終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第三章 動き出す歯車

第九話 皇太子命令

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 聖地巡礼ペレグリヌスへとおもむく教皇ひきいる巡礼団をむかえるための歓迎式典はとどこおりなく進行し、無事に終わった。

 晩餐会ばんさんかいが開かれるまでの時間、教皇一行は準備された貴賓室きひんしつで過ごす事となった。

 護衛には女神の使徒アポストロスに聖騎士団長もいるため、王国軍が関与する隙間はなく、せいぜい部屋の外に警備の騎士を配置するくらいだ。

 ゼノンは空いた時間に部屋へ戻り、ルーカスはそれに付き添っていた。

 普段付き従っている彼専属の護衛は部屋の外で待機しており、特務部隊一斑の団員も外で共に待機中だ。


「ふう、ようやく一息つけるね」


 ゼノンが大きなため息を吐きながら、ソファへと腰を下ろした。

 ルーカスは一応護衛の名目でこの場にいるため、腰を落ち着ける事はせずゼノンの近くで直立を続けた。


「それで、どうだった?」
「どうとは?」
「教皇ノエル。君から見てどう思う? 彼女の事もあるだろう?」

(教皇ノエルか……)


 一見するとおだやかで気品があり、清廉潔白せいれんけっぱくな人物に見える。

 ——しかし、城へ来るまでの間に見せた、あの殺気のこもったような視線を思い出す。

 背筋が凍るような冷たい青色。
 イリアが見せる温かな青色とは別物だ。

 あのような目をする者が、純真無垢じゅんしんむくな訳がない。


「今は何とも言えないな。ただ、見た目通りの人物ではないだろう」
「そうか。ところで彼女はどうしてるんだい?」
「邸宅で留守番だ」
「街が祭典にいてる中それは……ちょっと可哀かわいそうだね」


 ゼノンが苦笑いを浮かべる。
 そうは言っても彼女が所属している組織の、頂点に立つ人物が訪れているのだ。

 先日の王都での騒ぎもあり、何が起こるかわからない。
 迂闊うかつに外へ出る必要はないと、ルーカスは考えた。


「わざわざ危険をおかす必要もないだろ」
「うーん、それはそうなんだけど」


 そう言ってゼノンはあごに手を添え、考え込む。
 しばらく間が空いて——紅い瞳がこちらに向けられた。


「そんなに心配なら君が側にいればいいんじゃないか? そうすれば彼女が出歩いても問題ないだろ?」
「馬鹿言うな。こっちは警護けいごの仕事中だ。このあとに晩餐会ばんさんかいひかえてる」
「うん。だからそれもういいよ」
「何言って——」


 眉をひそめたルーカスの声をさえぎって、ゼノンの人差し指が向けられる。


「彼女と祭典を楽しむこと。これは皇太子命令だよ」
「おま……っ!」


 皇太子命令——こんな事で職権を乱用するなど言語道断だ。
 ルーカスは思わず「お前は馬鹿か?!」と、罵声ばせいが飛び出そうになった口を慌てて閉じた。


「そんなに心配なら、君の部下たちも護衛として連れて行けばいい」


 しまいには部下も護衛に連れて行けとのたまい、楽しそうににっこりと笑っている。
 その様子にルーカスは頭を押さえ、盛大なため息を吐き出した。


(……ダメだ、これは話を聞く耳もないだろう)


 皇太子命令と言われては断る事が出来ず——ルーカスはイリアを夜の祭典へ連れ出す事になるのだった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 城郭都市オレオール、双子月が輝く夜の商店街マーケットは、祭典用の明かりがともり、きらびやかな雰囲気ふんいきだ。

