62 / 206
第一部 第三章 動き出す歯車
第八話 教皇ノエル
しおりを挟む
ルーカスがゼノンの護衛として、式典会場の壇上で教皇聖下一行の到着を待っていると——。
観客席からわっと歓声が沸いた。
歓声がした方向に視線を向けると、観覧席の合間を縫って敷かれた道に、歩く人影が見えて来る。
控えた席からゼノンが立ち上がり、壇上の中央へ進んだ。
ルーカスはその後に続き、一歩後ろに並び立つ。
ゼノンが頭を低くして礼を取り、それに呼応して王族の面々も立ち上がって礼を取った。
礼は女神の代理人である教皇への敬意を表したものだ。
護衛についた騎士は礼を免除されている。
ルーカスは壇上へ歩んで来る人影をじっと見つめた。
先頭を歩いて来るのは、純白の祭服に身を包んだ青年だ。
長めに切り揃えられた髪は純然たるマナの輝きと同じ銀色、硝子細工のように美しい青い灰簾石の瞳。
薔薇の様な気品と気高さを持ち合わせた美男子——。
(——彼が教皇……ノエル・ルクス・アルカディア聖下)
昨年逝去した前教皇ルキウス様に代わって就任した、弱冠二十歳の年若い教皇だ。
女神の使徒らと聖騎士長に護られて、彼はやって来た。
教皇ノエルを先頭に、追従した女神の使徒と聖騎士団長アイゼン、計七名が壇上へ上がる。
「教皇聖下。遠路はるばるお越し頂き、光栄の極みでございます」
ゼノンが、頭を低くした状態で出迎えの言葉を口にした。
それに対し、教皇聖下は右手の拳を胸に当て、目を閉じて告げる。
「貴国に女神の慈悲があらんことを。エターク王国の皇太子よ、出迎えに感謝する」
そして「楽にして欲しい」と続け、頭を上げる様に促した。
教皇の言葉を受けてゼノンと王族が顔を上げる。
「ありがとうございます。聖地巡礼の旅のご無事をお祈り致します。どうぞ今日は城で英気を養われて行って下さい」
「お言葉に甘えよう」
教皇は微笑んで頷き、国民が集まる観覧席の方へ体を反転させた。
ゆっくりとした動作で右手を掲げて見せる。
すると——会場一帯へ銀色に輝くマナの煌めきが舞った。
まるで雪の様に舞い落ちる輝きに、観客の歓声が勢いを増して響き渡る。
教皇はそんな群衆の様子を、温かい眼差しで見つめていた。
ルーカスの眼前にもマナがきらきらと舞っている。
これは彼が持つ神秘の力、教皇の奇跡として知られる〝浄化の光〟だろう。
あらゆる不浄と災厄を祓うと言われ、その奇跡を求めて教団へ縋る者も多い。
煌めきを目で追っていると、視線を感じた。
前方へ目線を戻すと一瞬、教皇と目が合って、すぐに逸らされる。
(見られていた……のか?)
