終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第四章 隠された世界の真実

第二十六話 相容れない道

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 〝愛しているから、それ以外の全てを犠牲にしてでも、イリア姉さんを守りたい〟

 ノエルがイリアへ向ける重く、深く、純粋なる〝愛〟。

 その想いのたけを認識させられたルーカスは、芽生えた対抗心に従ってノエルの手を払いけると、背にイリアを隠すようにして、二人の間に割り込んだ。

 同じくらいの目線にある彼の、本来は硝子細工がらすざいくのように美しい瞳が、わずかに見開かれる。

 割り込んだ事で不快感をあらわにされるかと、ルーカスは思ったのだが——意外にもそのような事はなく。

 余裕すら感じさせる笑顔をノエルは見せた。
 
 ルーカスは〝愛〟の方向性ベクトルこそ違うものの、ひとしい感情をいだく者として、疑問を投げ掛ける。


「聖下は多くの人に憎まれ、イリアを悲しませる事になるとわかっていても、この道を進むのですか?」
無論むろんだよ。これは僕の我儘わがままだから、姉さんに分かってもらおうとは思っていないし、うらまれる覚悟は出来ている。君ならこの気持ちが、わかるんじゃないか?」
「……ああ、そうだな」


 理解出来る、という点についてはうなずく他ない。

 かつて大切な人カレンを守れず、目の前でうしなった。
 あの時の絶望と、喪失そうしつ感——。

 思い起こせば、胸がえぐられるような痛みと、苦しさを感じ、無力だった自分を呪ってしまう。


(もう二度と、愛する者を失いたくない)


 だからこそ、イリアにせられた運命を知った時は、みにくくも思ったものだ。
 彼女の身代わりになる、誰かがいれば——と。

 情けない事に、今もどこかでそう考えてしまう自分がいて、ルーカスは己の心の弱さに笑ってしまった。


「なら、僕の手を取る選択もあるだろう?」


 おもむろに、ノエルが手のひらを差し出した。
 理解がおよぶなら「共に行こう」と、さそっているのだろう。


(彼の想いは、本当に……痛いほどよくわかる)


 魅力みりょく的な申し出である事も、いなめない。

 しかしそれは、イリアが望む最善ではないと、ルーカスは知っていた。

 背中に隠したイリアを振り返ると、懸命けんめいに首を横に振っている。

 その表情は、言うまでもない。


(イリアの笑顔が見たいのに、ここ最近は悲しそうな表情ばかりだな)


 ルーカスはあいに引っ張られそうとなる感情を振り払い——笑った。

 「心配せずとも大丈夫だ」と伝えるためであったが、根底には、自分が見たいと願う笑顔を、彼女にもおくりたいという想いがあった。

 ルーカスは前方へ向き直りノエルを見据みすえると、揺るぎない思いを返す。

 
「俺が貴方の手を取る事はない。彼女を〝神聖核コア〟として人身御供ひとみごくう生贄いけにえになどさせないし、だからと言ってわりに多くの命を危険にさらす方法も選ばない。
 『仕方がないから』と、犠牲ぎせいの上に成り立つ仕組みシステムを、これ以上許してはいけないんだ」


 瞳をらさずに、決意を伝える。

 ノエルから笑顔が消えた。
 彼は差し出した手をひたいへ添えて、わらった。


「は……ははッ! とんだ理想主義者だな。それがどれほど困難で、可能性の低いものか理解してるか?」
いばらの道だという自覚はある。だが、可能性があるのに試す前からあきらめては、掴めるものも掴めない。そして、新たな道を切り開くためには、貴方の協力が不可欠だ」


 今度はルーカスが、手のひらを差し出して見せた。

 けれど、ノエルがその手を取る事はなく。


「僕は不確かなものにすがるつもりはない」


 と、瞳を細め、鼻で笑われた。

 それでもルーカスは、ノエルと争わずに済む道があるなら——と、対話を続ける。


「実現するための努力こそ、今すべき事だろう?」
詭弁きべんだよ。努力したって、どうせ届かない。無駄な努力で時間を浪費ろうひするくらいなら、堅実な道を選ぶ」
「ほんの一時でも、立ち止まる事は出来ないか?」
「立ち止まって、叶わない夢をいだいて、なんになる? むなしいだけだ」
「夢は……夢をいだく事にこそ、意味がある。願わなければ、実現する事もないのだから」
「それこそ詭弁きべんだ。願ったところでこの世界は、甘くない。結局は、僕らに犠牲をいるように出来ているんだ!」


