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16.爆ぜる、弾ける

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 ────身体が真っ二つに引き裂かれてしまいそう。

 胎内に入り込んだブルームがもたらした激しい熱。言葉に出来ない痛みにソルフィオーラは呻くことしか出来ない。
 繋がったところからじりじりと灼け付くような熱が昇り来る。昇る熱が怖ろしく感じてソルフィオーラは目の前のものにぎゅっとしがみ付いた。

(……こんなにも、痛いだなんて……)

 やっと繋がれたという思いを上回るほど凄まじかった。幸せを噛み締める間もない。

「……ッ」

 だがすぐ近くで彼の吐息を感じる。
 ゆっくりと瞼を持ち上げると、夫の美しい顔が目に入った。

 何かを耐えるように息を吐くブルームの蒼い双眸がソルフィオーラを見下ろしている。
 不機嫌そうに皺を寄せていることが多い眉間には、一本だけ苦しそうな皺があった。

「あぁ……ソフィー……っ」

 これ以上は進めないのに更にグッと押し付けられて、引き攣られる感覚に自然とソルフィオーラの眉間にも皺が寄る。
 最早ブルームのそれが灼熱の杭のように感じられた。
 身体の芯からソルフィオーラを燃やさんとする凶悪な杭。
 しがみつく為にブルームの背中に添えていた指先にも力が入る。
 再び・・爪が彼の皮膚に食い込むことになろうと、ソルフィオーラは気にも留めなかった。──いや配慮する事が出来なかったのだ、痛みの方が強過ぎて。

「ブルーム……さま……っ」

 息も切れ切れになりながら、夫の名を呼ぶ。
 痛みを忘れて近くにいることをもっと感じたい。
 繋がれた幸せを噛み締めて、ブルームと夫婦になりたい。

 だからソルフィオーラは欲しがった。
 この身に走る痛みを掻き消すような甘やかな刺激を。

「キス……して、……」

 間もなく唇が塞がれた。閉じた歯列をこじ開けるように捩じ込まれた舌が口内を舐る。
 すると痛みに向けられていた意識はキスの方へと傾く。甘やかな官能の波が途端に押し寄せてきて、ソルフィオーラはキスに溺れた。
 はぁはぁと熱い吐息を掛け合い、舌を絡ませ合う。
 ブルームがそこにいることを実感するように夢中で応える。

「──ン、ア……ッ」

 再び、胎内にある塊が再びグッと押し付けられた。
 その反動で自身のナカが締まるのが自分でも分かった。ソルフィオーラの胎内は身体だけでなく彼の全てを抱きしめるように絡みついていた。
 抱き締めた彼の逞しい形を感じる。
 とても硬くて────熱い。

(わたくし……ほんとうに、ブルームさまと……)

「ソ、フィー……!」

 切迫したブルームの呟きと共に熱杭がビクンと脈打つ。
 ──直後何かが爆ぜてじわじわと最奥に染み込むように熱いものがソルフィオーラの胎内に広がった。

 キスが止んでしまった。
 何故だがブルームは動きを止めてふぅふぅと息を吐いている。
 未だソルフィオーラの中に納められた杭はびくびくと震え何かを吐き出すような動きをしていた。

「……ブルーム……さま?」

 彼の唇が離れていったのを寂しく感じながらも身を起こしたブルームの名を呼んだ。
 しかし返事は無い。ソルフィオーラから顔を逸らし、ブルームは黙り込んでいた。
 繋がったまま何とも言えない沈黙が二人の間を漂った。気のせいか、ナカに納まっていたブルームが柔らかくなったような気がする。

「…………あ、の……」

 一体何がどうしたのか、ソルフィオーラには分からなかった。
 もしかして何か粗相でもしてしまったのか不安に襲われる。
 何も言わないブルームを見つめていると、ブルームの横顔にぽっと朱が差した。

「…………すまない…………出て、しまった…………」

 ブルームの呟きにぽかんとクエスチョンマークが頭に浮かんだ。

 ──出た、出たとは一体何のことだろうか。
 ソルフィオーラは不安と混乱が占める頭で考えてみた。

 数秒後、ハッとソルフィオーラは答えに至った。

 出たというのはつまり、果ててしまったということ。
 果てた、というのはつまり────子を宿すための種、彼の精液である。

(……もしかして、あの夜も……?)

