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33.新作はソウルフード
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フェルゼ商業連合との交渉で最終的に結ばれたのは独占販売契約ではなく、連合を最優先パートナーとし、各地域で段階的に販売網を拡大していくという、アトランシアの主導権を確保した形での提携契約だった。
――――そしてここはアトランシアの郊外に広がる農地。見渡す限りの黄金色。一年前に試験的に導入した新しい作物、稲が豊かな実りを迎えた。風に揺れる稲穂の波を眺めながら、懐かしい香りを胸いっぱいに吸い込む。この世界において、米は一部の好事家が食べる程度のマイナーな穀物。多くの人々はその調理法すら知らなかった。農地管理の職員が困惑したように、
「見事なものですね、市長。ですが、これをどうやって食べるものか……パンのように焼くわけにもいきませんし」
「心配いりません。このお米でアトランシアに新しい食文化を根付かせます」
その足で私が向かったのは、すっかり街の憩いの場として定着した食堂『ひだまり亭』。
「米だって? ああ、知ってるよ。貴族様が物珍しさで食べるっていうあの白い粒だろ。調理が面倒だって話じゃないか」
「だからこそ良い考えがあるんです。ミランダさん、あなたのアイデアを貸してほしいの。鉱夫や工員たちが仕事の合間に片手で食べられて、冷めても美味しく、お腹にたまる……そんな新しい携帯食を一緒に作りましょう」
私は前世では誰もが知る、シンプルにして最強のソウルフードを提案した。その名は『おにぎり』。最初は半信半疑だったミランダだが、実際に作ってみせた塩むすびを一口食べるなり、
「……なるほどね。こいつは面白い! 米の甘みを塩が引き立てて……シンプルだけど奥が深い。よし、乗ったよ!最高の『おにぎり』とやらを作ってやろうじゃないか!」
そこからの私たちはまさに水を得た魚。アトランシアで手に入る食材を使い、次々と新しい具材の試作に取り掛かった。塩漬けにして炙った猪肉、川魚を燻製にしてほぐしたもの、甘辛く煮詰めたキノコの佃煮、刻んだ野菜のピクルスを混ぜ込んだもの。厨房には湯気と共に私たちの笑い声が満ちていた。
数日後。『ひだまり亭』の店先に「本日のおすすめ! 新名物おにぎり!」と書かれた看板が掲げられた。昼時になり、労働者や市庁舎の職員たちが続々と店にやってくる。
「おにぎり?なんだそりゃ?」
「米を握り固めたもんだってよ。試しに頼んでみようぜ」
物珍しさから注文した客たちは、運ばれてきた三角形の塊を不思議そうに眺めている。一人がかぶりついた瞬間、店の空気が変わった。
「うめぇ!なんだこれ!塩気の効いた肉と米がめちゃくちゃ合うぞ!」
「こっちの魚も香ばしくて最高だ!パンより腹持ちも良さそうだぜ!」
その声に釣られるように、次々と賞賛の声が上がる。気軽に食べられる手軽さが労働者たちに大いに受けた。女性たちは「子供のお弁当にちょうどいいね」と微笑み合い、あっという間におにぎりは店の看板メニューとなった。
夕暮れ時、一人の男性が静かに店に入ってきた。隣領の伯爵、シオン。彼は公務の合間を縫っては、こうして時折アトランシアに顔を出すのが日常となっていた。
「街がやけに活気づいていると思えば、また君が何か仕掛けたようだな」
「ええ。伯爵もいかがですか? アトランシアの新しい名物です」
「ほう、ではそれをいただこうか」
私が差し出したのは数種類のおにぎりを乗せた皿。彼は無言で一番シンプルな塩むすびを手に取ると、少しだけ躊躇うように口元へ運んだ。
「……派手さはないのに手が止まらない。これは危険だな」
「ふふ、ようこそ。アトランシア新名物“気づいたら無くなる”へ」
二人で笑い合う。彼はもう一口、さらにもう一口と夢中でおにぎりを頬張っていく。その姿に思わず私の口元も綻んだ。あっという間に一つを食べ終えた彼は、どこか名残惜しそうに自分の手を見つめていた。
「これからも楽しみにしている」
「え?」
