終焉の謳い手～破壊の騎士と旋律の戦姫～

第一部 第三章 動き出す歯車

第二十九話 共に立つ戦場～破壊の騎士と旋律の戦姫～

※このお話は作中に挿絵があります。



　光の雨の中へ飛び込んだルーカスは、軌跡きせきを目で追い、肌で感じ、降って来る光線を避さけて走った。

　イリアのいる場所は舞う土が邪魔して目では見えないが——微かに聞こえる歌声が導しるべとなって、ルーカスを彼女の元へと導みちびいて行く。


『——輝いて閃光ひかりよ』

　
　歌が聞こえる。
　美しい高音の、力強い歌声が。

　ルーカスは落ちる光線を、反復する動きで素早く潜くぐり抜け進む。

　歌声のする方へと——。

　そうして、視界が晴れた一瞬。
　靡なびいて輝く銀の糸が光の中に見えた。


（ようやく見つけた）


　土埃つちぼこりと閃光せんこうの支配する戦場で、紫電の雷柱を纏まとい剣を掲かかげて歌を紡つむぐ、凛々りりしい彼女の姿がそこにある。


『……っ燦々さんさんと、煌々こうこうと、照らして闇を』


　少し苦しそうな歌声が響く。

　彼女の苦痛を表すかのように、紫電の鎧よろいがその数を減らし、空中から瞬またたき落ちる光もほんの少し弱まったように見えた。

　どれほどの時間、攻防を続けていたのか——正確なところはわからないが、決して短くはない時間、魔術を維持してきたのだろう。

　頬には汗が伝い、疲労が垣間見える。
　ルーカスは速度を早め、走った。

　イリアの居る場所まであと数メートルの位置まで迫った時。
　光から逃のがれた魔狼まろうが彼女へ襲い掛かろうとする姿が見えた。

　ルーカスは刀の柄えを握り、踏み込む。

　疾風しっぷうと共に魔狼まろうの横を駆け抜け、すれ違いざまに刀を振り抜いて、その躯体くたいを斬り落とした。

　イリアの勿忘草わすれなぐさ色の瞳が、こちらを向いて瞼まぶたが大きく開かれた。
　ルーカスは落ちて来る光線を避けながら、彼女の近くへと歩み寄り、その瞳を見つめ返す。


「……来てくれたんだ」


　イリアの唇が孤こを描き、柔やわらかな微笑みが浮かんだ。


「遅くなってすまない」
「ううん。ありがとう、ルーカス」


　名前を、呼び捨てにされた。
　その事にルーカスは驚きを隠せなかった。


（まさか、記憶が——？）


　そう思ったが「グオアア！」と空気を震わす獣の雄叫びを聞き、思考を中断した。

　振り返れば、接近する金獅子きんじしの姿がある。

　金毛の獣は一足いっそくで飛び、鋭利えいりな爪を持った前脚まえあしが迫った。

　ルーカスは刀を眼前で水平に構えるとその躯体くたいに見合った、重量の乗った重い爪を受け止める。


『撃ち祓はらえ、滅めっせよ』


　イリアの歌が響き、天からの閃光せんこうが金獅子を射抜いてその身を焼く。
　「グガァァ！」と痛みに悶もだえて鳴く金獅子きんじしを刀で押し込んでやると、巨大な躯体くたいがよろめき倒れた。

