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嘯く唇
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喜ぶだろうかと思ってやったことが、まさか裏目に出てしまうとは思わなかった。
彼女……ヴィクトリアの記憶を読み取り、彼女が幼い頃よく飲んでいたらしいオレンジジュースの味を再現し、ゴブレットに注いでヴィクトリアに渡した。
彼女は一瞬驚いたように目をまん丸としていたものの、おずおずと口を付けて一口飲んだ。
それを見届けて俺も酒に口をつけたんだけど、そうしたら彼女の目にはじわじわと涙が溢れてきたのだ。目の淵に溢れる涙は、一粒零れて静かに頬を伝った。それは水晶みたいに綺麗に思える。思わず人差し指でそれを拭うと、彼女はぐいっと自分の目を拭う。
「少し、嫌なことを考えてしまっただけ」
「……嫌なこと?」
「そう、今日のこととか……母様と父様のこととか」
昔のこと。そういえば彼女の記憶を盗み見した時にちらりと見えた、ヴィクトリアにそっくりな綺麗な人がいたが……もしかして、あの人がヴィクトリアの母親だろうか。父親の方はまだ見てないからなんとも言えないが。
「……二人とも元気なのか?心配してるだろ、こんなところにいたら。しかも悪魔と契約なんかして」
「経緯とかは知らないの?」
「ああ。こういう契約をしたって言うのは伝わってくるんだけど、こんな経緯があってとまでは当人から聞かされねぇとわかんねぇんだ」
「……そうなのね」
彼女は、ぽろぽろと零れる涙を拭いつつ、震える声で言葉を紡ぐ。
「貴方、悪魔じゃないみたい。とっても優しいのね」
「はあ?優しくねぇだろ。本当に優しかったら契約なんかしなくともお前一人くらい守ってるって」
「確かに……」
ふふ、と先程よりも幾分穏やかに笑ったヴィクトリアは、もう一度オレンジジュースを一口飲んだ。こくりと動く喉。それを見て俺も思わず息を呑む。
「なんていうか……色々あったのだけれど。仲良くない継母に命を狙われて、かくまってもらうことになったの」
「それと引換ってことか。スペルの奴も相変わらずだな」
「貴方はそんなに乗り気じゃないみたい」
ヴィクトリアは心の底からほっとしたように溜息をついた。しかし、その目にはしっかりと警戒の色が宿っている。
そんな彼女にこんなことを伝えるのは心苦しいが……。いや、そんなことを思うわけがない。この俺は、強欲のままにヴィクトリアの魂も欲しいだけだ。
「俺も狙ってるんだけどって言ったら、お前どうすんだよ」
「……うーん、困る……かな」
「それだけか?」
彼女は首をかしげて見せる。
「私の魂に価値はないと思うの。そんなものを奪い合うなんて、貴方たちの時間が無駄になるだけだと思うわ」
ヴィクトリアはへらりと笑った。俺はこの笑い方の人間を何度も見てきた。
絶望の淵に立たされながらも希望を捨てきれず、迷子になった人間の顔だ。
俺は、その希望さえも打ち砕く。それが、悪魔という種族だからだ。彼女が、悪魔に食い物にされる人間という種族だからだ。ヴィクトリアが弱いから、仕方が無い事なのだ。
「まるで他人事だな、あんた」
「……そうでもないのよ。実は逃げようとしてるって考えてたら、どうする?」
彼女は試すように言った。おそらく、言葉通り彼女は逃げようとしている。けれどそれは不可能だ。俺達悪魔に目をつけられた時点で、逃げ場などどこにもない。例えこの森から出られても、地獄の果まで追いかけてやるのだから。
「どこまでも追い詰めてやるぜ。抵抗されると支配したくなるのが悪魔の性ってやつだからな」
「悪魔も大変なのね……」
「ま、あんたみたいに抵抗するやつほど服従させて飼い慣らしたくなるんだよ。そうは見えなくとも、俺も悪魔のひとりだからな」
「そうなの?」
「そうなの」
「でも、言葉は優しいわ。他の悪魔に比べたらだけれど」
「そうかもしれねぇなぁ……俺はあんなに気が荒いわけじゃねぇし。なんだ、惚れたか?」
ヴィクトリアの手を取り、ぎゅっと握って指先にキスをする。彼女は驚いて俺を見つめ、体を固くした。やはり触れられると警戒してしまうのだろう。そう容易く心を許してくれるわけじゃなさそうだ。
そうであればあるほど、征服のしがいがある。
「そんなわけないでしょう」
「厳しーな」
「ふふ」
その笑顔がいつしか、気恥ずかしそうに頬を赤らめる照れ笑いになることを願う。いや、俺がそうさせる。誰にも譲るつもりは無い。
俺は強欲のアワリだ。欲しいものはすべて手に入れる。貴重なものは譲らない。すべて俺の物だ。
「私達、いい友達になれるといいわね」
「友達?そんなんなれると思ってんのか?」
「思ってないけど……でも、そう思わずにはいられないの。やっぱり、寂しいわ。友達が欲しい」
「ま、あんたは俺の事を友達だと思えばいいだろ?俺は一度もそんなふうには思わないけどな?」
そう言うと、ヴィクトリアは ひどいのね と呟いて拗ねた様にそっぽを向く。
「よお!帰ったぜぇ!!もう腹いっぱいだ!!」
「っ!!?」
「おう、グーラ。どっちを食ってきたんだ?」