教皇が持つ瞳の色は、特段珍しくもないよくある色だが——銀髪に青い瞳の組み合わせは、彼女を連想させた。
ルーカスはふと思う。
イリアが記憶を失わず健在であったなら、この場に並び立っていたことだろう、と。
教皇を守るように彼の両翼に分かれて並び立つ、体格も様々な女神の使徒達をルーカスは見つめた。
彼らの中に〝【太陽】のレーシュ〟——彼女を語る偽物がいる。
皆フードを被り、顔には白い仮面を装着しているため容姿は確認出来ない。
(……手の込んだ演出だな)
深読みすれば、彼女の不在を悟られないための演出とも取れて、ルーカスは心の中で毒づいた。
歓迎式典は順調に進行して行った。
教皇はゼノン以外の王族とも言葉を交わし、もうそろそろ退出の流れだ。
この後の教皇一行の行動予定は、城内で催される晩餐会に参加し、城へ一日滞在する事となっている。
翌日に王都を立ち、巡礼の目的地の一つ、グランベル公爵領ラツィエルにあるターコイズ神殿へ向かう予定だ。
その後は北上し、王都と港町ミトラの中間地点にあるアダマス神殿へと赴き、地図で見れば反時計回りを描くように、世界各地の神殿を巡るのだと聞いている。
式典の終わりを告げるように、再度歓声が沸き起こった。
「教皇聖下、ご案内致します」
教皇を先導するため、ゼノンが城へ向けて歩き出す。
それを受けてルーカスは壇上に控える特務部隊の面々に手で合図を送った。
団員達は無駄のない動きで集合して、ルーカスの後ろに着いた。
ルーカス達は城へ向かうゼノンの動きに合わせて歩を進めていく。
その後ろに教皇一行が続いて退場し、歓迎式典は喝采の中、無事に終わりを告げた。
式典会場で何か起こるのではないかと、身構えていたルーカスだったが、杞憂に終わり気が抜けてしまう。
女神の使徒を遣わせてまで、イリアを連れ去ろうとしたのは何だったのか。
(教団が何を考えているのかわからないな……)
ルーカスは後方の教皇をちらりと盗み見ると——ばちり、とまたしても青い瞳と視線が合った。
彼は目を細め笑って見せたが——視線を戻した直後、背筋に冷たいものが走る。
再度彼を見ると、殺気にも似た感情を乗せた鋭い眼差しを向けられていた。
氷を思わせる冷たい青がそこにある。
(教皇ノエル、どうやら彼は腹に一物抱えた人物のようだ)
このままでは終わらない。
そんな予感にルーカスはきゅっと唇を引き結ぶのだった。
観客席からわっと歓声が沸いた。
歓声がした方向に視線を向けると、観覧席の合間を縫って敷かれた道に、歩く人影が見えて来る。
控えた席からゼノンが立ち上がり、壇上の中央へ進んだ。
ルーカスはその後に続き、一歩後ろに並び立つ。
ゼノンが頭を低くして礼を取り、それに呼応して王族の面々も立ち上がって礼を取った。
礼は女神の代理人である教皇への敬意を表したものだ。
護衛についた騎士は礼を免除されている。
ルーカスは壇上へ歩んで来る人影をじっと見つめた。
先頭を歩いて来るのは、純白の祭服に身を包んだ青年だ。
長めに切り揃えられた髪は純然たるマナの輝きと同じ銀色、硝子細工のように美しい青い灰簾石の瞳。
薔薇の様な気品と気高さを持ち合わせた美男子——。
(——彼が教皇……ノエル・ルクス・アルカディア聖下)
昨年逝去した前教皇ルキウス様に代わって就任した、弱冠二十歳の年若い教皇だ。
女神の使徒らと聖騎士長に護られて、彼はやって来た。
教皇ノエルを先頭に、追従した女神の使徒と聖騎士団長アイゼン、計七名が壇上へ上がる。
「教皇聖下。遠路はるばるお越し頂き、光栄の極みでございます」
ゼノンが、頭を低くした状態で出迎えの言葉を口にした。
それに対し、教皇聖下は右手の拳を胸に当て、目を閉じて告げる。
「貴国に女神の慈悲があらんことを。エターク王国の皇太子よ、出迎えに感謝する」
そして「楽にして欲しい」と続け、頭を上げる様に促した。
教皇の言葉を受けてゼノンと王族が顔を上げる。
「ありがとうございます。聖地巡礼の旅のご無事をお祈り致します。どうぞ今日は城で英気を養われて行って下さい」
「お言葉に甘えよう」
教皇は微笑んで頷き、国民が集まる観覧席の方へ体を反転させた。
ゆっくりとした動作で右手を掲げて見せる。
すると——会場一帯へ銀色に輝くマナの煌めきが舞った。
まるで雪の様に舞い落ちる輝きに、観客の歓声が勢いを増して響き渡る。
教皇はそんな群衆の様子を、温かい眼差しで見つめていた。
ルーカスの眼前にもマナがきらきらと舞っている。
これは彼が持つ神秘の力、教皇の奇跡として知られる〝浄化の光〟だろう。
あらゆる不浄と災厄を祓うと言われ、その奇跡を求めて教団へ縋る者も多い。
煌めきを目で追っていると、視線を感じた。
前方へ目線を戻すと一瞬、教皇と目が合って、すぐに逸らされる。
(見られていた……のか?)
