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第一部 第三章 動き出す歯車
第十話 夜の祭典
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ゼノンから皇太子命令を出され、ルーカスは歓迎式典の余韻に賑わう夜の街へイリアを連れ出し——夜の祭典を楽しんだ。
露店で食べ物やスイーツを買って食べて、娯楽遊戯を扱う店で的当てをしたり、楽団が演奏する音楽に合わせてダンスも踊った。
道端で催された観劇も鑑賞して、楽しい時間を過ごした。
(まるで恋人との逢引みたいだな)
そんな事を思いながら、露店が立ち並ぶ道を「次はどこへ行きますか?」と弾んだ声で話すイリアと手を繋いで歩く。
彼女が唐突に足を止めたのは、そんな時だ。
どうしたのかと思って様子を窺うと、装飾品を取り扱う露店の前だった。
イリアは並べられた装飾品に目を輝かせており、「やっぱり女性はアクセサリーが好きなんだな」と思っていると、商品棚の向こうから店主と思わしき老婆が顔を覗かせた。
「おや? あの時のお嬢さんだね」
「こんばんは。私の事、覚えていたんですか?」
「一瞬だったけどねぇ。桃色の髪のお嬢さん方と一緒にいたのが印象深くてね」
(桃色の髪と言うと……シャノンとシェリルの事か?)
可愛いもの、綺麗なものを好む双子の姉妹の事だから、きっと装飾品に目を奪われたのだろう。
前回も今と似たような状況になり、店主と顔見知りになったのかもしないなと、ルーカスは推測した。
「どうかね? 気に入ったものがあれば隣の素敵な恋人におねだりしてもいいんだよ?」
老婆がにやにやと皺をふやして笑い、イリアは顔を耳まで真っ赤にして「ち、違います!」と否定していた。
(そんな全力で否定しなくても……)
ルーカスはほんの少し胸を痛ませながら、装飾品が並ぶ商品台へと視線を落とした。
装飾品は露店へ並ぶ品にしては品質が良く、どれも丁寧な作りである事が見た目にもよくわかった。
彼女の気に入る物があるというなら、店主の言葉に乗るのも悪くないと思える。
「……どれがいい?」
「え!?」
「気になるんだろ? 祭典の記念だと思って、遠慮しなくていい」
そう伝えれば、イリアは更に顔を赤くして慌てふためいた。
(装飾品の事はそこまで詳しくないが……)
ルーカスは彼女に似合う物はないかと、並べられた装飾品を物色した。
そうしてしばらく時間が過ぎ——。
「あの、じゃあ、これを……」
イリアは遠慮がちに、一つの腕輪を指差して見せた。
小さめの柘榴石がいくつかあしらわれ、金細工で繋がれた細身の腕輪だ。
商品の横に置かれた値札を確認して、ルーカスは迷わず店主へ代金を渡した。
「ご婦人、こちらの品を貰おう」
「ほっほっほ。婦人なんて歳じゃないよ。紳士な若者だねぇ。良い男じゃないか」
代金を受け取った店主は嬉しそうに笑って、最後の言葉はイリアに向けて言ったのだろう。
イリアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
代金を支払ったルーカスは腕輪を手に取った。
造形を確認すると、留め金を外して付けるタイプの様だった。
「あ、あの、付けてもらっても……いいですか?」
イリアがおずおずと、左手を出して見せる。
(確かにこのタイプは一人では付け辛いだろうな)
ルーカスは願いを聞き入れ、腕輪《ブレスレット》を付けるために留め金を外す。
差し出された細い腕に、一本の鎖となった腕輪を掛けると手首を一周する輪にして——最後に留め金を繋げれば完成だ。
赤の宝石がきらりと輝いた。
それをイリアは嬉しそうに口角を上げ、目を細めて見つめている。
「ありがとうございます」
花が咲いたように彼女が笑う。
とても可憐で魅力的な笑顔だ。
(……可愛いな)
気持ちを自覚したせいだろう。
気恥ずかしさはあるものの、素直にそう思える。
(イリアが喜んでくれて良かった)
ルーカスは「どういたしまして」と言いながら、頬が緩んでいくのを感じた。
ルーカスは再びイリアと手を繋ぎ、雑多と歓声、様々な感情を見せて祭典に沸く夜の街をゆったりと歩いた。
そうして夜も更けて来て、そろそろ帰宅しようかと思い始めた頃——。
『創世の時代、女神は世界を創り出した。
世界の中心に大樹を据え、星はマナで満たされる。
女神の恩寵たる神秘——』
リュートと言われる弦楽器を手に、創造の女神の逸話を語る吟遊詩人の姿を目にして、思わず足を止めた。
『女神の愛が世界を包み、暗雲は打ち払われる。
罪深き我らを許し、守り導くは誠の愛、そして慈悲。
聖痕を刻まれ、神秘の祝福を授かりし者よ。どうか——』
吟遊詩人は歌に乗せて、語り続けていた。
世界を創り、愛し、神秘を授けた女神の偉業を只々、褒め称える詩だ。
紫君子蘭、神聖国の国花で花言葉に〝無償の愛〟を持つ、女神が好んだと言われる花。
女神を体現するかのような花だと人は言う。
しかし——女神が与える愛は、ルーカスから見れば狂気にも思えた。
(何故、常軌を逸した力を人に与えるのだろうな。
総じて、過ぎた力がもたらすのは——悲劇だ)
その事をルーカスは身を以て知っていた。
「女神……か」
女神とは、何であるのか。
何を想っていたのか——?
