終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた

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第一部 第四章 隠された世界の真実

番外編 爆誕☆コゲマコ君~宇宙から飛来したキノコ胞子の恐怖~ ≪後編≫

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「そもそも、だ。創造主マザー。タマゴっつーのは繊細せんさいでだな、愛情こめてじーっくりと、優しく丁寧ていねいに扱うモンなんだよ」


 謎の生命体……とでも言えばいいのかな。
 オレと名乗っているし、多分男性?

 ……自信はないけど、そう思う事にした。

 彼が皿から離れ、歩き出してこちらへ向かう姿が見える。
 明らかに不機嫌な様子だ。

 彼はテーブルのはしっこスレスレに立つと、まん丸の目を半月に変えてにらんできた。

 
「それをナンだ? 創造主マザーときたら、いきなり強火であぶりやがって……オレ様に対する愛情はねェのか!? アァン!?」
「ふえ!? ご、ごめんなさい!」


 のどの奥を鳴らし、恐ろしい剣幕けんまくで怒鳴る焦げ卵の威圧感いあつかんすさまじかった。

 言ってる内容も正論な気がして、怒られてはとにかく謝るしかない。

 頭を振り下げて全力で謝罪した。

 髪の毛が流れ落ち、毛先が床へ着いてしまったが、そこまで気にして振る舞う余裕なんてない。

 そうしていると——「チッ」と舌を打ち鳴らす音が聞こえた。


「……まぁいい。髪、汚れんだろ、つらぁ上げな」
「は、はい」


 髪の毛を気にしてくれるなんて、意外に優しい。

 言われた通り顔を上げると、彼は腕を組んでいた。

 ……腕、さっきと別の場所から生えてる気がする。
 構造どうなっているのかな。


「それより創造主マザー。生み出したからには、最後まで責任を持て」
「責任って言われても……」


 何をどうして欲しいのだろう。


(料理として生み出したのだから、美味しく食べて……とか?
 それかもっとマシな状態に改良アレンジを——……でも、炭化してるから無理だよね。
 そもそも、シャノちゃん、シェリちゃん、リシアちゃんと一緒に料理をしてみてわかったけど、私は料理のセンスがない)


 改良アレンジしろと言われても、もっと悲惨ひさんな状況になりねない。

 思考をめぐらせても彼の望む答えがわからず、じっと見つめていると、盛大なため息を付かれた。


「ったくよぉ。まずはやるべき大事なことがあんだろ?
 ほら、創造主マザーの〝愛〟をくれ」
「あ、愛……!?」


 驚きのあまり飛び退き、そのせいで後ろにあった何かにぶつかった。

 高く乾いた音——陶磁器セトモノの割れるような音が厨房キッチン木霊こだまする。

 頭の中は混乱パニックだ。
 まさか謎の生命体に愛を求められるとは思わず。

 いくら自分が生み出した存在とは言え、良く知りもしない初対面の相手。

 生命体なのかすら怪しいし、色々と問題がありすぎる。

 〝愛があれば何でも乗り越えられる〟——なんて名言もあるらしいけど、本当に?

 ……どう考えても、無理だ。

 第一、好みのタイプじゃない。


「ごめんなさい、貴方を一人の男性として愛する事は……ちょっと、無理です」


 再度、深く頭を下げて丁重ていちょうにお断りする。

 今度は髪の毛が床へ流れ落ちてしまわないように、気を付けた。


「ちっげーよ!! みなまで言わねェとわかんねェのかよ!? 誕生した我が子へ創造主マザーおくる、最初の愛、名前だよ! オレ様に名前をくれよ!!」


 炭化したオムレツの低音域のはずの声が高められ、絞り出すような叫びが大音量で響き渡った。

 〝愛〟とは比喩ひゆで、解釈かいしゃく違いだったらしい。

 でも、そんなこと言われても、わかるわけがない。
 盛大に勘違いした事に気付いて、頬へ熱が集まる。

 こちらもあかぱじだ。
 勢いよく顔を上げると、眉頭まゆがしらを寄せて彼をにらんだ。


「そういう事はちゃんと言って……!」
「お、おう。……確かにまぎらわしかったな。悪かったよ」


 今度は彼が後退あとずっていた。

 けれど、非を認めて謝罪を口に出来る辺り、やっぱり悪い人?ではないみたい。


「それで、オレ様に名前は……」


 にらみがいたのか、吊り上がった眉を〝ハの字〟に変えて、遠慮がちにたずねてくる。

 確かに、名前がないのは不便なので、〝誕生した我が子への愛〟はさておき、名付けぐらいはしてあげてもいいかなと思った。

 ……とは言え、名前を考えるのも中々に難しい。

 〝名はたいあらわす〟——と言うのも、良く聞く言葉だ。

 ここは慎重しんちょうに考えないと。


(一目見て、目の前の彼が何であるのか認知にんち出来る、わかりやすくて素敵な名前……)