教皇が持つ瞳の色は、特段珍しくもないよくある色だが——銀髪に青い瞳の組み合わせは、彼女を連想させた。
ルーカスはふと思う。
イリアが記憶を失わず健在であったなら、この場に並び立っていたことだろう、と。
教皇を守るように彼の両翼に分かれて並び立つ、体格も様々な女神の使徒達をルーカスは見つめた。
彼らの中に〝【太陽】のレーシュ〟——彼女を語る偽物がいる。
皆フードを被り、顔には白い仮面を装着しているため容姿は確認出来ない。
(……手の込んだ演出だな)
深読みすれば、彼女の不在を悟られないための演出とも取れて、ルーカスは心の中で毒づいた。
歓迎式典は順調に進行して行った。
教皇はゼノン以外の王族とも言葉を交わし、もうそろそろ退出の流れだ。
この後の教皇一行の行動予定は、城内で催される晩餐会に参加し、城へ一日滞在する事となっている。
翌日に王都を立ち、巡礼の目的地の一つ、グランベル公爵領ラツィエルにあるターコイズ神殿へ向かう予定だ。
その後は北上し、王都と港町ミトラの中間地点にあるアダマス神殿へと赴き、地図で見れば反時計回りを描くように、世界各地の神殿を巡るのだと聞いている。
式典の終わりを告げるように、再度歓声が沸き起こった。
「教皇聖下、ご案内致します」
教皇を先導するため、ゼノンが城へ向けて歩き出す。
それを受けてルーカスは壇上に控える特務部隊の面々に手で合図を送った。
団員達は無駄のない動きで集合して、ルーカスの後ろに着いた。
ルーカス達は城へ向かうゼノンの動きに合わせて歩を進めていく。
その後ろに教皇一行が続いて退場し、歓迎式典は喝采の中、無事に終わりを告げた。
式典会場で何か起こるのではないかと、身構えていたルーカスだったが、杞憂に終わり気が抜けてしまう。
女神の使徒を遣わせてまで、イリアを連れ去ろうとしたのは何だったのか。
(教団が何を考えているのかわからないな……)
ルーカスは後方の教皇をちらりと盗み見ると——ばちり、とまたしても青い瞳と視線が合った。
彼は目を細め笑って見せたが——視線を戻した直後、背筋に冷たいものが走る。
再度彼を見ると、殺気にも似た感情を乗せた鋭い眼差しを向けられていた。
氷を思わせる冷たい青がそこにある。
(教皇ノエル、どうやら彼は腹に一物抱えた人物のようだ)
このままでは終わらない。
そんな予感にルーカスはきゅっと唇を引き結ぶのだった。
0
あなたにおすすめの小説
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
〈完結〉βの兎獣人はαの王子に食べられる
ごろごろみかん。
恋愛
α、Ω、βの第二性別が存在する獣人の国、フワロー。
「運命の番が現れたから」
その一言で二年付き合ったαの恋人に手酷く振られたβの兎獣人、ティナディア。
傷心から酒を飲み、酔っ払ったティナはその夜、美しいαの狐獣人の青年と一夜の関係を持ってしまう。
夜の記憶は一切ないが、とにかくαの男性はもうこりごり!と彼女は文字どおり脱兎のごとく、彼から逃げ出した。
しかし、彼はそんなティナに向かってにっこり笑って言ったのだ。
「可愛い兎の娘さんが、ヤリ捨てなんて、しないよね?」
*狡猾な狐(α)と大切な記憶を失っている兎(β)の、過去の約束を巡るお話
*オメガバース設定ですが、独自の解釈があります
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる