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26.愛し人
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―――エリオット貴族の追放劇から後日。
グリゼルダ皇国はまさに黄金期を迎えようとしていた。
世界中からグランフェルドの奇跡を聞きつけた優秀な魔術師や気鋭の学者たちが続々と集い、彼らと共に新たな魔道具の開発や都市整備の計画に明け暮れた。
かつての先帝陛下の研究室は活気に満ちる国家魔術研究の心臓部となっていた。
「フィーナ様、首都の魔力循環システムですが、この最新の魔導回路を使えば伝達効率が格段に上がります」
工学分野の技術者が分厚い設計図を広げて熱弁する。
「お待ちください。その設計では魔力の流れが強引すぎます。我が国古来の制御術式に悪影響を及ぼしかねません」
と、伝統魔法を重んじる老魔術師が静かに指摘した。
異なる分野の専門家たちの意見がぶつかり、議論は白熱する。
皆が私に判断を仰ぐ中、私は二つの案を注意深く見比べた後、設計図に一本の線を書き加えた。
「でしたら、この中継点に古代語の『調和』のルーンを刻みましょう。最新技術で効率を最大化し、伝統的な魔法で繊細な流れを保つ。これで両立できるはずです」
「おお……!」
「なるほど、その手が!」
古代魔法と最新技術を融合させた新たな解決策に、その場にいた全員から感嘆の声が上がる。対立していたはずの二人も認め合うように固い握手を交わす。
精霊の力を借りた制御システム。
魔力循環を利用したクリーンなエネルギー供給。
こうした議論と試行錯誤の末にグリゼルダ皇国は、片隅の小国というイメージを完全に払拭し、大陸で最も先進的で豊かな国へと目覚ましい発展を遂げていった。
「フィーナ様、先日ご提案いただいた魔力循環を利用した街灯システム、実に見事でございました。夜の皇都がこれほど温かな光にあふれるとは……」
白髭を蓄えた宰相が感嘆の息を漏らしながら私に深々と頭を下げた。
彼は当初、私の宮廷魔術師長就任に最も懐疑的だった保守派の筆頭だ。
「当初はエリオットから来た若き女性に国の中枢を任せるなどと、この老いぼれは大きな懸念を抱いておりました。ですが、私の目はなんと節穴だったことか!あなた様こそ我が国に舞い降りた真の聖女でございます!」
「いえいえ、宰相閣下。皆様のご協力とこの国に根差した尊い伝統があったからこその成果です。伝統と革新、その両輪があってこそ国は前に進むのだと皆様から教わったのですから」
私の言葉に周りにいた家臣たちも深く頷き、その表情からは私への確たる信頼と心からの敬意がうかがえた。
◇◇◇
その夜も、私は山積みの資料と格闘していた。
グランフェルドから採取した植物の新たな薬効成分についての論文をまとめていた時、静かに研究室の扉が開いた。
ふわりと漂う香ばしい焼き菓子の匂い。
そして、世界で一番私を安心させてくれる愛し人の気配。
「また根を詰めてる。俺の婚約者殿は少し休み下手なんじゃないか?」
「ロイエル……。あなたこそこんな時間までお仕事?」
振り返ると呆れたような、でもこの上なく優しい顔をしたロイエルが紅茶とお菓子の乗った盆を片手に立っていた。
皇太子の公務を終えた彼はこうして毎晩私の研究室に顔を出すのが日課になっている。
「君の顔を見に来ただけだ。……ほら、休憩。母上からも、フィーナを甘やかすのが皇太子の最重要公務だって言われてるんでな」
「もう、陛下まで……」
くすくすと笑いながら立ち上がると、ロイエルは私の左手をそっと取った。彼の指が薬指にはめられたシンプルなプラチナの指輪を優しく撫でる。彼とお揃いの私たちの婚約の証。
「この指輪、ちゃんと馴染んでるか?」
「ええ。とても。これを見ていると、いつでもロイエルがそばにいてくれる気がして力が湧いてくるの」
「……俺もだ」
彼は私の手を引き、その腕の中に抱きしめた。
背中から伝わる彼の体温が一日の疲れを溶かしていく。
「お前がいるから俺は皇太子でいられる。この国の未来を信じられる。……けど、絶対に無理だけはするなよ。お前が倒れたら俺が倒れるどころか、この国が傾く」
「ふふ、大げさね。でもありがとう。じゃあ今日はもうおしまいにするわ。あなたの腕の中がどんな薬よりも効く特効薬ですもの」
「なら、もっと処方してやる」
彼は私の額に優しくキスを落とした。
そして頬に、鼻先に、とキスが降ってくる。
くすぐったくて笑い声を上げると、最後は唇に柔らかく触れられた。
これが私の日常。
これが私の幸せ。
何物にも代えがたい宝物。
◇◇◇
翌日の昼下がり。
ロイエルと共に新たな都市計画の図面を確認していると、衛兵が慌てた様子で駆け込んできた。