と、考えを巡らせるが、人の身では到底、理解の及ばぬ存在だ。
教団も、その主神である神様の考える事もよくわからないな、とルーカスは乾いた笑いを浮かべた。
それを見たイリアが不思議そうに首を傾げており、ルーカスは「何でもない」と首を横に振った。
「そろそろ帰ろうか」
「はい」
歌い語り続ける吟遊詩人を尻目に、自分よりも小さな手を引いて歩き出す。
邸宅まで歩いて帰るのは骨が折れるので、迎えの馬車を呼ぶためにピアス型のリンクベルを鳴らした。
そうして待ち合わせの場所へ向かおうと、しばらく進んだところで——イリアが立ち止った。
彼女に目を向けると、後ろの一点を見つめている。
(どうしたんだ?)
声を掛けようと思ったその時——するりと手が離され、イリアは突如として来た道を戻るように、走っていった。
「イリア!?」
名を呼ぶも、その背はどんどん遠ざかって行く。
突然のイリアの行動。
ルーカスは理由がわからず、彼女の背中を追いかけるしかなかった。
露店で食べ物やスイーツを買って食べて、娯楽遊戯を扱う店で的当てをしたり、楽団が演奏する音楽に合わせてダンスも踊った。
道端で催された観劇も鑑賞して、楽しい時間を過ごした。
(まるで恋人との逢引みたいだな)
そんな事を思いながら、露店が立ち並ぶ道を「次はどこへ行きますか?」と弾んだ声で話すイリアと手を繋いで歩く。
彼女が唐突に足を止めたのは、そんな時だ。
どうしたのかと思って様子を窺うと、装飾品を取り扱う露店の前だった。
イリアは並べられた装飾品に目を輝かせており、「やっぱり女性はアクセサリーが好きなんだな」と思っていると、商品棚の向こうから店主と思わしき老婆が顔を覗かせた。
「おや? あの時のお嬢さんだね」
「こんばんは。私の事、覚えていたんですか?」
「一瞬だったけどねぇ。桃色の髪のお嬢さん方と一緒にいたのが印象深くてね」
(桃色の髪と言うと……シャノンとシェリルの事か?)
