを連れ去ろうとしたのは何だったのか。


(教団が何を考えているのかわからないな……)


 ルーカスは後方の教皇をちらりと盗み見ると——ばちり、とまたしても青い瞳と視線が合った。
 彼は目を細め笑って見せたが——視線を戻した直後、背筋に冷たいものが走る。

 再度彼を見ると、殺気にも似た感情を乗せたするどい眼差しを向けられていた。
 氷を思わせる冷たい青がそこにある。


(教皇ノエル、どうやら彼は腹に一物いちもつかかええた人物のようだ)


 このままでは終わらない。
 そんな予感にルーカスはきゅっと唇を引き結ぶのだった。
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