57 / 70
57.市民からのアイデア
しおりを挟む
翌日、私の指示は市全域へと布告された。市庁舎前の広場に巨大な掲示板が設置され、そこにはこう書かれた。
『アトランシア市民の皆様へ。私たちの『アトラ・ワークス』をより良くするためのアイデアを募集します。専門知識は不要です。あなたが思う「もっとこうだったらいいな」を教えてください! 市長 ルティア・ヴェルフェン』
「なんのご冗談か! 魔導工学の専門家が束になっても解けぬ難問を素人に解けるはずが……!」
ダビデが反論するが、私は静かに首を振った。
「だからこそなの。専門知識という『常識』が、かえって皆さんの視野を狭めているのかもしれない。私たちが欲しいのは突拍子もない、魔法を知らないからこそ生まれる自由な発想。この街は市民一人ひとりの手で創られてきたのだから」
翌日から市庁舎には予想を遥かに超える数の投書が届き始めた。
「『鉄に果汁を混ぜてはどうか』、『祈りを込めて叩けば直る』……。どいつもこいつも好き勝手を書きおって。……じゃが、文面からみな本気で良くしたいという思いが伝わってくるのう」
ダビデはぶつくさと文句を漏らしながらも、一枚一枚丁寧に目を通した。ある一枚の紙でふと止まる。
「……『織物工房の老婆』からの提案? 『糸が絡まるのは無理に引っ張るからだ。よりをかければ糸は強く、素直になる。魔力も編み込んでやればいいのではないか』……だと?」
魔導工学の知識と老婆の生活の知恵が激しく火花を散らし、融合していく。
「……『編み込む』……そうか、抑制するのではない、循環させるのか!」
彼は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、黒板に猛烈な勢いで数式を書き殴り始めた。
「樹脂で魔力を『吸収』しようとするから飽和するのじゃ。だが、複数の魔導線を螺旋状に編み込み、魔力を『相殺』しつつ循環させれば……理論上、触媒など不要になる! いや、それどころか出力効率は跳ね上がるぞ!」
その叫びを皮切りに沈滞していた部屋の空気が劇的に変わった。
「運送者からの提案にあった『荷崩れしないロープの結び方』、あれは魔導回路の結節点に応用できそうです! きつく縛るより、遊びを持たせたほうが衝撃を吸収できるなんて!」
「おい、農家が書いた『棚田の原理』を見ろ! 魔力を一気に流すから暴走するんだ。階段状に段差をつけて圧を分散させれば、負荷を減らせるはず!」
専門家たちが陥っていた「常識」という名の迷路。その壁を打ち砕いたのは、毎日の生活を直感と工夫で生き抜く市民たちの、飾り気のない言葉。
「ダビデさん。これがアトランシアの力です」
「一本取られたわい。わしらの頭こそが一番固い錆びついた鉄屑じゃったというわけか!」
そこからの進展はまるで堰を切った激流のようだった。市民のアイデアを核に、技術者たちが理論で補強し、魔術師たちが命を吹き込む。
そして数日後の早朝。朝霧が晴れゆく開発室の中心で、一台の魔導具が静かな唸り声を上げていた。
「完成じゃ……。帝国製の模倣品はもちろん、かつての我々の製品すら過去にする樹脂不用の次世代型魔導具『アトラ・ワークスⅡ』!」
歓声が上がる中、私はこの街に住む人々の知恵と情熱が宿った魔導具に触れた。これが帝国の横暴に対する、アトランシア市民全員で掴み取った勝利の証――――。
「さあ、反撃を始めましょう。アトランシアの底力を世界中に見せつける時よ」
私の宣言に開発室の全員が力強く拳を突き上げた。
『アトランシア市民の皆様へ。私たちの『アトラ・ワークス』をより良くするためのアイデアを募集します。専門知識は不要です。あなたが思う「もっとこうだったらいいな」を教えてください! 市長 ルティア・ヴェルフェン』
「なんのご冗談か! 魔導工学の専門家が束になっても解けぬ難問を素人に解けるはずが……!」
ダビデが反論するが、私は静かに首を振った。
「だからこそなの。専門知識という『常識』が、かえって皆さんの視野を狭めているのかもしれない。私たちが欲しいのは突拍子もない、魔法を知らないからこそ生まれる自由な発想。この街は市民一人ひとりの手で創られてきたのだから」
翌日から市庁舎には予想を遥かに超える数の投書が届き始めた。
「『鉄に果汁を混ぜてはどうか』、『祈りを込めて叩けば直る』……。どいつもこいつも好き勝手を書きおって。……じゃが、文面からみな本気で良くしたいという思いが伝わってくるのう」
ダビデはぶつくさと文句を漏らしながらも、一枚一枚丁寧に目を通した。ある一枚の紙でふと止まる。
「……『織物工房の老婆』からの提案? 『糸が絡まるのは無理に引っ張るからだ。よりをかければ糸は強く、素直になる。魔力も編み込んでやればいいのではないか』……だと?」
魔導工学の知識と老婆の生活の知恵が激しく火花を散らし、融合していく。
「……『編み込む』……そうか、抑制するのではない、循環させるのか!」
彼は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、黒板に猛烈な勢いで数式を書き殴り始めた。
「樹脂で魔力を『吸収』しようとするから飽和するのじゃ。だが、複数の魔導線を螺旋状に編み込み、魔力を『相殺』しつつ循環させれば……理論上、触媒など不要になる! いや、それどころか出力効率は跳ね上がるぞ!」
その叫びを皮切りに沈滞していた部屋の空気が劇的に変わった。
「運送者からの提案にあった『荷崩れしないロープの結び方』、あれは魔導回路の結節点に応用できそうです! きつく縛るより、遊びを持たせたほうが衝撃を吸収できるなんて!」
「おい、農家が書いた『棚田の原理』を見ろ! 魔力を一気に流すから暴走するんだ。階段状に段差をつけて圧を分散させれば、負荷を減らせるはず!」
専門家たちが陥っていた「常識」という名の迷路。その壁を打ち砕いたのは、毎日の生活を直感と工夫で生き抜く市民たちの、飾り気のない言葉。
「ダビデさん。これがアトランシアの力です」
「一本取られたわい。わしらの頭こそが一番固い錆びついた鉄屑じゃったというわけか!」
そこからの進展はまるで堰を切った激流のようだった。市民のアイデアを核に、技術者たちが理論で補強し、魔術師たちが命を吹き込む。
そして数日後の早朝。朝霧が晴れゆく開発室の中心で、一台の魔導具が静かな唸り声を上げていた。
「完成じゃ……。帝国製の模倣品はもちろん、かつての我々の製品すら過去にする樹脂不用の次世代型魔導具『アトラ・ワークスⅡ』!」