 言い知れぬ使命感のようなものが湧き上がった。

 もしかしたらこれが〝誕生した我が子への愛〟の気持ちなのかもしれない。

 一歩、彼のそばへと歩み寄る。

 それからあごへ手を添え、もう一方の手でひじを組み、その姿形すがたかたちを観察した。


もとは……卵。
 頭に刺さった白い物は……やっぱり卵のからだ。
 こんな形に割った覚えがある)


 オムレツを作ろうといてフライパンへ流し入れ——強火で焼きすぎて、焦がした。


(炭化したオムレツ。
 男性……。
 焦げた、卵の……紳士しんし?)


 ダメだ、語呂ごろが悪い。

 もっとこう、簡潔かんけつにわかりやすく省略しょうりゃくして——。


(……焦げまこ……)


 瞬間、電撃が走ったようにひらめく。
 「これしかない!」と。

 彼の特徴をバッチリ押さえているし、何より呼びやすく親しみやすい。

 イリアは大きくうなずくと唇にえがいた。

 そうして、不安と期待の混じった視線を向ける彼へ向かって、堂々とその名を告げる。


「——コゲマコ君。貴方の名前は、コゲマコ君!」


 〝焦げた卵〟の略だ。
 会心の出来だと思う。

 きっと喜んでくれるはずだと、信じて疑わなかった。

 その名を聞いて、彼は——。
 

「……創造主マザー……。料理の腕だけでなく、そっち方面もポンコツだったか……」


 深い……深ーい、ため息を吐き出していた。
 何故だか、あわれみの視線が向けられている。


(それにさりげなく馬鹿にされたような……)


 納得がいかない様子だったので、気に入らないなら別の名前を考えようと思った。


「——はァ。まあいいか……創造主マザーの愛が詰まってるんだもんな」


 だが、そんな思いに反して彼はやれやれと言った風に肩?体?をすくめてみせて。


「ってことで、いまからオレ様は〝コゲマコ君〟だ!」


 それから得意げに笑って、名乗ってみせた。

 どうやら気に入ってくれたみたい。
 ほんの少しだけ「安直すぎたかな?」と後悔したけど、彼が良いと言うのなら大丈夫なんだろう。

 ——安堵あんどしたら、何だか眠くなってきた。

 急激にまぶたが重くなり、開けているのも困難で、このままでは立ったまま船をいでしまいそうだ。


「コゲマコ君、とりあえず、話はまた明日でもいい?」


 部屋へ戻って、寝て起きて、それから改めて話をしようと思った。


「おっと、時間切れか」


 彼が意味深につぶやいた。


「言いたい事は山ほどあるんだが〝神〟も気まぐれだからなァ。創造主マザー、とりあえずゆっくり休めよ」


 彼の言う〝神の気まぐれ〟と言うのが何なのか気になったけど、視界がぼやけて意識が遠のいて行く——。


「うん……おやすみ、コゲマコ君」


 かろうじて告げ、まぶたを閉じる。


「おやすみ、創造主マザー。またな」


 あたたのある彼の声が、耳に響いた。










 ——次に目が覚めて、まぶたを開くと飛び込んで来たのは、見慣れたベッドの天蓋てんがい

 ちょっと前にも同じ体験をした。

 飛び起きて周りを見渡すと、良く見知った公爵家の客室で、ベッドの上にいた。

 部屋に薄暗さはなく、大きな窓から朝焼けの光が差し込んでいる。


(さっきまで厨房キッチンにいて、謎の生命体——コゲマコ君と話をしていて眠くなって……?)


 そのまま多分、寝てしまって、どうやって部屋へ戻って来たのかと首をかしげげる。

 彼があの体の大きさでここまで運べる訳がない。


「……夢?」


 そう考えるのが自然だった。

 あの不思議な体験——ほわほわのことも、コゲマコ君との邂逅かいこうも、すべて夢の中の出来事……。


「なんだか、変な夢だったな……みょうに現実感があって」


 普通に考えれば、焦げた卵が生命いのちを宿し、意思を持って動く事などあり得ない。

 色々な事があったせいで記憶が混乱して、あんな夢を見たんだろう。


(それにしても、コゲマコ君のインパクトはすごかった)


 あの口調と姿形フォルムはしばらく忘れられそうにない——と、イリアは思い出し笑いを浮かべた。





 その日の朝食の席で、厨房キッチン陶磁器セトモノが謎に壊れていたと言う話を聞いて驚く事になるのだけど——彼の姿はどこにも見えず、あの邂逅かいこうが真に現実の物であったのかは、結局わからず仕舞いだった。

 多分、続く。
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