終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第四章 隠された世界の真実

第二十八話 不安が募る

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 眠れぬ夜にイリアと出会い、別れ際「もう少し一緒に」との可愛らしいお願いに負けて、彼女の部屋でお茶をする事になったルーカス。

 自戒じかいと緊張で変に強張こわばる体を動かして、部屋へと入った。


「……お邪魔します」
「そんなにかしこまらなくていいのに。そこ、座ってて。すぐ準備するね」


 イリアがくすりと笑いながら白い大きなソファを指し示し、部屋の奥、キッチンへと駆けて行った。

 笑われてしまったのは、不自然な動きをしていたからかもしれない。

 ルーカスはうるさく鼓動する心臓をしずめようと、溜息を吐いて深呼吸をした。

 少し落ち着いたところで、ソファへは座らず、部屋を見渡した。

 教団にある彼女の個人部屋を訪れるのは、これが初めてだ。

 招かれて足を踏み入れた部屋は掃除が行き届いており、ちり一つない。

 長年、彼女が過ごした場所であるはずなのだが——その割に物が少なく、シンプルな家具の置かれた、殺風景さっぷうけいな部屋だった。

 唯一ゆいいつ、レースのあしらわれた上品なテーブルクロスと、キッチンでお茶の準備をする彼女のそばに見える、陶磁器とうじきの茶器類が贅沢ぜいたくと呼べる部分だろう。

 イリアは女神の使徒アポストロスとして、半生を使命にささげて来た。

 その生き様を映したかのような有様ありさまに、胸が痛くなる。





 しばらくして、イリアがトレイに茶器を乗せて運んで来るのが見えて、ルーカスは足早に彼女の方へ歩んだ。

 トレイに手をえて「運ぶよ」と伝えると、イリアはぱちくりと瞳をまたたかせて、その後に「ありがとう」とはにかんで笑った。

 湯の入ったポットも乗せられているので、それなりに重量がある。

 こぼしてしまわないよう慎重しんちょうに、けれども素早くトレイをテーブルへ運んだ。

 ——そこから先は、彼女の領分だ。

 ルーカスは刀をソファのひじ掛け部分へ立て掛け、座面に腰を落ち着かせると、紅茶をれるイリアをながめた。

 彼女はまず茶葉の入った缶を手に取ると、密封のため食い込んだふたを器用に外して封を開けた。

 そうすれば華やかで芳醇ほうじゅんな香りがふわりと鼻孔びこうをくすぐる。

 手際良く茶葉がティーポットへ入れられて、熱湯がそそがれると、香りはより一層強くなった。

 透明なポットの中で、茶葉が熱対流により上下運動を繰り返している。

 あとは蒸らして茶葉が開き、十分に湯へ成分が抽出されるのを待つだけだ。


「良い香りだな」
「うん。聖都にある紅茶専門店〝ル・モンド〟の銘柄めいがら〝アンジュ・フェイユ〟。
 元々は、ルキウス様がこのんだ銘柄ね」
「イリアに振舞ってもらって、今では俺もこの茶葉のとりこだよ」
「上手に淹れられるように、頑張って練習してから……『美味おいしい』って喜んでもらえて、嬉しかったな」


