終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第三章 動き出す歯車

第三十六話 抜け落ちた記憶

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 シャノン、シェリル、リシアの三人にイリアとの出会いと、それにまつわる過去を語った日の夜。
 ルーカスはイリアと庭園をおとずれた。

 さそったのはルーカスだ。
 目を覚ました直後「色々話したい事がある」と言ったイリアと話の続きをするために。

 夕食を済ませ満腹だと言うこともあり、イリアはとても上機嫌にレンガの敷き詰められた小道を進んでいる。

 ルーカスは彼女の後ろを歩きながら、双子月が照らす庭園を見渡した。

 その景観は地震の影響で所々ところどころ乱れてしまっているが、力強く美しい花々が変わらずに咲いてる様子が見え、最低限の体裁ていさいを保っていた。

 庭園を含め公爵家邸宅内では、物の落下・破損はあったものの、人や邸宅自体に大きな損害はなかったので被害としては軽微なもので済んだ。

 王国内の状況を考えると手放しでは喜べないが、不幸中の幸いだと言えるだろう。


「それで、何から話そうか?」


 イリアが立ち止り、月明かりに輝く銀の髪をひるがえした。


「イリアが話したい事から聞くよ。逆に聞きたい事があるなら、それでも」


 ルーカスはイリアの隣に並び立った。
 彼女は少し考える素振そぶりを見せ、しばらくして「じゃあ……」と話題を切り出した。


「魔獣を生み出していたアレについて。ルーカスはどこまで知ってるの?」
「あれはゲート呼称こしょうされる現象だ。その実態はまだ解明されていないが、近年増加する魔獣の発生源である、という見方が強いな」
ゲート……」


 口許くちもとに手を当て、イリアは考え込んでいる。

 教団側が別口で何か情報を掴んでいるのではないか、と言う淡い期待を抱く。
 が、記憶が完全ではないとも言っていたし、イリアの様子を見るに望みは薄そうだと、そう思ったのだが——。


「魔獣は瘴気しょうきおかされた存在。なら、ゲートはもしかして……」


 イリアの口から飛び出た聞き慣れぬ単語に、ルーカスはまばたきを繰り返した。


「……瘴気しょうき? なんだそれは?」


 反復して問えば、イリアは顔の位置で左手の人差し指を立てて見せた。


「魔獣は禍々まがまがしい黒いのオーラを放っているでしょう? あれが瘴気しょうき。物質的にはマナと同義なんだけど、瘴気しょうきって言うのは——」
 

 そこまで話してイリアは言葉に詰まり、表情をゆがめて左手で頭頂部を押さえてしまった。


瘴気しょうき、は……」


 言葉を続けようとしているが、出て来ないようだ。
 この症状は幾度となく見ているのでわかる。


い、無理に思い出そうとするな」


 呪詛じゅその影響、記憶阻害そがいに伴う頭痛だろうと察して、ルーカスは首を横に振ってせいした。


「ごめん、知ってるはずなのに、思い出せなくて……」


 イリアは深くため息をついて意気消沈したが、何かあっては事だ。


「また思い出したらでいいさ」
「わかった。ルーカスは聞きたい事、ある?」


 イリアはもう一度ため息をつき、頭痛が治まったのか手を下ろした。

 聞きたい事は勿論もちろんある。

 弟である教皇ノエルの事。
 ルキウス様の葬儀以来、連絡が途絶えたこの一年何をしていたのか。

 完全ではないと言ったが、どこまで思い出したのか、と言うのも気になった。

 後は——イリアの補佐官、〝盾〟であると自称じしょうしたあいつの事。


「君の盾、あいつはどうしている?」
「あいつ……と言うと」
「フェイヴァ・アルディス」


 盾を名乗っておきながら、イリアの一大事にあいつは何をしていたのかと、ルーカスはその人物を思い出していた。

 髪はミディアムショートで前髪がサイドに分かれ、はねて癖毛くせげのある黒柿ブラウンの色。

 目元は二重で切れ長、瞳は翡翠ジェダイトのような松葉まつば色——容姿の造形ぞうけいは悪くないが、口は真一文字まいちもんじに引き結ばれ、無表情で口数も少なく愛想のない青年だ。

 教団に居た頃、鍛錬に付き合ってもらったのだが、滅法めっぽうに強く、二本の槍を悠々ゆうゆうと操る様には、おそれれすら抱いた。


「……フェイヴァ、フェイヴァは、」


 イリアは名前を繰り返しつぶやいた。

 だが、これも思い出せないらしく、最終的にはこめかみに手を添えまぶたを閉じて、首を横に振った。


「……そうか」
「ごめんね」
「いや、仕方ないさ」
「何だか役立たずだね、私」


 イリアが肩と視線を落とし、眉根と口角も下げた。

 予想外にピンポイントで抜け落ちている記憶が多いとは感じるが、だからと言ってそんな風に思う訳がない。


「あんな大活躍したんだ、今はゆっくり休めばいい」
「でも、もやもやする。やるべき事も……思い出さないといけないのに」


 責任感が強いと言うのも考え物だな、とルーカスは思った。

 女神の使徒アポストロス、教団の魔術兵として生きて来た彼女は、その使命に従順でみじからをかえりみないところがある。

 ゲートの件もそうだ。
 危機的状況であった事は確かなのだが、やり方は他にもあっただろう。

 道理に外れた事はしないが、一人で背負いこんでしまう事には前からあやうさを感じていた。
 
 隣に立つイリアは月明かりに照らされ、元気のない様子を見せている。

 すると、風が吹いて銀の髪が舞い上がり。
 なびく髪をおさえて、風の動きを追った勿忘草色わすれなぐさの瞳が遠くを見つめた。

 その姿がはかなく見えて。


(いつか……そのこころざしと共に、手の届かない場所へ行ってしまいそうだ)


 不安がルーカスの胸をよぎった。
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