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第一部 第三章 動き出す歯車
第三十七話 燻ぶる恋情
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消え入りそうなイリアの姿に、ルーカスの手が自然と伸びた。
彼女の頭へ手をのせて、妹たちを励ます時にするように、優しく髪を撫でた。
(……大丈夫、イリアはここにいる)
その感触を触れた手で確かめながら、落ち込んだ様子の彼女に声を掛ける。
「頑張った分、羽を伸ばすと思ってのんびりすればいい。やるべき事も、思い出したら力になるから。な?」
言葉を紡ぐと、イリアはほんのり頬を染めてはにかんだ。
「ん、ありがと。ルーカスは優しいね」
「助けられた分、恩を返してるだけだよ」
「律儀だね。名を懸けた誓いをして、剣まで捧げちゃうんだから。
——けど、心強かったな」
「ふふ」と笑ったイリアは頭に乗せたルーカスの手を抜けて。
一歩、二歩、と前へ出た。
ルーカスは宙に残された手を握って下ろす。
もう何歩か歩いたところでイリアがピタリと止まった。
月光に輝く長い銀の髪と、その下、腰の辺りで両の指を絡ませた背中を見せている。
「……ねえ、あの時はどうして私を抱きしめたの?」
「あの時って……」
イリアは振り向かず、立ち止った場所で頭がわずかに上へ動いて、空を向くのがわかった。
「お酒を呑んだ日の事。覚えてないのはわかってるけど、色々大変だったんだから。あんな事されて、勘違いするなって言う方が無理っていうか……」
すぼんで行く声と共に、イリアの体が反転した。
頬を赤らめて唇をきゅっと締め、恥じらった様子を見せる。
潤んだ淡い青が「何故?」と問い、答えを求めてこちらを見つめていた。
ドキリ、と胸が高鳴る。
あの時の事は本当に覚えていない。
けれど、自分が取った行動に隠された想いは——十分に理解している。
イリアは、どんな答えを期待しているのだろうか。
(この気持ちを、伝えてもいいのか……?)
ルーカスは惑った。
あれから六年。
カレンを失って、傷を抱え、寄り添うイリアと過ごすうちに、少しずつ彼女の存在が大きくなった。
共に在る事はなくても、特別な存在である事に変わりなくて——。
でも、傷つくのが怖くて無意識のうちに——否、自覚があっても気持ちへ蓋をした。
記憶を無くした彼女と再会して、過ごす時間の中で燻ぶった恋情が顔を出した。
けれどまた失ったら——と、考えると怖気づき、想いを認識していても一歩を踏み出す勇気が持てなかった。
だがあの日。
王都に門が出現した時。
イリアが一人で渦中に飛び込んだと聞いて、後悔したくないと言う強い想いが芽生えた。
(——欲が出る)
ただ、イリアを守れればいいと、そう思っていたはずなのに。
彼女が同じ気持ちなら——と、願わずにはいられない。
何を告げるべきか迷う。
それでも、ルーカスは何か言わなければ、と、口を開いた。
「イリア。俺は——」
しかし、それは無情にも響いた「ゴゴゴ」と言う重低音の地鳴りと、その後にやって来た地面の揺れによって阻まれてしまった。
「揺れてる……?」
「またか!?」
二日前の大地震のような、上下に激しく揺れるものではなかったが、左右に大きく揺さぶられる感覚がルーカスを襲った。
「きゃ!」
「危ない!」
イリアが足をもつれさせ、よろめいた。
ルーカスは踏み込んで、イリアの元へ一足で駆けると、倒れそうになる彼女を抱き止めて地に腰を落とした。
揺れを感じながら、ルーカスは咄嗟に空を見上げ、確認する。
蒼月と紅月、双子月が輝く空は、闇の中に星が瞬き、あの日の様な不気味な変化は起きていない。
——ほどなくして、揺れは収まって行き、何事もなかったかのように辺りは静まる。
(……嫌な感じだ)
地震が収まったのを確認し、ルーカスは腕の中に抱きこんだイリアの無事を確かめるため、「大丈夫か?」と、声を掛けた。
腕を緩ませて、視線を落とすと、胸に顔を埋めるイリアの頭が見えた。
揺れに気を取られ、意識していなかったが——近い。
彼女の息遣いと体温が伝わり、急激に恥ずかしさが込み上げて来る。
「——……大丈夫じゃ、ない」
顔を埋めたイリアがぼそっと呟く。
「まさか、足でも捻ったか?」
よろめいた時を思い出して、ルーカスは慌てた。
状態を確認しようと体を引き離し、顔を覗き込もうとする。
しかし——。
「だ、見ちゃダメ!」
とイリアから大きな声が発せられた。
だが、時すでに遅く。
ルーカスはイリアを直視してしまった。
その顔は赤く、真っ赤に茹で上がったかの様に、耳まで赤く染まっている。
先ほどの問い掛けと言い、こちらを意識した態度を取るイリアに、ルーカスも頬へ熱が集まるのを感じた。
「見ないでって言ったのに……っ!」
イリアは両手で顔面を覆うと、勢い良く立ち上がって、そのまま駆け足で、邸宅へと走り去ってしまった。
ルーカスはその姿を呆然と眺めながら、熱くなった頬と、早鐘を打ち始めた胸に手を当てる。
