終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

文字の大きさ
128 / 206
第一部 第四章 隠された世界の真実

第二十七話 決戦前夜

しおりを挟む
 「僕達を止めたいなら、明日そこへおいで」——と、言い残して消えた、ノエル達との決戦をひかえた前夜。

 ルーカス達は教団本部の宮殿で、一夜を過ごしていた。

 すぐにノエル達の後を追いかけるつもりだったが、ノエルが「賓客ひんきゃくとして丁重ていちょうにもてなすように」と指示を出していたらしく、教皇派の枢機卿すうききょうと教徒達に引き留められてしまい、断る間もなく歓待かんたいを受ける事になったのだ。

 晩餐ばんさんを終えて、皆と明日の事について話した後は、各自割り当てられた部屋で休息を取る流れに。

 そうして、明日に備えて早めに休もうと、ルーカスはベッドへ入ったのだが——。





「……駄目だな」


 どうしても寝付けなかった。
 横たえた体を起こして、溜息を吐き出す。

 まぶたを閉じると、これまでとこれからの事に思考をめぐらせてしまい、眠るどころではない。

 ルーカスはベッドから抜け出し、すぐそばの壁に立て掛けた刀を腰にたずさえた。

 ——こんな時は、無心に刀を振るうのが良い。

 体を動かせば自然と眠気も訪れるだろう、と考えて、過去にフェイヴァと鍛錬たんれんを重ねた、修練場へ向かおうと思った。

 何気なく窓の外へ緯線を向ける。

 窓からは噴水ふんすい併設へいせつされた優雅ゆうがな庭園が展望てんぼう出来る。

 これらも断罪された枢機卿達により体現された〝欲〟だとすれば、虚無感きょむかんを感じてしまうが、美しさに罪はない。

 ルーカスが噴水付近に視線を落とすと——。

 そこに銀糸をなびかせて噴水の石垣いしがきに座る、〝彼女〟の姿が見えた。


「イリア?」


 周囲に誰かを連れている様子はない。
 一人だろうか。

 見つけた彼女の姿に、ルーカスの体が自然と動く。
 机の上へたたんで置いた、軍服の上着を肩に羽織はおって、部屋を後にした。





 初夏へ向かう時期だというのに、聖都の夜は肌寒かった。

 中庭に近付くと風に乗って、んだ心地よい歌声が聞こえて来る——。





いとし子よ お眠りなさい

 マナのゆりかごにいだかれて


 闇をはらえ 神秘しんぴの風よ

 きらめきがあなたを照らすでしょう

 いとしい子らよ 涙をすくって


 この体ち果てようとも

 とおの輝きが世界を包むでしょう


 いとし子よ お眠りなさい

 私の愛が 満ちる世界で』




 イリアは空を見上げ、歌をつむいでいた。

 彼女は厚手のカーディガンを着ているものの、その下は透け感のあるナイトウェアである事がうかがえ、肌寒そうに見える。

 ルーカスは歌をつむぐイリアのそばへ歩み寄ると、羽織はおって来た軍服の上着を彼女へとかけた。

 歌声が止まり、月明かりに照らされて輝く、勿忘草わすれなぐさ色の瞳がルーカスへと向けられる。

 
「悪い、邪魔するつもりはなかったんだが……」
「ううん。こんな時間にどうしたの?」
「寝付けなくてな。少し体を動かそうと思ってさ。イリアこそ、どうしたんだ?」
「……私も、眠れなくて」


 髪色と同じ銀色の眉尻まゆじりを落として、イリアは困ったように笑った。

 教団内部は意外にも落ち着いた様子だが、久しぶりに帰った彼女の故郷と呼べるこの場所で、あのような事があっては気が休まらないのだろう。


「そうか……そうだよな」


 ルーカスはイリアの隣へ腰を下ろすと、空を見上げた。

 大樹の葉が途切れた先に、満天の星空と、新月へと向かうあおあか、双子の半月が輝いている。

 イリアがまた歌を紡ぎ始め——何をする訳でもなく、時間が流れた。






 『いとし子よ お眠りなさい

 私の愛が 満ちる世界で


 この手を合わせて こいねが

 どうかいとしい子らが 幸福しあわせでありますように

 つばさをはためかせ 想いをつなごう


 耀かがやいて 神秘アルカナ

 強き心に 祝福を

 願いを叶える 奇跡となれ


 揺蕩たゆたえゆりかご 私の愛をいだいて

 まもりましょう 永久とこしえ楽園アルカディア

 いつか眠りから覚める その日まで』





 イリアの歌声は、いつ聞いても心地が良い。
 心をしずめて、包み込んでくれる優しさがある。

 ——本当は彼女と話したい事が、沢山あった。

 神聖核コアの事もその一つ。

 ノエルが選んだ手段以外に、どのような道があるのか。
 何故か聞こうとするたびに横やりが入ってしまい、いまだに聞けていない。

 そして先日の、決意に満ちた表情の意味も。


有耶無耶うやむやにせず、聞かないとな……)