「君という羅針盤が次に何を指し示すのかを」
そう言うと、今度はキノコの佃煮が入ったおにぎりを頬張る。黄金色の夕日が差し込む店内で私たちはゆっくりと語らい合った。
――――そしてここはアトランシアの郊外に広がる農地。見渡す限りの黄金色。一年前に試験的に導入した新しい作物、稲が豊かな実りを迎えた。風に揺れる稲穂の波を眺めながら、懐かしい香りを胸いっぱいに吸い込む。この世界において、米は一部の好事家が食べる程度のマイナーな穀物。多くの人々はその調理法すら知らなかった。農地管理の職員が困惑したように、
「見事なものですね、市長。ですが、これをどうやって食べるものか……パンのように焼くわけにもいきませんし」
「心配いりません。このお米でアトランシアに新しい食文化を根付かせます」
その足で私が向かったのは、すっかり街の憩いの場として定着した食堂『ひだまり亭』。
「米だって? ああ、知ってるよ。貴族様が物珍しさで食べるっていうあの白い粒だろ。調理が面倒だって話じゃないか」
「だからこそ良い考えがあるんです。ミランダさん、あなたのアイデアを貸してほしいの。鉱夫や工員たちが仕事の合間に片手で食べられて、冷めても美味しく、お腹にたまる……そんな新しい携帯食を一緒に作りましょう」
私は前世では誰もが知る、シンプルにして最強のソウルフードを提案した。その名は『おにぎり』。最初は半信半疑だったミランダだが、実際に作ってみせた塩むすびを一口食べるなり、
「……なるほどね。こいつは面白い! 米の甘みを塩が引き立てて……シンプルだけど奥が深い。よし、乗ったよ!最高の『おにぎり』とやらを作ってやろうじゃないか!」
そこからの私たちはまさに水を得た魚。アトランシアで手に入る食材を使い、次々と新しい具材の試作に取り掛かった。塩漬けにして炙った猪肉、川魚を燻製にしてほぐしたもの、甘辛く煮詰めたキノコの佃煮、刻んだ野菜のピクルスを混ぜ込んだもの。厨房には湯気と共に私たちの笑い声が満ちていた。
数日後。『ひだまり亭』の店先に「本日のおすすめ! 新名物おにぎり!」と書かれた看板が掲げられた。昼時になり、労働者や市庁舎の職員たちが続々と店にやってくる。
「おにぎり?なんだそりゃ?」
「米を握り固めたもんだってよ。試しに頼んでみようぜ」
物珍しさから注文した客たちは、運ばれてきた三角形の塊を不思議そうに眺めている。一人がかぶりついた瞬間、店の空気が変わった。
「うめぇ!なんだこれ!塩気の効いた肉と米がめちゃくちゃ合うぞ!」
「こっちの魚も香ばしくて最高だ!パンより腹持ちも良さそうだぜ!」
その声に釣られるように、次々と賞賛の声が上がる。気軽に食べられる手軽さが労働者たちに大いに受けた。女性たちは「子供のお弁当にちょうどいいね」と微笑み合い、あっという間におにぎりは店の看板メニューとなった。
夕暮れ時、一人の男性が静かに店に入ってきた。隣領の伯爵、シオン。彼は公務の合間を縫っては、こうして時折アトランシアに顔を出すのが日常となっていた。
「街がやけに活気づいていると思えば、また君が何か仕掛けたようだな」
「ええ。伯爵もいかがですか? アトランシアの新しい名物です」
「ほう、ではそれをいただこうか」
私が差し出したのは数種類のおにぎりを乗せた皿。彼は無言で一番シンプルな塩むすびを手に取ると、少しだけ躊躇うように口元へ運んだ。
「……派手さはないのに手が止まらない。これは危険だな」
「ふふ、ようこそ。アトランシア新名物“気づいたら無くなる”へ」
二人で笑い合う。彼はもう一口、さらにもう一口と夢中でおにぎりを頬張っていく。その姿に思わず私の口元も綻んだ。あっという間に一つを食べ終えた彼は、どこか名残惜しそうに自分の手を見つめていた。
「これからも楽しみにしている」
「え?」
「君という羅針盤が次に何を指し示すのかを」
そう言うと、今度はキノコの佃煮が入ったおにぎりを頬張る。黄金色の夕日が差し込む店内で私たちはゆっくりと語らい合った。
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