「当たり前だろうが。女も魂もだよ。飢えて仕方ねぇんだ!」
やってきた大男を見て、ヴィクトリアはびくりと肩を震わせる。
ここは俺が紹介すべきか?めんどくせぇけど、仕方ねぇな。
彼女……ヴィクトリアの記憶を読み取り、彼女が幼い頃よく飲んでいたらしいオレンジジュースの味を再現し、ゴブレットに注いでヴィクトリアに渡した。
彼女は一瞬驚いたように目をまん丸としていたものの、おずおずと口を付けて一口飲んだ。
それを見届けて俺も酒に口をつけたんだけど、そうしたら彼女の目にはじわじわと涙が溢れてきたのだ。目の淵に溢れる涙は、一粒零れて静かに頬を伝った。それは水晶みたいに綺麗に思える。思わず人差し指でそれを拭うと、彼女はぐいっと自分の目を拭う。
「少し、嫌なことを考えてしまっただけ」
「……嫌なこと?」
「そう、今日のこととか……母様と父様のこととか」
昔のこと。そういえば彼女の記憶を盗み見した時にちらりと見えた、ヴィクトリアにそっくりな綺麗な人がいたが……もしかして、あの人がヴィクトリアの母親だろうか。父親の方はまだ見てないからなんとも言えないが。
「……二人とも元気なのか?心配してるだろ、こんなところにいたら。しかも悪魔と契約なんかして」
「経緯とかは知らないの?」
「ああ。こういう契約をしたって言うのは伝わってくるんだけど、こんな経緯があってとまでは当人から聞かされねぇとわかんねぇんだ」
「……そうなのね」
彼女は、ぽろぽろと零れる涙を拭いつつ、震える声で言葉を紡ぐ。
「貴方、悪魔じゃないみたい。とっても優しいのね」
「はあ?優しくねぇだろ。本当に優しかったら契約なんかしなくともお前一人くらい守ってるって」
「確かに……」
ふふ、と先程よりも幾分穏やかに笑ったヴィクトリアは、もう一度オレンジジュースを一口飲んだ。こくりと動く喉。それを見て俺も思わず息を呑む。
「なんていうか……色々あったのだけれど。仲良くない継母に命を狙われて、かくまってもらうことになったの」
「それと引換ってことか。スペルの奴も相変わらずだな」
「貴方はそんなに乗り気じゃないみたい」
ヴィクトリアは心の底からほっとしたように溜息をついた。しかし、その目にはしっかりと警戒の色が宿っている。
そんな彼女にこんなことを伝えるのは心苦しいが……。いや、そんなことを思うわけがない。この俺は、強欲のままにヴィクトリアの魂も欲しいだけだ。
「俺も狙ってるんだけどって言ったら、お前どうすんだよ」
「……うーん、困る……かな」
「それだけか?」
彼女は首をかしげて見せる。
「私の魂に価値はないと思うの。そんなものを奪い合うなんて、貴方たちの時間が無駄になるだけだと思うわ」
ヴィクトリアはへらりと笑った。俺はこの笑い方の人間を何度も見てきた。
絶望の淵に立たされながらも希望を捨てきれず、迷子になった人間の顔だ。
俺は、その希望さえも打ち砕く。それが、悪魔という種族だからだ。彼女が、悪魔に食い物にされる人間という種族だからだ。ヴィクトリアが弱いから、仕方が無い事なのだ。
「まるで他人事だな、あんた」
「……そうでもないのよ。実は逃げようとしてるって考えてたら、どうする?」
彼女は試すように言った。おそらく、言葉通り彼女は逃げようとしている。けれどそれは不可能だ。俺達悪魔に目をつけられた時点で、逃げ場などどこにもない。例えこの森から出られても、地獄の果まで追いかけてやるのだから。
「どこまでも追い詰めてやるぜ。抵抗されると支配したくなるのが悪魔の性ってやつだからな」
「悪魔も大変なのね……」
「ま、あんたみたいに抵抗するやつほど服従させて飼い慣らしたくなるんだよ。そうは見えなくとも、俺も悪魔のひとりだからな」
「そうなの?」
「そうなの」
「でも、言葉は優しいわ。他の悪魔に比べたらだけれど」
「そうかもしれねぇなぁ……俺はあんなに気が荒いわけじゃねぇし。なんだ、惚れたか?」
ヴィクトリアの手を取り、ぎゅっと握って指先にキスをする。彼女は驚いて俺を見つめ、体を固くした。やはり触れられると警戒してしまうのだろう。そう容易く心を許してくれるわけじゃなさそうだ。
そうであればあるほど、征服のしがいがある。
「そんなわけないでしょう」
「厳しーな」
「ふふ」
その笑顔がいつしか、気恥ずかしそうに頬を赤らめる照れ笑いになることを願う。いや、俺がそうさせる。誰にも譲るつもりは無い。
俺は強欲のアワリだ。欲しいものはすべて手に入れる。貴重なものは譲らない。すべて俺の物だ。
「私達、いい友達になれるといいわね」
「友達?そんなんなれると思ってんのか?」
「思ってないけど……でも、そう思わずにはいられないの。やっぱり、寂しいわ。友達が欲しい」
「ま、あんたは俺の事を友達だと思えばいいだろ?俺は一度もそんなふうには思わないけどな?」
そう言うと、ヴィクトリアは ひどいのね と呟いて拗ねた様にそっぽを向く。
「よお!帰ったぜぇ!!もう腹いっぱいだ!!」
「っ!!?」
「おう、グーラ。どっちを食ってきたんだ?」
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