終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

文字の大きさ
65 / 206
第一部 第三章 動き出す歯車

第十一話 私を呼ぶ声

しおりを挟む
 その日はとても楽しい一日だった。

 聖地巡礼ペレグリヌスに併せて開催された祝賀行進パレードは見られなかったけど、代わりに邸宅ていたくでリシアちゃんの生誕祭をした。

 みんなで料理とケーキを作って——私は手伝えなかったけど——食べて、食後には紅茶をれて談笑した。

 夜までこんな調子で過ごすんだろうなと思ってた時、ルーカスさんが突然帰宅した。

 話を聞くと、皇太子こうたいし命令で私と夜の祭典に行くよう言われたらしくて、二人で夜の街へ出かける事になった。

 夜の街はこの前昼間に見た時と違った雰囲気があって、綺麗だった。
 襲撃があった場所もすっかり元通りになっていて安心した。

 ——ルーカスさんと過ごす時間は楽しい。

 この前ゆっくり見られなかった装飾品の露店では、思いがけず腕輪ブレスレットをプレゼントしてもらった。

 紅い柘榴石ガーネットの金の腕輪ブレスレット
 あかは——ルーカスさんの瞳の色。

 腕輪ブレスレットを選んだのは、彼がいつも左腕に腕輪ブレスレットをつけているから。
 自然と手が伸びていた。


(……宝物にしよう)

 
 柘榴石ガーネットの輝きを見ながら思った。

 頬を緩ませた彼の姿に胸が高鳴る。
 ルーカスさんといると恥ずかしくてくすぐったくて。
 でも胸がじんわりと温かくなって……。

 ずっとこんな楽しい時が続けばいいなって。
 そんな風に想いながら、過ごした。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夜もけてきて「そろそろ帰ろうか」というルーカスの提案に、イリアはうなずいた。
 馬車の待ち合わせ場所まで、手を繋いで人込みの中を歩いていく。


「——……さ——」


 どこからかかすかに聞こえる声が、イリアの耳に届く。


「————ん」


 よく聞き取れないけれど、誰かを——自分を呼ぶ声が、聞こえた気がした。


「……僕を置いて行くの?」


 悲し気な声が響く——。


(置いて行く? 誰が? 私が?)


「——行かないで……」


 消え入りそうな、切実な声だった。
 気付けばイリアは立ち止っていた。


(私を呼ぶのは誰?)


 後ろを振り返って見る。

 そこには——人込みの中、やけに目立つ白いローブに、フードをかぶった人の姿があった。
 背の高さはルーカスと変わらないくらいの、青年に見える。

 青い瞳が悲し気にこちらを見ていた。
 そして、青年の唇がある言葉を形作る。


「————」


 音は聞こえない。
 遠すぎて何を形作っているのかわからない。
 でも、言葉をつむぐ唇からイリアは目が離せなかった。

 青年がきびすを返し遠ざかって——消えて行く。


(……追いかけないと)


 どうしてかはわからない。
 けれど、どうしようもない衝動に駆られて、イリアは駆け出した。

 背後から先ほどまで手を握っていた彼が「イリア!」と、名を呼んでいたが、気に留める余裕がなかった。


「待って!」


 走っても追いつけず、青年の姿は人ごみにまぎれた。

 イリアは我武者羅がむしゃらに走り続けた。
 自分が何処どこを走っているのかなんてわからない。

 走って、走って、走って。

 息が苦しくなって。
 必死になる理由もわからずに、足を動かし続けた。

 ——そうして走り続けた先、噴水のある広場に出ていた。


「————」


 雑踏ざっとうに人がにぎわうそこで、また呼ばれた気がした。
 上がった息を整えながら、せわしなく左右に目線を動かして探す。

 追ってきた色、白いローブを探して視線を彷徨さまよわせていると——「にゃーん」と愛らしい鳴き声が、イリアの耳に届いた。

 みちびかれるように鳴き声を追うと、着座用の石垣に白いローブが見えた。

 目にした途端、周りの音が消えていき静寂せいじゃくに包まれるような感覚へとおちいる。

 鳴き声の主は、石垣の上に座る青年と思われる人物の膝の上。
 白毛の耳がとがって尻尾の長い愛玩あいがん動物として知られる——可愛らしい猫がいた。

 青年は自分の膝に落ち着く猫の頭を、優しい手つきででている。
 
 見つめていると白いローブがわずかに動いて、彼の瞳がこちらをとらえた。


(私と同じ青い瞳——)