可愛いもの、綺麗なものを好む双子の姉妹の事だから、きっと装飾品に目を奪われたのだろう。
前回も今と似たような状況になり、店主と顔見知りになったのかもしないなと、ルーカスは推測した。
「どうかね? 気に入ったものがあれば隣の素敵な恋人におねだりしてもいいんだよ?」
老婆がにやにやと皺をふやして笑い、イリアは顔を耳まで真っ赤にして「ち、違います!」と否定していた。
(そんな全力で否定しなくても……)
ルーカスはほんの少し胸を痛ませながら、装飾品が並ぶ商品台へと視線を落とした。
装飾品は露店へ並ぶ品にしては品質が良く、どれも丁寧な作りである事が見た目にもよくわかった。
彼女の気に入る物があるというなら、店主の言葉に乗るのも悪くないと思える。
「……どれがいい?」
「え!?」
「気になるんだろ? 祭典の記念だと思って、遠慮しなくていい」
そう伝えれば、イリアは更に顔を赤くして慌てふためいた。
(装飾品の事はそこまで詳しくないが……)
ルーカスは彼女に似合う物はないかと、並べられた装飾品を物色した。
そうしてしばらく時間が過ぎ——。
「あの、じゃあ、これを……」
イリアは遠慮がちに、一つの腕輪を指差して見せた。
小さめの柘榴石がいくつかあしらわれ、金細工で繋がれた細身の腕輪だ。
商品の横に置かれた値札を確認して、ルーカスは迷わず店主へ代金を渡した。
「ご婦人、こちらの品を貰おう」
「ほっほっほ。婦人なんて歳じゃないよ。紳士な若者だねぇ。良い男じゃないか」
代金を受け取った店主は嬉しそうに笑って、最後の言葉はイリアに向けて言ったのだろう。
イリアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
代金を支払ったルーカスは腕輪を手に取った。
造形を確認すると、留め金を外して付けるタイプの様だった。
「あ、あの、付けてもらっても……いいですか?」
イリアがおずおずと、左手を出して見せる。
(確かにこのタイプは一人では付け辛いだろうな)
ルーカスは願いを聞き入れ、腕輪《ブレスレット》を付けるために留め金を外す。
差し出された細い腕に、一本の鎖となった腕輪を掛けると手首を一周する輪にして——最後に留め金を繋げれば完成だ。
赤の宝石がきらりと輝いた。
それをイリアは嬉しそうに口角を上げ、目を細めて見つめている。
「ありがとうございます」
花が咲いたように彼女が笑う。
とても可憐で魅力的な笑顔だ。
(……可愛いな)
気持ちを自覚したせいだろう。
気恥ずかしさはあるものの、素直にそう思える。
(イリアが喜んでくれて良かった)
ルーカスは「どういたしまして」と言いながら、頬が緩んでいくのを感じた。
ルーカスは再びイリアと手を繋ぎ、雑多と歓声、様々な感情を見せて祭典に沸く夜の街をゆったりと歩いた。
そうして夜も更けて来て、そろそろ帰宅しようかと思い始めた頃——。
『創世の時代、女神は世界を創り出した。
世界の中心に大樹を据え、星はマナで満たされる。
女神の恩寵たる神秘——』
リュートと言われる弦楽器を手に、創造の女神の逸話を語る吟遊詩人の姿を目にして、思わず足を止めた。
『女神の愛が世界を包み、暗雲は打ち払われる。
罪深き我らを許し、守り導くは誠の愛、そして慈悲。
聖痕を刻まれ、神秘の祝福を授かりし者よ。どうか——』
吟遊詩人は歌に乗せて、語り続けていた。
世界を創り、愛し、神秘を授けた女神の偉業を只々、褒め称える詩だ。
紫君子蘭、神聖国の国花で花言葉に〝無償の愛〟を持つ、女神が好んだと言われる花。
女神を体現するかのような花だと人は言う。
しかし——女神が与える愛は、ルーカスから見れば狂気にも思えた。
(何故、常軌を逸した力を人に与えるのだろうな。
総じて、過ぎた力がもたらすのは——悲劇だ)
その事をルーカスは身を以て知っていた。
「女神……か」
女神とは、何であるのか。
何を想っていたのか——?
と、考えを巡らせるが、人の身では到底、理解の及ばぬ存在だ。
教団も、その主神である神様の考える事もよくわからないな、とルーカスは乾いた笑いを浮かべた。
それを見たイリアが不思議そうに首を傾げており、ルーカスは「何でもない」と首を横に振った。
「そろそろ帰ろうか」
「はい」
歌い語り続ける吟遊詩人を尻目に、自分よりも小さな手を引いて歩き出す。
邸宅まで歩いて帰るのは骨が折れるので、迎えの馬車を呼ぶためにピアス型のリンクベルを鳴らした。
そうして待ち合わせの場所へ向かおうと、しばらく進んだところで——イリアが立ち止った。
彼女に目を向けると、後ろの一点を見つめている。
(どうしたんだ?)
声を掛けようと思ったその時——するりと手が離され、イリアは突如として来た道を戻るように、走っていった。
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