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動揺と衝突
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あれからどれほど同じ朝を迎えただろう。グラントが戦争の地から連れてきた細身の女性ヴィーネ――彼女との同居生活は日を追うごとに私の心を蝕んでいく。夫は相変わらず夜になるとヴィーネを抱きしめて眠っている。私の寝室は広いはずなのにどこか息苦しく、孤独と嫉妬を抑えられず涙に暮れる夜が続いていた。
とはいえ、あの戦地で何があったのかを理解しようと、私は懸命に努めもした。両親を失ったヴィーネを憎むべきではない、そう何度も自分に言い聞かせてきた。
思い返せば戦時下で親をなくし、頼る先もなく放り出されるなど、想像を絶する苦しみだったに違いない。グラントはそんな彼女を放っておけず、すがるように依存し合ってきたのだろう。それだけ過酷な状況だったのだと理性で理解はしている。
けれど、実際に目の前でくり広げられる光景は、私の理性と感情を別々に引き裂くかのようだ。グラントとヴィーネが言葉少なに見つめ合うとき、私はどんな表情でそこにいればいいのだろう。嫉妬と疑念の狭間で、私の心は激しく揺れ動く。
時折、私は家の片隅で、こぼれる想いを呪文のように自問する――「私がこれを受け入れるのは、正しいの?」と。
◇◇◇
朝、いつも通り微妙な空気のもと目を覚ます。身体は重く、まぶたは腫れぼったい。夜遅くまで眠れず、明け方にようやくうとうと寝ついたせいだ。寝室を出ると、台所からはヴィーネが朝食の支度をしている気配がした。
「あなたの立場が――私が本来するべきことを……」そんな思いが胸に湧き上がるが、いちいち顔に出しては大人げない。私は平静を装って台所に足を運んだ。
「おはよう、ヴィーネ。朝早いのね」
「あっ、リリアナさん。おはようございます。今日は少し早起きしたので、パンを温めてスープを温め直していただけですよ」
ヴィーネは意外にもはきはきと声を発した。ここ数日は随分と家事に慣れてきた様子で、台所をテキパキと動き回っている。家のことをやりたがるのは、役に立たなければという思いの表れなのかもしれない。彼女なりに必死で居場所を確保しようとしているのだろう。
「そう……。ありがとう。助かるわ」
久しぶりに素直に礼を述べた。するとヴィーネは「いえ、そんな……」とまた遠慮がちに笑う。私はその笑顔を見て、気の毒に思えた。怯えた小動物が懸命に自分を許してもらおうとしているようにも見える。心に芽生える不快感を完全には拭い去れない自分に嫌悪を感じる。
少しばかりの沈黙のあと、私はふと気づいた。そういえば今朝はグラントの姿を見かけない。いつもなら庭で少し体を動かしたり、あるいは居間でぼんやりしていたりするはずなのだが。
「ねえ、ヴィーネ。グラントを見なかった? いつもわりと早く起きてるんだけど」
「あ、はい。体調が悪いって、さっき言われて……今、まだベッドの中にいらっしゃいます」
「体調が悪い? どうしたの? 熱でもあるのかしら」
「熱はなさそうですけど、頭痛がひどいって。それから胸が息苦しいと……」
胸騒ぎがする。グラントが戦地で何か大きな怪我を負ったという話は聞いていないが、精神的な負担はとてつもないはずだ。私は急いで寝室に向かった。ほんの数メートル歩く間にも、どこか不吉な予感が募る。ドアを開けると、グラントはベッドの上で横になり、腕で目元を覆っていた。
「グラント……大丈夫?」
私がそばに駆け寄ると、彼はうっすらと目を開け表情を歪める。
「……リリアナ……ごめん。朝から動けなくて」
「そんな、謝ることなんてないわ。頭が痛いの?」
「うん……わけもなく酷い痛みが……。それに胸が苦しくて……息が詰まるような、そんな感じがするんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私は戦争の後遺症――心の傷が深く影響しているのではないかと直感した。村の医師の話では戦争から帰ってきた人が夜な夜なうなされたり、パニックに陥って呼吸が乱れたりといった事例は珍しくないと聞いていた。
「無理に起き上がらなくていいわ。少しでも休んで。私、何か薬草入りのハーブティーを用意するから」
「……ありがとう」
弱々しい彼の声が胸に響く。久しぶりに、私の中にある"妻"としての保護欲が目覚めるのを感じた。彼が私を必要としてくれている――その思いは少なからず心を安定させてくれる。ベッド脇で彼の手を握りながら、静かに呼吸を促した。するとふと、ドアの外に人の気配を感じる。振り返るとヴィーネが心配そうにこちらを見ていた。
「ごめんね。グラントが具合悪いみたいだから、あとで朝食運ぶわ」
私がそう声をかけると、ヴィーネは伏し目がちにうなずく。
「はい……私も何かお手伝いできることがあれば……透き通るスープを作ろうと思うんですけど……」
「ええ、お願いできるかしら? 今日はグラントの体が第一だから」