 そうだとすれば、居たたまれなくなったブルームが慌てて部屋を飛び出してしまうのも分かる気がした。

 ────何故気づかなかったのだろうと、ソルフィオーラは悔やんだ。今まで読んだ恋愛小説の中で男女の営みについてはある程度知っていたというのに。
 しかし恋愛物語の中のヒーローは経験豊富で余裕たっぷりでヒロインを男らしくリードしていた。そんな物語ばかり読んではブルームの姿と重ねていたものだから、そのことに思い至らなかったのだろうとソルフィオーラは思った。

(…………あら?)

 考えて考えて冷静になるうちに、ソルフィオーラはもう一つ勘違いをしていることに気づいた。

 それはブルームの恋愛遍歴のこと。

 彼は今まで男女の関係を結んだことは無いと言った。ソルフィオーラが初めてだと。
 しかしソルフィオーラは言葉そのものをそっくり受け止めず、ただ単に『特定の恋人を作ったことがない』だけだと思い込んでいたのだ。浮いた話一つないと噂に聞いていたというのに。
 十二も歳上だから、人生経験も豊富なのだと勝手な勘違いをしてしまった。

(……謝らなければいけないのはわたくしの方ですわ……)

 ブルームは今叱られた子供のような表情をしていた。
 不機嫌そうに寄せられることの多い眉間はハの字に垂れた眉によって別の種類の皺を刻んでいる。

 彼のこんな表情──一体なんと声を掛けたらいいのだろう。

「…………すまない……ソフィー……すまない…………」

 すっかり自信をなくしてしまった様子のブルームが柔らかくなった半身と共に離れようとした。

(────あっ)

「ダメですわ!!!!」
「──ンんっ!? ソフィー!?」

 離してはいけないと、ソルフィオーラは咄嗟に大声を出して阻止した。
 ──ブルームの筋肉質な腰元に脚を回しぎゅっと抱きしめることで彼の動きを制限したのだ。
 しかし下半身の方は柔らかくなったことでナカからするりと抜けてしまったが。
 先刻よりも距離が近づいた気がするのは、それをしたことでソルフィオーラとブルームの下腹部がぴったりとくっついているからだった。
 驚いたブルームの肘が曲がり、息が掛かるほどの至近距離に彼の顔がある。
 身体を襲っていた痛みのこともすっかり忘れてソルフィオーラは夫の目をまっすぐに見つめた。

「もっとしてくださいませ、ブルームさま!」
「ソ、ソフィー!? な、なにを言って……」

 いつも凛々しい顔を崩さないブルームだが、今は妻の言動に動揺しきりのようだ。
 ソルフィオーラは構わず続ける。絡みついた腰を更にぎゅっと抱き締めて。

「一生懸命……わたくしのことを愛そうとしてくださったブルームさまを……嫌いになんてなりませんわ」
「ソフィー……」

 ──不思議だった。
 何を言えばいいかと悩んだはずなのに、それが嘘のように言葉が次から次へと溢れていく。
 ハッと息を飲んだブルームの頬にソルフィオーラはそっと手を伸ばした。
 ぬくもりが手のひらから伝わる。
 とても温かくて──熱い。これが愛しい人の温度。

「ブルームさまが…………先に、果ててしまわれたのは、……わたくしのこと、……愛してくださっている何よりの証拠ですわ」
「────っ、ソフィー……」

 ブルームの眉間に一つ皺が刻まれる。だがそれは不機嫌さを表したのではなく、ソルフィオーラの目には喜びを表しているように映っていた。
 ソルフィオーラは愛しい夫の顔を真っ直ぐに見つめ続ける。

「お願いです、ブルームさま……。わたくしを、……いえわたくしから、離れないでください」

 ────先に果てても構わない。貴方の願いは自分の願いでもあるから。
 そう告げたと同時にソルフィオーラの太ももに硬く熱い塊が触れた。
 情熱を取り戻したブルーム自身だった。その熱さに驚きソルフィオーラは初めてそれを目にする。

(……っ、なんて……たくましいの……)

 眉目秀麗な顔立ちからは想像もできない凶悪な見た目だが、そそり立つ姿は鍛え上げられた肉体に相応しいモノだった。
 思わずごくりと唾を飲み込んでいた。それが再びソルフィオーラの中に納まろうとしていたからだ。

