8 / 45
政略結婚は言い訳です ①
ラーシェン伯爵邸は王都の中心街にある。
わたしの実家、エリクソン公爵邸に負けないくらい豪壮な構えの邸宅だ。
身分は公爵家のほうが上だけれど、ラーシェン伯爵家も古くから続く名門で、王家の信頼の厚い一族なのだ。
立派な石造りの門から入ると、広い芝生の前庭と長いアプローチがある。その先に大鷲が翼を広げたような、大きな屋敷が建っている。
屋敷は広すぎて、わたしはまだ全部を見てまわれていない。
クリストフは焦らなくていいと言ってくれたけれど、伯爵夫人になった身としては、そろそろ家のことを把握するようにしなければと思っていた。
そう、今やわたしはこの屋敷の女主人なのだ。
数年前、先代のラーシェン伯爵夫妻――クリストフの両親が相次いで病気で亡くなり、クリストフは二十代半ばで伯爵位を継いだ。ひとり息子でほかに兄弟はおらず、クリストフには後継者を作る義務があった。
そういう状況ではあったが、二十代のころは新たな伯爵としての役割や近衛騎士の仕事に忙殺されて、なかなか婚約者を見つくろうことができなかったようだ。
でも、三十歳を前に、とうとうクリストフも真剣に結婚を考えなければならなくなった。
そこにわたしがつけ込んだのが、この政略結婚のなりゆきだ。
「はぁ……」
夕食の席で、わたしは思わず大きなため息をついてしまった。
正面に座るクリストフが一瞬目を上げ、ばっちり視線が合う。
軽く首をかしげると、すぐに目をそらされた。日に焼けた彼の頬が、なぜか少し赤い。
(どうしたんだろう。熱でもあるのかしら)
昨夜ふいっと出ていってしまったあと、このまま彼が帰ってこなかったらどうしようとずっと悩んでいた。
でも彼は、夕方には騎士服を着た凛々しい姿で帰宅した。わたしが気づかない間に、着替えに戻っていたらしい。
いつも帰宅が遅いので、わたしたちは久しぶりに夕食をともにすることになり、今に至るというわけだ。
「あー、その、ミルドレッド。具合はどうだ?」
「は、はい、なんともありません。クリストフさまはお加減がよろしくないのでしょうか」
「ん?」
「お顔が少し赤らんでいるようですが」
「いや、大丈夫だ。俺は至極壮健だ」
クリストフが黙り込んでしまうと、広い食堂にナイフとフォークの音だけが小さく響く。
そして、彼は唐突にまた話しはじめた。
「昨夜は、熱くなりすぎて申し訳なかった」
「えっ」
突然、閨事の話?
朝から思い出さないようにしていた記憶が、一気によみがえった。
昨日は姉にもらった媚薬を少し飲んでしまったけれど、薬の副作用で記憶が飛ぶようなことはなかった。
そうなのだ。なにがあったのか、わたしはちゃんと覚えている。いっそ忘れてしまえたらよかったのだけど。
(は、恥ずかしすぎる~)
昨夜、わたしは媚薬の効果で体が熱くなって、自分からクリストフに抱いてほしいと迫ってしまったのだ。
そのあと口づけをして、彼に胸を舐められて、硬いものが足の間にあたって……うん、初夜失敗。
途中までは勢いで行けると思っていたのに、破瓜があんなに大変だなんて思わなかった。
「うぅぅ」
恥ずかしさが落ち込みに変わって、わたしはがっくりとうつむいた。
「あの、わたくしのほうこそ、あんなことをしてしまって……」
クリストフの熱い体を生々しく思い出す。
彼も反応してくれてはいたけれど、男性は刺激すれば勝手に機能するようになるそうだ。わたしだから欲情したわけではないのだろう。
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
好きな人が嬢を身請けするのが辛くて逃げたら捕まりました~黒服の私は執着騎士に囲われる~
こじまき
恋愛
騎士が集う高級酒場「夜香楼」で女性黒服として働くソフィアは、客である寡黙な騎士ゼインに恋していた。けれど彼が指名するのはいつも人気花嬢イサナで、身請けも近いと予想されていた。
ソフィアは、叶わない想いにと嫉妬に耐えきれず、衝動的に店を去る。
もう二度と会うことはないはずだったのに、身請けした嬢と幸せに暮らしているはずの彼が追ってきて――
「お前への愛は焼き印のように刻まれていて、もう消えない」
――失恋したと思い込んで逃げた黒服が、執着系騎士様に捕まって囲われる話。
※小説家になろうにも投稿しています
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙冬可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。