恋桜 ~あやかしの闇に囚われて~

月夜野繭

文字の大きさ
3 / 10

しおりを挟む

 日女薙トンネルは暗く果てしないように見えたが、途中でカーブしていたため視界が悪かっただけだったようで、通り抜けるまでそう時間はかからなかった。和真は少しほっとして、詰めていた息を吐いた。

 トンネルの先にも荒れた道が続き、手入れのされていない森の中をしばらく進むと、谷あいを見下ろす坂道に出る。木々の枝の隙間から、おそらくかつては田畑であったと思われる草がぼうぼうと茂った平地や、ぽつりぽつりと建つ崩れかけた荒屋が望めた。

「これが日女薙村か……。本当に廃村なんだな。人っ子ひとりいない」
「マジで生き物の気配がないな。時が止まっているみたいだ」

 ミツルが珍しく詩的なことを言って、助手席のウインドーを下げた。
 谷間だから湿気がたまるのか、あるいは谷底に川でも流れているのか、わずかに雨のような水の匂いがする。車内に入りこんでくる風は三月とは思えないほどなまぬるく、少し不快だった。

「日が暮れてきている。さっさと終わらせよう」

 和真が急かすと、ミツルは窓から身を乗り出し、遠くを見つめた。

「……村の外れに小さい丘があって、桜が咲いてる。満開みたいだ。和真、あそこに行ってみようか」
「満開の桜か。絵面的にもいいかもな」

 一本道を下っていくと、村の入り口と思しき場所に木製の看板が立っている。矢印の下にあるかすれた文字は、『日女薙村へようこそ』『民宿はこちら』と読めた。
 こんなところにも民宿があったんだなと和真は感心しながら車を進めた。娯楽が少なかった時代には、渓流釣りや山菜採りでもしてのんびり過ごす休暇も需要があったのかもしれない。

「おお、なかなか凄いな! いいじゃん、いいじゃん」

 荒屋の立ち並ぶかつて村だった廃墟の中を抜け、桜の巨木が近づいてくると、ミツルのテンションが上がった。
 和真がこれまで見たことがないほど大きな桜の木だ。
 古墳のように盛りあがった小丘を隠すように、桜吹雪が舞っている。丘の周りには朽ちた木々が折れ重なって倒れていて、その幹は深い色合いの苔に覆われており、村人がこの地を去ってからの長い時間を感じさせた。

 丘の下に車を停め、ふたりで大樹のもとまで歩いて登る。大した距離ではない。ただ斜面のあちこちに、欠けた墓石のようなものが転がっていて歩きづらかった。

「満開だー!」
「おい、足もとが悪いから転ぶなよ」

 ミツルが桜の木の下に走っていく。和真も早足でミツルに続いた。
 満開の桜を見て気分が高揚するのは、日本人特有の感覚なのだろうか。そして、散りゆく花を見て、どこかもの悲しさを感じるのも。


 はらり、はらりと。


 桜の花弁が時を急ぐように舞い散っていた。
 その様は廃村の静けさも相まって恐ろしいほど美しく、見る人がひとりもいないことが不思議に思えた。
 これが都会だったら……せめて人里にあれば、たくさんの花見客でにぎわっていたことだろう。そうしたらこんな寂しさは感じなかったのかもしれない。

「和真、なんだろう、これ」
「何?」

 ミツルに追いつき、その指差す先を見ると、桜の木の陰に石で造られた丸い台があった。
 高さは腰くらいまでで、直径は一メートルほどだろうか。立てた土管に蓋をしたようなかんじの物体だ。

「これ……古井戸じゃないか」
「井戸?」
「完全に塞いであるけど」
「うわ、マジか! いいじゃん、ますますホラーっぽいな。早速撮影しようぜ」

 配信用の動画のロケとはいえほとんど即席の行動だったため、特別な機材などは用意していない。買い換えたばかりの最新機種のスマートフォンをミツルに向けて、「アップにする? 引きの絵で行く?」と何かのテレビで見た業界用語で話しかけると、

「うひょー、和真ちゃん、業界っぽい」

 ミツルが喜んでケラケラと笑った。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

還暦女性と青年の恋愛

MisakiNonagase
恋愛
ますみは61歳。子育てもとうに終わり、孫もいて、ここ数年ロックバンドの推し活に生きがい感じている。ますみは推し活のオフ会やライブ会場で知り合った世代を超えた「推し活仲間」も多く、その中で二十歳の大学生の悠人とは特に気が合い、二人でライブに行くことが増えていった。 ますみと悠人に対して立場も年齢も大きく違うのだから、男女としての意識など微塵もなかったが、彼のほうは違った。 そんな世代を超えた2人の恋愛模様を書いたストーリーです。

処理中です...