(まいったな、あんな顔されたら……)
歯止めが効かなくなりそうな想いにため息をつき、くしゃり、と前髪を掻き上げた。
彼女の頭へ手をのせて、妹たちを励ます時にするように、優しく髪を撫でた。
(……大丈夫、イリアはここにいる)
その感触を触れた手で確かめながら、落ち込んだ様子の彼女に声を掛ける。
「頑張った分、羽を伸ばすと思ってのんびりすればいい。やるべき事も、思い出したら力になるから。な?」
言葉を紡ぐと、イリアはほんのり頬を染めてはにかんだ。
「ん、ありがと。ルーカスは優しいね」
「助けられた分、恩を返してるだけだよ」
「律儀だね。名を懸けた誓いをして、剣まで捧げちゃうんだから。
——けど、心強かったな」
「ふふ」と笑ったイリアは頭に乗せたルーカスの手を抜けて。
一歩、二歩、と前へ出た。
ルーカスは宙に残された手を握って下ろす。
もう何歩か歩いたところでイリアがピタリと止まった。
月光に輝く長い銀の髪と、その下、腰の辺りで両の指を絡ませた背中を見せている。
「……ねえ、あの時はどうして私を抱きしめたの?」
「あの時って……」
イリアは振り向かず、立ち止った場所で頭がわずかに上へ動いて、空を向くのがわかった。
「お酒を呑んだ日の事。覚えてないのはわかってるけど、色々大変だったんだから。あんな事されて、勘違いするなって言う方が無理っていうか……」
すぼんで行く声と共に、イリアの体が反転した。
頬を赤らめて唇をきゅっと締め、恥じらった様子を見せる。
潤んだ淡い青が「何故?」と問い、答えを求めてこちらを見つめていた。
ドキリ、と胸が高鳴る。
あの時の事は本当に覚えていない。
けれど、自分が取った行動に隠された想いは——十分に理解している。
イリアは、どんな答えを期待しているのだろうか。
(この気持ちを、伝えてもいいのか……?)
ルーカスは惑った。
あれから六年。
カレンを失って、傷を抱え、寄り添うイリアと過ごすうちに、少しずつ彼女の存在が大きくなった。
共に在る事はなくても、特別な存在である事に変わりなくて——。
でも、傷つくのが怖くて無意識のうちに——否、自覚があっても気持ちへ蓋をした。
記憶を無くした彼女と再会して、過ごす時間の中で燻ぶった恋情が顔を出した。
けれどまた失ったら——と、考えると怖気づき、想いを認識していても一歩を踏み出す勇気が持てなかった。
だがあの日。
王都に門が出現した時。
イリアが一人で渦中に飛び込んだと聞いて、後悔したくないと言う強い想いが芽生えた。
(——欲が出る)
ただ、イリアを守れればいいと、そう思っていたはずなのに。
彼女が同じ気持ちなら——と、願わずにはいられない。
何を告げるべきか迷う。
それでも、ルーカスは何か言わなければ、と、口を開いた。
「イリア。俺は——」
しかし、それは無情にも響いた「ゴゴゴ」と言う重低音の地鳴りと、その後にやって来た地面の揺れによって阻まれてしまった。
「揺れてる……?」
「またか!?」
二日前の大地震のような、上下に激しく揺れるものではなかったが、左右に大きく揺さぶられる感覚がルーカスを襲った。
「きゃ!」
「危ない!」
イリアが足をもつれさせ、よろめいた。
ルーカスは踏み込んで、イリアの元へ一足で駆けると、倒れそうになる彼女を抱き止めて地に腰を落とした。
揺れを感じながら、ルーカスは咄嗟に空を見上げ、確認する。
蒼月と紅月、双子月が輝く空は、闇の中に星が瞬き、あの日の様な不気味な変化は起きていない。
——ほどなくして、揺れは収まって行き、何事もなかったかのように辺りは静まる。
(……嫌な感じだ)
地震が収まったのを確認し、ルーカスは腕の中に抱きこんだイリアの無事を確かめるため、「大丈夫か?」と、声を掛けた。
腕を緩ませて、視線を落とすと、胸に顔を埋めるイリアの頭が見えた。
揺れに気を取られ、意識していなかったが——近い。
彼女の息遣いと体温が伝わり、急激に恥ずかしさが込み上げて来る。
「——……大丈夫じゃ、ない」
顔を埋めたイリアがぼそっと呟く。
「まさか、足でも捻ったか?」
よろめいた時を思い出して、ルーカスは慌てた。
状態を確認しようと体を引き離し、顔を覗き込もうとする。
しかし——。
「だ、見ちゃダメ!」
とイリアから大きな声が発せられた。
だが、時すでに遅く。
ルーカスはイリアを直視してしまった。
その顔は赤く、真っ赤に茹で上がったかの様に、耳まで赤く染まっている。
先ほどの問い掛けと言い、こちらを意識した態度を取るイリアに、ルーカスも頬へ熱が集まるのを感じた。
「見ないでって言ったのに……っ!」
イリアは両手で顔面を覆うと、勢い良く立ち上がって、そのまま駆け足で、邸宅へと走り去ってしまった。
ルーカスはその姿を呆然と眺めながら、熱くなった頬と、早鐘を打ち始めた胸に手を当てる。
(まいったな、あんな顔されたら……)
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