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55.帝国の経済戦争
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模倣品騒動から一週間後、市長室には重苦しい沈黙が漂っていた。私の机の前には焦りを隠せない表情のダビデと、調査から戻ったばかりのオドネルが立っている。
「市長殿、事態は想定以上に深刻じゃ……。『アトラ・ワークス』の製造ラインが、今日の朝から完全にストップしておる」
「ラインが止まった? 魔鉱鉄の備蓄は十分に確保しているはずよ。働く人たちの健康管理も万全なはず」
「鉄はある。作業員もやる気だ。だが……『繋ぎ』がないのじゃ」
ダビデは悔しそうに帽子を握りしめた。
「魔鉱鉄の強い魔力を回路として安定させるには特殊な触媒がいる。南方の密林地帯でのみ採取される『精霊樹の樹脂』だ。あれがなけりゃ、魔導具はただの魔力を帯びた鉄屑になっちまう。……その在庫が尽きた」
「在庫管理の不手際? まさか」
「いや、定期便が来る手筈になっておった。だが、取引先の商会から急に契約破棄の連絡が入ったんじゃ。『アトランシアにはもう一滴も売れない』とな」
嫌な予感が背筋を駆け抜ける。私は視線をオドネルに向けた。彼は無言で一枚の報告書を差し出した。
「お嬢様、裏が取れました。……帝国の仕業ですぞ」
その単語が出た瞬間、室内の温度が数度下がったかのように感じられた。
「大陸随一の財力を誇る『ガレリア帝国』。彼らが資金に物を言わせ、市場に出回っている『精霊樹の樹脂』をすべて買い占めました。提示額は相場の五倍。中小の商会のみならず、長年懇意にしていた仕入先さえ、札束で頬を叩かれて屈したようですな」
オドネルの淡々とした報告に、ダビデが机を強く叩いた。
「なんてことじゃ……! 材料の供給を断つことで、こちらの生産能力を削ぐ気か」
「ええ。それだけじゃないわ」
私は組み上げた指に顎を乗せ、冷徹に状況を分析する。
「あの『合法的な模倣品』。本家である私たちが製品を作れなくなれば、市場には必然的に空白地帯が生まれる。そこへあのコピー商品を大量に流し込むつもりよ」
「……アトランシアブランドの信用失墜と市場の乗っ取り。二重の罠というわけですか」
オドネルの言葉に、私は静かに頷いた。
王国の復興支援によりアトランシアの影響力が拡大したことを、帝国は明確な脅威と考えたらしい。これは単なる商売敵への嫌がらせではない。国家レベルの経済封鎖、事実上の宣戦布告。
窓の外、遠くに見える工場の煙突からは立ち上っているはずの煙が上がっていない。
「くそっ……! あの樹脂の代用になる素材なんぞ、そう簡単には見つからんぞ。これじゃあ、座して死を待つようなもんじゃ」
ダビデが悔しさを滲ませて嘆く。私は椅子から立ち上がり、窓に映る自分の瞳を見据えた。
「道が塞がれたなら、新しい道を創ればいい。それがアトランシアのやり方よ」
振り返り、頼れる仲間たちの顔を一人一人見渡した。
「帝国は金で買えるすべてを封じたつもりでしょうけれど計算違いが一つあるわ。――私たちが前例踏襲を最も嫌う街だってことをね」
買えないなら見つけ出すまで。奪われるなら創り出すまで。巨大帝国の圧力などこの街の発展を阻む壁にはなり得ない。アトランシアの市長としてこの経済戦争、真っ向から受けて立つ覚悟を決めた。
「市長殿、事態は想定以上に深刻じゃ……。『アトラ・ワークス』の製造ラインが、今日の朝から完全にストップしておる」
「ラインが止まった? 魔鉱鉄の備蓄は十分に確保しているはずよ。働く人たちの健康管理も万全なはず」
「鉄はある。作業員もやる気だ。だが……『繋ぎ』がないのじゃ」
ダビデは悔しそうに帽子を握りしめた。
「魔鉱鉄の強い魔力を回路として安定させるには特殊な触媒がいる。南方の密林地帯でのみ採取される『精霊樹の樹脂』だ。あれがなけりゃ、魔導具はただの魔力を帯びた鉄屑になっちまう。……その在庫が尽きた」
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その単語が出た瞬間、室内の温度が数度下がったかのように感じられた。
「大陸随一の財力を誇る『ガレリア帝国』。彼らが資金に物を言わせ、市場に出回っている『精霊樹の樹脂』をすべて買い占めました。提示額は相場の五倍。中小の商会のみならず、長年懇意にしていた仕入先さえ、札束で頬を叩かれて屈したようですな」
オドネルの淡々とした報告に、ダビデが机を強く叩いた。
「なんてことじゃ……! 材料の供給を断つことで、こちらの生産能力を削ぐ気か」
「ええ。それだけじゃないわ」
私は組み上げた指に顎を乗せ、冷徹に状況を分析する。
「あの『合法的な模倣品』。本家である私たちが製品を作れなくなれば、市場には必然的に空白地帯が生まれる。そこへあのコピー商品を大量に流し込むつもりよ」
「……アトランシアブランドの信用失墜と市場の乗っ取り。二重の罠というわけですか」
オドネルの言葉に、私は静かに頷いた。
王国の復興支援によりアトランシアの影響力が拡大したことを、帝国は明確な脅威と考えたらしい。これは単なる商売敵への嫌がらせではない。国家レベルの経済封鎖、事実上の宣戦布告。
窓の外、遠くに見える工場の煙突からは立ち上っているはずの煙が上がっていない。
「くそっ……! あの樹脂の代用になる素材なんぞ、そう簡単には見つからんぞ。これじゃあ、座して死を待つようなもんじゃ」
ダビデが悔しさを滲ませて嘆く。私は椅子から立ち上がり、窓に映る自分の瞳を見据えた。
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