「申し上げます! エリオット王国よりセレスティア伯爵が謁見したいと城門に!」
グリゼルダ皇国はまさに黄金期を迎えようとしていた。
世界中からグランフェルドの奇跡を聞きつけた優秀な魔術師や気鋭の学者たちが続々と集い、彼らと共に新たな魔道具の開発や都市整備の計画に明け暮れた。
かつての先帝陛下の研究室は活気に満ちる国家魔術研究の心臓部となっていた。
「フィーナ様、首都の魔力循環システムですが、この最新の魔導回路を使えば伝達効率が格段に上がります」
工学分野の技術者が分厚い設計図を広げて熱弁する。
「お待ちください。その設計では魔力の流れが強引すぎます。我が国古来の制御術式に悪影響を及ぼしかねません」
と、伝統魔法を重んじる老魔術師が静かに指摘した。
異なる分野の専門家たちの意見がぶつかり、議論は白熱する。
皆が私に判断を仰ぐ中、私は二つの案を注意深く見比べた後、設計図に一本の線を書き加えた。
「でしたら、この中継点に古代語の『調和』のルーンを刻みましょう。最新技術で効率を最大化し、伝統的な魔法で繊細な流れを保つ。これで両立できるはずです」
「おお……!」
「なるほど、その手が!」
古代魔法と最新技術を融合させた新たな解決策に、その場にいた全員から感嘆の声が上がる。対立していたはずの二人も認め合うように固い握手を交わす。
精霊の力を借りた制御システム。
魔力循環を利用したクリーンなエネルギー供給。
こうした議論と試行錯誤の末にグリゼルダ皇国は、片隅の小国というイメージを完全に払拭し、大陸で最も先進的で豊かな国へと目覚ましい発展を遂げていった。
「フィーナ様、先日ご提案いただいた魔力循環を利用した街灯システム、実に見事でございました。夜の皇都がこれほど温かな光にあふれるとは……」
白髭を蓄えた宰相が感嘆の息を漏らしながら私に深々と頭を下げた。
彼は当初、私の宮廷魔術師長就任に最も懐疑的だった保守派の筆頭だ。
「当初はエリオットから来た若き女性に国の中枢を任せるなどと、この老いぼれは大きな懸念を抱いておりました。ですが、私の目はなんと節穴だったことか!あなた様こそ我が国に舞い降りた真の聖女でございます!」
「いえいえ、宰相閣下。皆様のご協力とこの国に根差した尊い伝統があったからこその成果です。伝統と革新、その両輪があってこそ国は前に進むのだと皆様から教わったのですから」
私の言葉に周りにいた家臣たちも深く頷き、その表情からは私への確たる信頼と心からの敬意がうかがえた。
◇◇◇
その夜も、私は山積みの資料と格闘していた。
グランフェルドから採取した植物の新たな薬効成分についての論文をまとめていた時、静かに研究室の扉が開いた。
ふわりと漂う香ばしい焼き菓子の匂い。
そして、世界で一番私を安心させてくれる愛し人の気配。
「また根を詰めてる。俺の婚約者殿は少し休み下手なんじゃないか?」
「ロイエル……。あなたこそこんな時間までお仕事?」
振り返ると呆れたような、でもこの上なく優しい顔をしたロイエルが紅茶とお菓子の乗った盆を片手に立っていた。
皇太子の公務を終えた彼はこうして毎晩私の研究室に顔を出すのが日課になっている。
「君の顔を見に来ただけだ。……ほら、休憩。母上からも、フィーナを甘やかすのが皇太子の最重要公務だって言われてるんでな」
「もう、陛下まで……」
くすくすと笑いながら立ち上がると、ロイエルは私の左手をそっと取った。彼の指が薬指にはめられたシンプルなプラチナの指輪を優しく撫でる。彼とお揃いの私たちの婚約の証。
「この指輪、ちゃんと馴染んでるか?」
「ええ。とても。これを見ていると、いつでもロイエルがそばにいてくれる気がして力が湧いてくるの」
「……俺もだ」
彼は私の手を引き、その腕の中に抱きしめた。
背中から伝わる彼の体温が一日の疲れを溶かしていく。
「お前がいるから俺は皇太子でいられる。この国の未来を信じられる。……けど、絶対に無理だけはするなよ。お前が倒れたら俺が倒れるどころか、この国が傾く」
「ふふ、大げさね。でもありがとう。じゃあ今日はもうおしまいにするわ。あなたの腕の中がどんな薬よりも効く特効薬ですもの」
「なら、もっと処方してやる」
彼は私の額に優しくキスを落とした。
そして頬に、鼻先に、とキスが降ってくる。
くすぐったくて笑い声を上げると、最後は唇に柔らかく触れられた。
これが私の日常。
これが私の幸せ。
何物にも代えがたい宝物。
◇◇◇
翌日の昼下がり。
ロイエルと共に新たな都市計画の図面を確認していると、衛兵が慌てた様子で駆け込んできた。
「申し上げます! エリオット王国よりセレスティア伯爵が謁見したいと城門に!」
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