「……ブルーム、さま」

 無意識のうちに彼の名を零したその声は震えていた。
 先ほどまでの勢いはどこへ行ったやら。改まってみるとやはりとても緊張してしまう。
 ブルームもそれを察したのか、目元を柔らかく緩ませしかしその視線は熱っぽく妻を見下ろす。ブルームの頬に触れていた小さな手に一回り大きな手が添えられた。

「ソフィー、辛かったらこの手を強く握り締めて欲しい。──貴女の痛みを私にも分け与えてくれ」

 見つめ合ったままそう言われ、硬く熱いモノが狭い入り口にグッと押し付けられた。
 みちみちとこじ開けるようにして侵入される感覚に、妻は夫の手をぎゅっと握る。

 夫婦は痛みも全てを分け合うものだと、神の前で誓ったから。

 自身の手を握り締める小さな手にブルームの唇が落とされた。
 ちゅっちゅっと音を立てブルームがソルフィオーラの手の甲に何度もキスをする。愛おしげにそっと触れて、柔らかく唇を押し付ける。

「ああ、ソフィー……愛している」
「──ンっ、ぶるぅ、むさま……ッ」

 ────わたくしもです、と言おうとして出来なかった。
 胎内に納められたブルームの肉槍、その切っ先が最奥にぶつかった瞬間息が止まってしまったからだ。

「────ッは、あぁ……!」

 刹那的に止まった呼吸は瞬時に吹き返し、奥から昇って来る痺れるような熱にソルフィオーラははふはふと呼吸を繰り返す。
 一度目より、痛くはない。多少引き攣られる感覚はするものの、それを上回る甘やかで激しい何かが生まれていた。
 新しい感覚だった。それははっきりしていたソルフィオーラの思考をとろりと溶かす。

「あっ……ああ……!」
「────っ!」

 やはり凄まじいなとブルームが呟いた気がする。しかし蕩け始めた頭ではそれを認識できない。

「ン、んぅ……ぅあっ、ああ……!」

 ブルームが控えめに腰を揺する。それに合わせて込め上げる熱がソルフィオーラをぶるぶると震わせた。
 痛みと恐怖をもたらすような焼け付く熱ではない。
 じわじわと侵食してくる甘やかな熱が昇ってきている。足の先から、頭のてっぺんにまで昇ろうとしてくる熱にソルフィオーラの意識はどんどん行き場を失くす。
 ゆるゆると腰を振るブルームの吐息が首元に降り掛かる。それさえもソルフィオーラには甘やかな刺激となった。

(これが……感じるということなの……?)

 夫への愛おしさと、気持ち良さ以外何も考えられない。愛する人と繋がれた幸福感に全身が歓喜しているようだった。

「ああ……ぶるーむ……っ、ぶるーむさま……!」

 膨らんだ風船の如くどこかに弾け飛んでしまいそうな気がして、ソルフィオーラは飛ばないようにブルームの身体にしがみ付く。
 逞しい男の身体にぎゅっと抱き締められた。

「ソフィー……っく、ああ……だめだ……ッ」
「あっあっ、──キス、……キスして、くださいっブルームさまぁ……っ」

 ゆるゆるとした動きが徐々に速度を上げる。
 じゅぷじゅぷと出し入れする音がやけに鼓膜へと響く。
 とてもはしたなく、官能的な音だ。
 しかし、無意識に腰を浮かせてしまうほど迫る感覚に身を委ねていたソルフィオーラには単なる物音にしか聞こえなかった。

 何かを爆ぜさせるための導火線に火をつけたような、そんな効果音に。

 そしてその火はあっという間に終着点へ到達した。
 甘やかに激しく────未だ経験していない、最上の瞬間が訪れる。

「────っあ、ああ……! ぶるーむ、さま……ぁあッ!」

 胎内で熱が爆ぜた。目の前で閃光が弾ける。
 その直後思考が白濁に侵食され始めた。零したペンキのようにあっという間にソルフィオーラの中をどくどくと白に染め上げていく。
 身体がびくびくと震えているような気がするが、震えているのは自分かそれとも夫か。

 今度こそ正真正銘なにも考えられなくなっていた。
 白濁の中に意識は飲み込まれ、やがて深い闇が訪れた。

 ────二人同時に果てたという実感をソルフィオーラが得るのは、翌朝のこと。
 愛しい重みと温もりに包まれて、人生史上幸福な朝がソルフィオーラを待っていた。
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