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しおりを挟む日女薙トンネルは暗く果てしないように見えたが、途中でカーブしていたため視界が悪かっただけだったようで、通り抜けるまでそう時間はかからなかった。和真は少しほっとして、詰めていた息を吐いた。
トンネルの先にも荒れた道が続き、手入れのされていない森の中をしばらく進むと、谷あいを見下ろす坂道に出る。木々の枝の隙間から、おそらくかつては田畑であったと思われる草がぼうぼうと茂った平地や、ぽつりぽつりと建つ崩れかけた荒屋が望めた。
「これが日女薙村か……。本当に廃村なんだな。人っ子ひとりいない」
「マジで生き物の気配がないな。時が止まっているみたいだ」
ミツルが珍しく詩的なことを言って、助手席のウインドーを下げた。
谷間だから湿気がたまるのか、あるいは谷底に川でも流れているのか、わずかに雨のような水の匂いがする。車内に入りこんでくる風は三月とは思えないほどなまぬるく、少し不快だった。
「日が暮れてきている。さっさと終わらせよう」
和真が急かすと、ミツルは窓から身を乗り出し、遠くを見つめた。
「……村の外れに小さい丘があって、桜が咲いてる。満開みたいだ。和真、あそこに行ってみようか」
「満開の桜か。絵面的にもいいかもな」
一本道を下っていくと、村の入り口と思しき場所に木製の看板が立っている。矢印の下にあるかすれた文字は、『日女薙村へようこそ』『民宿はこちら』と読めた。
こんなところにも民宿があったんだなと和真は感心しながら車を進めた。娯楽が少なかった時代には、渓流釣りや山菜採りでもしてのんびり過ごす休暇も需要があったのかもしれない。
「おお、なかなか凄いな! いいじゃん、いいじゃん」
荒屋の立ち並ぶかつて村だった廃墟の中を抜け、桜の巨木が近づいてくると、ミツルのテンションが上がった。
和真がこれまで見たことがないほど大きな桜の木だ。
古墳のように盛りあがった小丘を隠すように、桜吹雪が舞っている。丘の周りには朽ちた木々が折れ重なって倒れていて、その幹は深い色合いの苔に覆われており、村人がこの地を去ってからの長い時間を感じさせた。
丘の下に車を停め、ふたりで大樹のもとまで歩いて登る。大した距離ではない。ただ斜面のあちこちに、欠けた墓石のようなものが転がっていて歩きづらかった。
「満開だー!」
「おい、足もとが悪いから転ぶなよ」
ミツルが桜の木の下に走っていく。和真も早足でミツルに続いた。
満開の桜を見て気分が高揚するのは、日本人特有の感覚なのだろうか。そして、散りゆく花を見て、どこかもの悲しさを感じるのも。
はらり、はらりと。
桜の花弁が時を急ぐように舞い散っていた。
その様は廃村の静けさも相まって恐ろしいほど美しく、見る人がひとりもいないことが不思議に思えた。
これが都会だったら……せめて人里にあれば、たくさんの花見客でにぎわっていたことだろう。そうしたらこんな寂しさは感じなかったのかもしれない。
「和真、なんだろう、これ」
「何?」
ミツルに追いつき、その指差す先を見ると、桜の木の陰に石で造られた丸い台があった。
高さは腰くらいまでで、直径は一メートルほどだろうか。立てた土管に蓋をしたようなかんじの物体だ。
「これ……古井戸じゃないか」
「井戸?」
「完全に塞いであるけど」
「うわ、マジか! いいじゃん、ますますホラーっぽいな。早速撮影しようぜ」
配信用の動画のロケとはいえほとんど即席の行動だったため、特別な機材などは用意していない。買い換えたばかりの最新機種のスマートフォンをミツルに向けて、「アップにする? 引きの絵で行く?」と何かのテレビで見た業界用語で話しかけると、
「うひょー、和真ちゃん、業界っぽい」
ミツルが喜んでケラケラと笑った。
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