 夜の祭典——と言っても、国として特別なもよおしをする訳ではなく、街が祝祭ににぎわいを見せる。

 自主的に露店ろてん娯楽遊戯ごらくゆうぎ、路上で劇の出し物などがおこなわれており、祭りの雰囲気ふんいきを楽しむ人々が、所狭ところせましと闊歩かっぽしていた。


「綺麗ですね、ルーカスさん」


 祭典のためにかざられた装飾と、ともる光を見てイリアは言った。

 銀の髪をハーフアップでまとめた彼女のよそおいは、白を基調に青のラインが入ったワンピースタイプのドレスだ。

 靴は歩きやすい様にと、ブーツタイプのものを双子の姉妹が選んでいた。

 ルーカスはと言うと、服装は外出用の私服、装飾を控え目にした裾の長いジャケットだ。
 顔が国民に幅広く知られているため、隠蔽いんぺい魔術をほどした魔術器まじゅつきのイヤリングを付け、万が一に備え帯刀している。

 双子の姉妹とリシアは、今回は別行動だ。

 ゼノンのお節介と言う名の取り計らいで、特務部隊の面々が陰で護衛へく事になったため「お邪魔虫になるのはごめんだから」と、馬車を降りるなり足早に去って行った。

 皇太子命令としょうして、ゼノンに押し切られる形となったが、内心は彼女と二人、こうして過ごせる事を嬉しく思う自分がいた。

 あの日の夜——。

 庭園で母ユリエルに臆病おくびょうな自分を見抜かれて逃げ帰った先で、偶然イリアと邂逅して。


(イリアは俺が押し殺した悲しみの感情に気付き、優しい歌と力強い言葉で寄り添ってくれた)


 その触れ合いをきっかけに、彼女へいだく感情が何であるのかハッキリと自覚させられた。

 一度認めてしまえば、なかった事には出来ない。


(……だからと言って、どうこうしようとは考えていない)


 ただ、彼女がそこにいるだけで——十分。
 笑顔を見れば満たされた。


「本当にここで良かったのか?」


 ルーカスは街の様子へ目を向けるイリアへ問い掛けた。
 そうしたのには訳がある。

 ルーカスとイリアが居るのは星光の街路ステラストリート
 襲撃のあった場所だ。

 あまり良い思い出があるとは言いがたいこの場所に来たいと言ったのはイリアだ。


「はい! あの時はあまりゆっくり見て回れなかったし、それにあの後どうなったのか気になってたから。
 ……良かったです。元通りになって」


 襲撃があったのが噓のように、綺麗な露店が立ち並ぶ街を見渡して、イリアが安堵あんどの表情を浮かべた。


「ああ、シャノンとシェリル……それとイリアのお陰だな」


 イリア達が頑張ったからこそ被害が少なく済み、復興も早かったのだと、ルーカスは暗に語る。
 対してイリアは首を横に振って、眉根を下げた。


「元はと言えば、私のせいだから」


 女神の使徒アポストロスと見られる、黒いローブの少女——襲撃者の目的はイリア。
 彼女もそれを知っているため、負い目を感じているのだろう。


「それは違うぞ。悪いのは街中で暴れたあの少女で、イリアはみんなを守ろうと戦った。感謝はされても、責められるいわれはない」


 イリアに落ち度はない。
 「だから気にするな」となぐめるように、ルーカスは銀の髪が伸びる頭に左手を乗せて告げた。

 彼女はこくりとうなずいてこちらを見上げ「ありがとう」とつぶやいた。


「さて、せっかくここまで来たんだ。楽しまないとな」


 同じ場所で延々と話し込むのは勿体もったいない。

 ルーカスはイリアの頭に乗せた左手を下ろすと、今度は手のひらを上に向ける様にそっと差し出した。


「お手をどうぞ、レディ。……人が多いからはぐれないように、な」


 少し気取って見せたが、エスコートの口上こうじょうは手を繋ぐための口実こうじつだったりする。

 これくらいなら——と言う欲の表れだ。

 そうとも知らず、イリアは差し出された手に、嬉しそうに自分の手を重ねて握り返してきた。
 戸惑う素振りも見せず、無邪気に笑っている。


「行きましょう」


 イリアの手は相変わらず白くて、やわらかだ。
 伝わる温度に、積極的な彼女の様子に、ルーカスの方が気恥ずかしくなってしまった。
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