互いに視線を交わし合い、また微妙な空気が流れる。結局、ヴィーネはほとんど言葉を交わすことなく、寝室のドアをそっと閉めた。私は胸がちくりとした。彼女が手伝いを申し出てくれたのはありがたいが、夫の看病まで奪われてしまうのではないかと、瞬間的に身構えてしまう自分がいる。そんな自分の心の狭さを噛みしめていた。
とはいえ、あの戦地で何があったのかを理解しようと、私は懸命に努めもした。両親を失ったヴィーネを憎むべきではない、そう何度も自分に言い聞かせてきた。
思い返せば戦時下で親をなくし、頼る先もなく放り出されるなど、想像を絶する苦しみだったに違いない。グラントはそんな彼女を放っておけず、すがるように依存し合ってきたのだろう。それだけ過酷な状況だったのだと理性で理解はしている。
けれど、実際に目の前でくり広げられる光景は、私の理性と感情を別々に引き裂くかのようだ。グラントとヴィーネが言葉少なに見つめ合うとき、私はどんな表情でそこにいればいいのだろう。嫉妬と疑念の狭間で、私の心は激しく揺れ動く。
時折、私は家の片隅で、こぼれる想いを呪文のように自問する――「私がこれを受け入れるのは、正しいの?」と。
◇◇◇
朝、いつも通り微妙な空気のもと目を覚ます。身体は重く、まぶたは腫れぼったい。夜遅くまで眠れず、明け方にようやくうとうと寝ついたせいだ。寝室を出ると、台所からはヴィーネが朝食の支度をしている気配がした。
「あなたの立場が――私が本来するべきことを……」そんな思いが胸に湧き上がるが、いちいち顔に出しては大人げない。私は平静を装って台所に足を運んだ。
「おはよう、ヴィーネ。朝早いのね」
「あっ、リリアナさん。おはようございます。今日は少し早起きしたので、パンを温めてスープを温め直していただけですよ」
ヴィーネは意外にもはきはきと声を発した。ここ数日は随分と家事に慣れてきた様子で、台所をテキパキと動き回っている。家のことをやりたがるのは、役に立たなければという思いの表れなのかもしれない。彼女なりに必死で居場所を確保しようとしているのだろう。
「そう……。ありがとう。助かるわ」
久しぶりに素直に礼を述べた。するとヴィーネは「いえ、そんな……」とまた遠慮がちに笑う。私はその笑顔を見て、気の毒に思えた。怯えた小動物が懸命に自分を許してもらおうとしているようにも見える。心に芽生える不快感を完全には拭い去れない自分に嫌悪を感じる。
少しばかりの沈黙のあと、私はふと気づいた。そういえば今朝はグラントの姿を見かけない。いつもなら庭で少し体を動かしたり、あるいは居間でぼんやりしていたりするはずなのだが。
「ねえ、ヴィーネ。グラントを見なかった? いつもわりと早く起きてるんだけど」
「あ、はい。体調が悪いって、さっき言われて……今、まだベッドの中にいらっしゃいます」
「体調が悪い? どうしたの? 熱でもあるのかしら」
「熱はなさそうですけど、頭痛がひどいって。それから胸が息苦しいと……」
胸騒ぎがする。グラントが戦地で何か大きな怪我を負ったという話は聞いていないが、精神的な負担はとてつもないはずだ。私は急いで寝室に向かった。ほんの数メートル歩く間にも、どこか不吉な予感が募る。ドアを開けると、グラントはベッドの上で横になり、腕で目元を覆っていた。
「グラント……大丈夫?」
私がそばに駆け寄ると、彼はうっすらと目を開け表情を歪める。
「……リリアナ……ごめん。朝から動けなくて」
「そんな、謝ることなんてないわ。頭が痛いの?」
「うん……わけもなく酷い痛みが……。それに胸が苦しくて……息が詰まるような、そんな感じがするんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私は戦争の後遺症――心の傷が深く影響しているのではないかと直感した。村の医師の話では戦争から帰ってきた人が夜な夜なうなされたり、パニックに陥って呼吸が乱れたりといった事例は珍しくないと聞いていた。
「無理に起き上がらなくていいわ。少しでも休んで。私、何か薬草入りのハーブティーを用意するから」
「……ありがとう」
弱々しい彼の声が胸に響く。久しぶりに、私の中にある"妻"としての保護欲が目覚めるのを感じた。彼が私を必要としてくれている――その思いは少なからず心を安定させてくれる。ベッド脇で彼の手を握りながら、静かに呼吸を促した。するとふと、ドアの外に人の気配を感じる。振り返るとヴィーネが心配そうにこちらを見ていた。
「ごめんね。グラントが具合悪いみたいだから、あとで朝食運ぶわ」
私がそう声をかけると、ヴィーネは伏し目がちにうなずく。
「はい……私も何かお手伝いできることがあれば……透き通るスープを作ろうと思うんですけど……」
「ええ、お願いできるかしら? 今日はグラントの体が第一だから」
互いに視線を交わし合い、また微妙な空気が流れる。結局、ヴィーネはほとんど言葉を交わすことなく、寝室のドアをそっと閉めた。私は胸がちくりとした。彼女が手伝いを申し出てくれたのはありがたいが、夫の看病まで奪われてしまうのではないかと、瞬間的に身構えてしまう自分がいる。そんな自分の心の狭さを噛みしめていた。
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