 吸い込まれるように足が動いて、いつの間にか彼の前に立っていた。


「私を呼んだのは……貴方?」
「……そうだよ。こんばんは、————」


 音が聞こえた瞬間、頭痛がして、片手で頭を押さえる。
 ノイズがかかったように、彼が呼ぶ自分の名前が理解出来ない。
 唇の動きも、目をつむってしまったため読み取れなかった。


「座って。話をしよう」


 自分の隣をすすめる青年の言葉に、イリアはしたがった。
 間を開けて座り、身元のわからぬ彼の一挙一動を注意深く観察する。


「そう警戒けいかいしないで欲しいな。僕はあの子みたいに強引な手は使わないよ」
「あの子って……?」
「黒いローブの女の子」


 猫をでながら、何でもないように言った彼に、イリアは目を見開く。
 立ち上がって青年に対する警戒けいかいあらわにした。


「貴方は誰!? あの子と同じで、私を連れ去りに来たの!?」


 先日あんな事があって、同じような事が起きるかもしれないから、とみんなが気を付けてくれていたのに、どうしてこんな迂闊うかつな行動をとってしまったのだろう——と、ルーカスの手を放して一人ここへ来てしまった事に、イリアは後悔と罪悪感を抱いた。

 青年は——青の瞳をせて、「ごめんね」とはかなげにつぶやいた。
 月明かりが、悲しげに微笑む彼の姿を照らす。


(前にも同じような事が、あった気がする)


 イリアは言い知れぬ既視感きしかんを覚えて、ズキンと、胸が痛んだ。


(私は——知ってる?
 この光景を、彼を……?)


 体の力が抜けて、力なく石垣の上に腰が落ちた。
 「にゃあ」と甘えた鳴き声が聞こえる。
 彼は膝の上にある、白毛のそれを優しくで続けていた。


「ねぇ。————は、いま幸せ?」


 彼は自分を何と呼んでいるのか。
 見えない。ノイズで聞こえない。


「どうしてそんな事を聞くの?」


 訳が分からない。
 ズキンズキンと頭が痛んで来る。


「彼といる姿が……楽しそうに見えたからだよ」

——?)


 みじろいで、チャリ……と聞こえた金属音に目を落とした。
 つい先ほど買ってもらった、左手首に掛かる腕輪ブレスレットだ。

 腕輪ブレスレットを見て、何とも言えない表情を見せた青年に、とはルーカスのことだとイリアは気付いた。


(幸せ? 楽しそう?)


 記憶がなくて不安がないと言えば嘘だけど——確かに、そうかもしれない。


(ルーカスさんや、出会ったみんなと過ごす時間は、とても温かだから……)
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

〈完結〉βの兎獣人はαの王子に食べられる

ごろごろみかん。
恋愛
α、Ω、βの第二性別が存在する獣人の国、フワロー。 「運命の番が現れたから」 その一言で二年付き合ったαの恋人に手酷く振られたβの兎獣人、ティナディア。 傷心から酒を飲み、酔っ払ったティナはその夜、美しいαの狐獣人の青年と一夜の関係を持ってしまう。 夜の記憶は一切ないが、とにかくαの男性はもうこりごり!と彼女は文字どおり脱兎のごとく、彼から逃げ出した。 しかし、彼はそんなティナに向かってにっこり笑って言ったのだ。 「可愛い兎の娘さんが、ヤリ捨てなんて、しないよね?」 *狡猾な狐(α)と大切な記憶を失っている兎(β)の、過去の約束を巡るお話 *オメガバース設定ですが、独自の解釈があります

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

処理中です...