 イリアが口元に手を添えて、可愛らしく微笑んだ。

 彼女が初めてお茶を淹れてくれた時は、おっかなびっくりな手つきで「大丈夫だろうか?」とハラハラした記憶がある。

 それが今では流れるような動きで、とびきり美味しいお茶を淹れてしまうのだから、驚きだ。

 話をしている内に茶葉の蒸らす時間が終わったらしく、イリアはポットのふたを開けて中をスプーンでかき混ぜた。

 きっちりと時間を計って、蒸らされた茶葉から成分が抽出された湯は、美しいあかね色に染まっており、茶葉をこすためのストレーナーを通して紅茶がカップへ注がれて行く。


「お待たせ。はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」


 花の紋様もんよう——ガーデニアの描かれたカップが、ソーサに乗せられてルーカスの前、テーブルの上へと置かれた。

 ルーカスはカップを手に取ると唇に寄せ、紅茶の香りを楽しみながら、一口含む。

 慣れ親しんだ味が広がる。
 イリアがれてくれる紅茶は、相変わらず——。


「うん、美味うまい」
「ふふ、良かった」


 彼女は紅茶を自分の分もカップへ注ぎ入れると、ルーカスの隣へ腰を下ろした。

 対面にもう一対ソファがあるのに、何故に隣へ座るのか。
 限りなく近い距離に、内心焦りが走った。


「こうしてると、公爵家こうしゃくけ邸宅ていたくで過ごした日々に戻ったみたいね」


 カップを片手に、無邪気な微笑みを向けて来る彼女は、こちらの焦りなど露知つゆしらず。
 
 不用心にもほどがある。

 つやめく唇に口付けたい、とか。
 良い香りがする、とか。


(……考えてはいけない)


 ルーカスは煩悩ぼんのうを飲み下すように、紅茶を二口、三口と流し飲むと、思考を切り替えるため、邸宅で過ごした彼女との日々へ思いをせた。

 怪我を負い、邸宅に連れ帰ったイリアがようやく目覚めた時——。

 彼女が涙を流している姿を初めて目の当たりにして、侍医のファルネーゼきょうが何かしたのではないかと早合点はやがてんした。

 ファルネーゼ卿に詰め寄って、締め上げて。


「……イリアが目覚めて、会いに行った時『貴方が誰かはわからない』って言われたのは、衝撃だったな」
「覚えてる。あの時の怒ったルーカス、すごく怖かった」
「悪かったよ。泣いてるのを見て、気が動転したんだ。まさか記憶喪失きおくそうしつだなんて、思わないだろ?
 あんな態度を取った手前、すぐに顔を合わせるのは気まずくてさ。
 とりあえず報告と仕事を終わらせようと、登城とじょうしたらそのまま任務に駆り出されたんだよな……」
もらった手紙、嬉しかったよ。私の事、心から気遣ってくれてるんだって伝わってきて。
 だから、シャノちゃんに魔獣の大軍を討伐に行ったって聞いた時は、本当に心配したのよ」


 イリアは嬉しそうに微笑んだ後、困り顔を浮かべた。

 魔獣の大軍——リエゾンの魔狼まろう事件の事だ。
 あの任務では地震と〝ゲート〟という、魔獣を生み出す未知の現象に遭遇そうぐうした。

 危うい場面もあるにはあったが、任務に危険はつきものだ。

 それでも、彼女に心配を掛けてしまった事、記憶がなくて一番心細かっただろう時期に、一緒にいる事が出来なかった事を申し訳なく思う。


「心配をかけて、すまない。そばにいてやれなかった事も、ごめんな」


 ルーカスはカップをソーサーへ戻すと、まぶたを伏せた。

 ここに至るまで、色々な事があった。
 
 悲劇から始まった、彼女との出会い。
 教団で過ごした日々。

 それぞれの道を歩み、時に交差し、踏み込めぬまま別の道を歩んだ歳月。

 再会して、記憶喪失となっていたイリア。
 その原因である呪詛じゅその判明。

 女神の使徒アポストロスアインの襲撃と、聖地巡礼ペレグリヌスの始まりにノエルと邂逅した事。

 未曾有みぞうの大災害では、記憶を取り戻した彼女が王都を守る為に奮闘ふんとうして、その身を危険にさらしてしまい——。


「俺は、いつも紙一重だな。イリアを守ると……〝君を助け、君の力になる〟とちかっておきながら、常に後手に回ってる」


 昼間、ノエルへ語った言葉にいつわりはない。

 けれども、思い返すと、急に不安が押し寄せて来る。
 

(ノエルを止められなかったら……。
 止めたとしても、打開策を見出せなかったとしたら?)


 隠された世界の真実を知った時、イリアに課せられた残酷ざんこくな運命も知った。

 「イリアを神聖核コアになどさせない」と、新たにちかいを立てたが、覚悟を決めた彼女の様子からして、万が一はあり得る。


「……なさけない」


 対決を前にして、考えないようにしていた最悪の結末がいくつも浮かび、ルーカスは気弱になってしまう自分に嫌気がさした。
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