 硝子細工がらすざいくのように美しかったノエルの青い瞳が、殺気を帯びて氷のように冷えていた。

 対話の中に垣間かいま見える、ノエルの絶望——。

 彼は願った事があるのだ。
 夢を。叶わない願いを。

 願っては破れ、幾度いくど挫折ざせつを経験するうちに「夢は叶わないもの」として、絶望だけが胸に残ったのだろう。


「——無駄話は、終わりだ」


 ノエルがきびすを返し、背中を見せた。


「僕達の道が、相容あいいれる事はない」
「……そうか」


 がんとして、拒絶の意思を見せるノエルを、説得するのは難しいだろう。

 ルーカスは選ばれる事のなかった選択肢を、そっと仕舞うかのように、差し出した手のひらを握りめた。

 ——彼がこうとする道は、覇道はどう

 不確かなものは必要とせず、愛する者の想いすら力でじ伏せて従わせる。
 高慢こうまん独善どくぜん的な選択だ。

 〝愛〟と言う共通の感情を持ってはいても、表現の仕方、辿たどる道は非なるものであると、ルーカスは痛感した。





 ノエルの背が遠ざかって行く——。

 行く先には、女神の使徒アポストロス達がひかえており、彼を止めようと思うのならば、武力による衝突しょうとつは避けて通れない。

 対話の間、静かに見守っていた仲間達が、ルーカスとイリアの両翼に寄って身構えた。

 ノエルが使徒達の元へ戻ると、宴の招待状を届けた小悪魔的な少女、使徒アインがノエルに抱き着いて、何かをささやき、くすくすと笑っているのが見えた。


「話が終わったってんなら、るか?」


 両の拳を交互に打ちつけて鳴らし、意気揚々いきようよう物騒ぶっそうな発言をしたのは、テットだ。

 お預けもくらっているし、戦いたくて仕方ないのだろう。

 ルーカスは刀のつかに手をえて、敵となる相手を視界に入れた。

 女神の使徒アポストロスが六名、聖騎士長アイゼン、教皇ノエル。
 いずれも一筋縄ではいかない相手だ。


(あちらがやる気ならば、おうじるしかない)


 だが、封印の魔術が解除されていないこの状況下での戦闘は、こちらが不利である。

 苦戦はまぬがれないだろう。


(だとしても、屈することはない。
 どれほど困難な道であろうと、想いをつらぬくとちかったんだ)


 ——ところが、ルーカスの予想に反して、戦闘が始まる事はなかった。


「下がれと言っただろう。ここでやりあうつもりは、はじめからない」
「えぇ!? まだお預けかよ……」


 がっくりと肩を落としたテットが、子犬のようにしょんぼりしている。

 あちらとすればこちらの能力が制限されている今こそ、千載一遇せんざいいちぐう機会チャンスであるはず。


「何故だ?」


 ノエルの意向がに落ちず、ルーカスは困惑した。


機会チャンスを与えると、言ったからね。僕は約束を守る主義だ。
 ……ねえさん、北の大神殿はわかるね?」


 ノエルはおだやかに問う。
 「北の大神殿」と聞いて、イリアが迷うことなくうなずいた。


深淵しんえんの地、隠されし〝神の真意ダアト〟」
「そう、術式の心臓部。聖地巡礼ペレグリヌスまことなる終着点だ。決戦の場に、相応ふさわしいだろう?
 僕達を止めたいなら、明日そこへおいで」


 ノエルはそう言い残して——ベートの魔術が生み出すマナのきらめきの中に、消えて行った。

 今日、何度か見た、魔術による転移だろう。

 一足先に決戦の地へ向かったのだと、安易に予想出来た。

 ルーカスは刀のつかから手を離し、彼らの居た場所を見つめた。





 決戦は明日。
 北の大神殿、神の真意ダアトにて、雌雄しゆうが決する——。
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