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しおりを挟むテンションが高いだけでおもしろくもないミツルのトークと、桜の木や古井戸、荒れ果てた廃村の景色を撮影し車に戻るころには、空は朱く周囲は薄暗くなっていた。
「ミツル、もう帰ろう。ここ、電気も通ってないから真っ暗になるぞ」
「そんなときのために、じゃじゃーん」
後部座席に置いた大きなボストンバッグの中から、ミツルがオイルランプのような形のライトを出してきた。アウトドア用のお洒落なLEDランタンだ。
「何人か前に付き合ってた女の子がアウトドア好きでさ、これくれたんだよ。こんなときに役に立つとはなぁ」
「そうじゃねぇよ。そんなものしまって、早く帰るぞ」
ランタンを光らせてまだあれこれ荷物を広げそうなミツルの言葉を遮り、和真は車のエンジンをかけた。
「……あれ?」
「どうしたー?」
「エンジンが……かからない」
「はあ?」
ガソリンはまだ十分残っている。バッテリー系統のトラブルやオーバーヒートの様子もない。
ただ普段どおりキーを差しこんでもエンジンがうんともすんとも言わない。念のため車の周りを見てまわったが、傷があったり悪戯された気配もなかった。
「どうしたんだろう」
「故障? ロードサービス呼ぶ?」
「そうだなぁ。真っ暗になる前に呼んだほうがいいかも」
和真はジーンズのポケットからスマートフォンを出してロードサービスに電話をしようとしたが、そこでもおかしなことに気がついた。
「……ミツル」
「ん? なんだよ」
「おまえのスマホ貸して。俺の、電波入らないみたいだ」
「はいよ」
助手席で呑気にペットボトルの蓋を開けていたミツルが、自分のスマートフォンを取り出した。
「……あれ?」
「どうした」
「ええー? 変だな。俺のスマホも駄目だ。でも、トンネルに入る前は電波来てたよな。ナビ見てたし」
「だよな」
最新機種の和真のスマートフォンも、通信キャリアの違うミツルのスマートフォンも『圏外』の表示になっており、通話もできなければ当然インターネットにもつながらない。電源を落とし再起動させてみても、歩きまわって場所を移動してみても『圏外』のままだった。
既に日は落ち、山に囲まれた谷あいの廃村は闇に包まれている。ミツルのランタンがなければ、電波の入る場所を探して歩きまわることすら難しかったかもしれない。
「マジかよー。ホラー映画のオープニングみたいじゃねえ?」
「不吉なことを言うな」
茶化したようなミツルの冗談に背筋がゾッとした。
スマートフォンの使えない山奥の廃墟で迎える、電気のない夜。唯一の移動手段である車が動かないのに、助けを呼ぶこともできない。
ギャーギャーッと夜の静寂に鳥のけたたましい鳴き声が響いて、和真はびくっと震えた。突然、実感が湧いてきた。
これはまずい状況だ。和真もミツルも成人した大人の男だ。和真は独り暮らしだし、ミツルも女と別れたばかりだと言っていた。数日連絡が取れないくらいで家族や友人が捜索してくれるとも思えない。このまま遭難して命を落とすようなことになってもおかしくはない。
「……おい、ミツル、食べ物や飲み物持ってるか?」
「ああ、あるよ。外で食べることになるかもと思って、ボストンバッグに適当に突っこんできた」
「よかった。飢え死にすることはないか……」
「何言ってんだよ、和真。車もスマホもちょっと調子悪いだけだろ。焦ってもしゃーない。大丈夫大丈夫」
ミツルが明るい口調で言った。このときほどミツルの能天気な性格に感謝したことはない。
和真は深く息を吐いて、ようやく唇の端を持ちあげて笑顔の形を作った。
「じゃあ、とりあえず夕飯食べて、今夜は車の中で寝るか」
「おお。せっかくだから丘の上で花見にしようぜ」
ミツルが笑って荷物の中から出したのは、ビールや酎ハイの缶、スルメやナッツ類といった乾き物と袋菓子やチョコレート。つまるところ、酒の肴ばかりだった。
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