　ルーカスは一歩後ろへ跳んで下がる。

　そうすれば、見計らったようにすかさず追撃の光が降り注ぎ、白い炎が金獅子きんじしを焼いて命をも燃やし尽くした。

　門ゲートの方へ目を向ければ、また新たな魔獣が発生している。
　イリアの閃光せんこうが絶えず魔獣を撃ち滅ぼしているが、埒らちがあかない。


（ロベルトからの連絡はまだか？）


　そう思った時だった。

　ピアス型のリンクベルが「リリリン」とリングトーンを鳴らし、着信を報しらせた。
　ルーカスはすぐさま応答し、声に耳を傾かたむける。


『団長！　申請通りました。行使コードは——』


　告げられたコードを頭の中で反復し、ルーカスは口角の端を上げた。

　ようやく鍵が揃った、と。


「イリア、悪い。あと少しの間、魔獣を抑おさえてくれ。門ゲートを〝破壊〟する」


　隣に並び立ち告げればイリアは頷うなずいて、また歌を口ずさんだ。


『暗雲あんうんを切り裂いて、光よ道を為なせ』


　数多あまたの光が天そらから降り注ぐ。

　魔獣が滅却めっきゃくされる光景と、その先にある漆黒しっこくの門ゲートを見据みすえて、ルーカスは刀を左に持ち替えると、横へ水平に掲かかげげた。


「第二限定解除！　コード『Σシグマ-ALTERアルター』」
『コード確認。第二限定、開放リリース』


　左腕の腕輪の魔輝石マナストーンが光り、紅い輝きを放った。
　輝きは腕輪だけに留とどまらず、ルーカスの全身へと広がりを見せる。


『神なる旋律せんりつ、無慈悲なる粛清しゅくせいの賛歌』


　イリアの歌声が聞こえる中、解き放たれた力は、炎のようにうねり揺らめいて、ルーカスを包んで輝きを増していった。

　全身を駆け巡る血が、沸騰ふっとうするかのような熱さだ。
　ちりちりと焼けるような痛みもある。

　だがこの程度、耐えられない痛みではない。


（——集つどえ、力よ）


　念じると、全身を包んだ光が一斉に掲かかげた刀身へと宿る。
　力は燃え盛る炎のような紅いオーラとなって大きく揺らめいた。


『燦爛さんらんと煌きらめく閃せんなる浄化の光、輝いて』


　イリアの歌声と共に、光の雨が降って魔獣を撃ち滅ほろぼしていく。

　そうして舞い上がった土煙の中、見える門ゲートの輪郭りんかくを捉とらえてえて、ルーカスはゆらゆらと溢あふれんばかりの紅いオーラが集まる刀を構えた。

　その場で門ゲートを斬るように刀を振り抜けば、オーラは刀身を離れ、斬撃となって飛ぶ——。


　紅閃こうせん・天翔斬てんしょうざん！


　紅い斬撃は空くうを裂き、魔獣目掛けて降り注いだ〝滅光煌閃翔ディ・ルフレール・ディストラクション〟を掻かき消して、発生した魔獣をもろとも巻き込みながら門ゲートへと衝突し——その存在を破壊して弾け飛んだ。


「破壊の力……いつ見てもその力は凄すさまじいね」


　イリアの呟つぶやく声が聞こえた。

　第一限定解除は限定的に〝破壊の力〟を刀に伝わせ作用させる。

　対して第二限定解除は刀に留とどまらず〝破壊の力〟を外へ放出する事が出来るため、このような芸当が可能となる。


「知ってるだろ？　使い方を誤あやれば周囲が消し飛ぶ。諸刃もろはの剣つるぎだ」
「そうだね。でも、今のルーカスなら大丈夫。でしょう？」
「……ああ。残りも破壊する」
「うん、援護は任せて」


　ルーカスは再度刀身へと力を纏まとわせると次の門ゲートへと目標を定さだめた。

　そうしてイリアが歌を紡つむぎ、旋律が響き渡る中、ルーカスは斬撃を飛ばして魔獣を、門ゲートを次々と消滅させていった。

　言葉を交わさずとも彼女の動きが理解出来る。

　ルーカスはイリアとの連携に心地よい一体感を感じながら、脅威きょういを撃ち祓はらうため力を揮ふるった。

　救国の英雄、あるいは破壊の騎士と呼ばれる所以ゆえんとなった己の力と、旋律の戦姫と畏おそれ謳うたわれる彼女の力。

　それぞれの持つ神秘しんぴの力を、脅威きょういを打ち砕く奇跡とする為に——。

　——程なくして、点在していた門ゲートを全て破壊し、事態は終焉しゅうえんを迎える。

　ルーカスは力の開放を終え、けれども警戒を忘れずに周囲を見渡した。
　彼女も同様に周囲へ目を向け、全ての門ゲートと残った魔獣の消失を確認すると歌を止とめた。


「……終わり、だね」
「だな。見える範囲には脅威きょういはない。これで——」
「ん、良かった……」


　力なく微笑んだイリアがふらりと体を揺らす。
　重力に引かれて、彼女の体が後方へ傾かたむいて行く。


「イリア！」
　

　ルーカスは慌てて刀を手放し、イリアへ手を伸ばした。
　腕を捕まえて崩れる体を抱き留め、地面へ膝ひざを付く。

　そうして彼女の背へ手を回し、上半身を起こして支えた。

　しっとりと汗ばんだ体は熱を持ち、浅い呼吸を繰り返して顔色が悪い。
　相当無理をしたのだろう。


「悪い、無理をさせたな」
「ううん、大丈夫。でも、少し、やすませて……」


　そう言い残して彼女は瞼まぶたを閉じた。

　——意識を失ったようだ。

　苦しそうな息遣いが聞こえる。
　長時間、魔術を行使した弊害へいがい、恐らくはマナ欠乏症けつぼうしょうだ。


「……ごめん。ありがとう、イリア」


　ルーカスは眠るイリアを抱き締めた。

　彼女の存在を愛いとおしみ、確かめるように。

　イリアのお陰で、王都への魔獣被害は劇的に抑おさえられた。

　その事に感謝しつつも、騎士として守ると誓ったのに有事に傍に居られなかった事、そればかりか負担を強しいる結果となってしまい、罪悪感を覚えずにいられない。


（——けれど、間に合った）


　手遅れになる前に、大切な人を守れた。
　嘆なげく事しか出来ず、亡骸なきがらを抱だいて絶望に打ちひしがれたあの時とは違う。

　彼女のぬくもりは、この腕の中にある。


「君が無事で、本当に良かった」


　温かなイリアの体温と、呼吸を感じて安堵したルーカスの頬を、温かな雫が一筋ひとすじ伝って落ちた。