 頭ではわかっていても、いざ聞こうとすると言葉がのどに詰まって出て来ない。

 イリアの歌が終わると、沈黙が二人を包み、しばらく月を見上げるだけの時間が過ぎた。





 そうして幾分いくぶんかの時間が過ぎた頃。

 背後で冷たい水飛沫みずしぶきを上げる噴水の影響もあってか、ルーカスの口から思いがけず「くしゅん」とくしゃみが飛び出した。


「あ、ごめんね。私が上着借りてるから、寒いよね」


 イリアが上着を返そうと動いた。
 確かにラフなインナーだけでは、寒さを感じる。


「気にするな。これくらい平気だ」


 ルーカスはそれを制した。

 ——直後にくしゃみがもう一つ。


「やっぱり、寒そう。……部屋に戻る?」


 もう少し彼女と一緒に、出来れば話したい事もあったが——。

 一度強がった手前、二度目は格好がつかない。
 締まらない気恥ずかしさに、ルーカスは前髪を掻き上げた。

 
「……戻るか。明日に差しさわっても困るからな。部屋まで送るよ」
「うん」


 ルーカスは立ち上がり、手を差し出す。

 イリアの白く温かな手が重ねられ、二人は手を絡ませるように握ると、静まり返った廊下を歩いた。

 冷え切った手に、ぬくもりが染み渡る。
 近くに感じる彼女の体温に、鼓動が早まるのを感じた。





 ——結局、言葉を交わす事が出来ないまま、気付けばイリアの部屋に到着していた。


「着いたぞ」
「送ってくれてありがとう。これも返すね」


 イリアが羽織はおらせた軍服を脱いで、ルーカスへと手渡した。
 彼女の温度が、軍服に移ったようでほんのり温かみを感じる。
 

「どういたしまして。それじゃ、おやすみ」
「あ……うん。おやすみ、なさい」


 ルーカスは名残惜なごりおしく思いながらもイリアの頭をでると、受け取った軍服を羽織り、身をひるがえした。

 歯切れの悪い彼女の様子は気掛かりだが、廊下に引き留める訳にはいかないし、だからと言って、こんな時間に部屋へ上がり込むなんてもってのほかなので仕方がない。

 また明日。
 北の大神殿へ向かう道中にイリアと話そうと、ルーカスは思った。

 ——思ったのだが。

 不意に背中へ感じた軽い衝撃しょうげきと温度に、足を止める。
 ほんの少しまで隣に感じていた温かさだ。

 振り返ると、イリアが背に抱き着いていた。

 表情は伏せられていてうかがえない。


「……まだ、寝ないなら……もう少し、一緒に居たい。
 お茶でもどう、かな?
 ルーカスが嫌じゃなければ、だけど……」
「それは……」


 嫌なわけがない、むしろ大歓迎だ。

 けれど、好きな相手と深夜、密室で二人きりになるのは危ない。


(自制がかなくなりそうで、怖い)
 
 
 ともすれば彼女を困らせてしまう事になりそうで、ルーカスはこころよい返事が出来ずに押し黙った。


「やっぱりダメ……かな」


 伏せた顔を上げ、頬を赤らめた彼女が上目遣いに見つめて来て、鼓動が跳ねる。


(——これは、反則だ)


 理性との戦いになるとわかっていても、そんな顔で言われたら断れない。


「一杯だけ。飲んだら帰るからな」


 可愛らしさに負けて、ルーカスはうなずいた。

 イリアは顔をほころばせて喜び、何の戸惑いもなくルーカスの手を引いて部屋の扉を開いた。


「どうぞ、入って」


 警戒心のなさに、少しだけ複雑な気持ちになるが、信頼されているということだろう。

 彼女の信頼を裏切らない様にと、ルーカスは気持ちを引き締めて、部屋へ足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

〈完結〉βの兎獣人はαの王子に食べられる

ごろごろみかん。
恋愛
α、Ω、βの第二性別が存在する獣人の国、フワロー。 「運命の番が現れたから」 その一言で二年付き合ったαの恋人に手酷く振られたβの兎獣人、ティナディア。 傷心から酒を飲み、酔っ払ったティナはその夜、美しいαの狐獣人の青年と一夜の関係を持ってしまう。 夜の記憶は一切ないが、とにかくαの男性はもうこりごり!と彼女は文字どおり脱兎のごとく、彼から逃げ出した。 しかし、彼はそんなティナに向かってにっこり笑って言ったのだ。 「可愛い兎の娘さんが、ヤリ捨てなんて、しないよね?」 *狡猾な狐(α)と大切な記憶を失っている兎(β)の、過去の約束を巡るお話 *オメガバース設定ですが、独自の解釈があります

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...