歓声が上がる中、私はこの街に住む人々の知恵と情熱が宿った魔導具に触れた。これが帝国の横暴に対する、アトランシア市民全員で掴み取った勝利の証――――。
「さあ、反撃を始めましょう。アトランシアの底力を世界中に見せつける時よ」
私の宣言に開発室の全員が力強く拳を突き上げた。
1
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした
鍛高譚
恋愛
婚約破棄――
それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。
理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、
失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。
――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。
領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった
“生きるために本当に必要なもの”に向き合い、
誠実に、地道に改革を進めていく。
やがてその努力は住民たちの信頼を集め、
彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。
そんな彼女の隣に立ったのは、
権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。
過去に囚われる者は没落し、
前を向いた者だけが未来を掴む――。
婚約破棄から始まる逆転の物語は、
やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、
誰もが望む結末へと辿り着く。
これは、捨てられた令嬢が
自らの手で人生と未来を取り戻す物語。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました
かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。
だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか——
「では、実家に帰らせていただきますね」
そう言い残し、静かにその場を後にした。
向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。
かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。
魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都——
そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、
アメリアは静かに告げる。
「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」
聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、
世界の運命すら引き寄せられていく——
ざまぁもふもふ癒し満載!
婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アプリリア・フォン・ロズウェルは、王太子ルキノ・エドワードとの幸せな婚約生活を夢見ていた。
しかし、王宮のパーティーで突然、ルキノから公衆の面前で婚約破棄を宣告される。
理由は「性格が悪い」「王妃にふさわしくない」という、にわかには信じがたいもの。
さらに、新しい婚約者候補として名指しされたのは、アプリリアの異母妹エテルナだった。
絶望の淵に突き落とされたアプリリア。
破棄の儀式の最中、突如として前世の記憶が蘇り、
彼女の中に眠っていた「真の聖女の力」――強力な治癒魔法と予知能力が覚醒する。
王宮を追われ、辺境の荒れた領地へ左遷されたアプリリアは、
そこで自立を誓い、聖女の力で領民を癒し、土地を豊かにしていく。
そんな彼女の前に現れたのは、王国最強の冷徹騎士団長ガイア・ヴァルハルト。
魔物の脅威から領地を守る彼との出会いが、アプリリアの運命を大きく変えていく。
一方、王宮ではエテルナの「偽りの聖女の力」が露呈し始め、
ルキノの無能さが明るみに出る。
エテルナの陰謀――偽手紙、刺客、魔物の誘導――が次々と暴かれ、
王国は混乱の渦に巻き込まれる。
アプリリアはガイアの愛を得て、強くなっていく。
やがて王宮に招かれた彼女は、聖女の力で王国を救い、
エテルナを永久追放、ルキノを王位剥奪へと導く。
偽りの妹は孤独な追放生活へ、
元婚約者は権力を失い後悔の日々へ、
取り巻きの貴族令嬢は家を没落させ貧困に陥る。
そしてアプリリアは、愛するガイアと結婚。
辺境の領地は王国一の繁栄地となり、
二人は子に恵まれ、永遠の幸せを手にしていく――。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました
ふわふわ
恋愛
王太子フィリオンとの婚約を、
「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された令嬢・セラフィナ。
代わりに選ばれたのは、
庇護されるだけの“愛される女性”ノエリアだった。
失意の中で王国を去ったセラフィナが向かった先は、
冷徹と噂される公爵カルヴァスが治めるシュタインベルク公国。
そこで提示されたのは――
愛も期待もしない「白い結婚」。
感情に振り回されず、
責任だけを共有する関係。
それは、誰かに選ばれる人生を終わらせ、
自分で立つための最適解だった。
一方、セラフィナを失った王国は次第に歪み始める。
彼女が支えていた外交、調整、均衡――
すべてが静かに崩れていく中、
元婚約者たちは“失ってから”その価値に気づいていく。
けれど、もう遅い。
セラフィナは、
騒がず、怒らず、振り返らない。
白い結婚の先で手に入れたのは、
溺愛でも復讐でもない、
何も起きない穏やかな日常。
これは、
婚約破棄から始まるざまぁの物語であり、
同時に――
選ばれる人生をやめ、選び続ける人生を手に入れた女性の物語。
静かで、強くて、揺るがない幸福を、あなたへ。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる