【完結】夫が他の女性を抱きしめないと眠れません

遠野エン

文字の大きさ
12 / 30
動揺と衝突

4

しおりを挟む
翌日、私はひとりで村の外れにある小さな礼拝堂へ向かった。ここ数日は家からほとんど出ずにいたが、もう限界を感じていた。

礼拝堂には神父がいて、村人たちの心の救いや相談相手になってくれる。この地に暮らす者なら、悩みがあるときに神父の元を訪れるのは珍しいことではない。多くを望むわけではないが誰かに聞いてほしかった。夫やヴィーネには言えない独り言を神父が受け止めてくれるなら――そう思ったのだ。

木製の扉を開けると、礼拝堂はひんやりとした空気に包まれていた。祭壇に神父の姿はなく、奥の方から小さな物音がするだけ。ベンチに腰を下ろし手を組んで目を閉じる。黙祷のつもりだったが、脳裏にはさまざまな想いが渦巻いて止まらない。

「お困りですか、リリアナさん」

聞き慣れた声に顔を上げると、神父が優しい眼差しでこちらを見ていた。幼い頃から知っている神父は村の人々のいろいろな悲喜こもごもに耳を傾け、指針を与えてきた人だ。口外しない信頼感があるからこそ、少しだけ気が楽になった。

「神父さま。私、どうしても話を聞いてほしくて……」

「ええ、遠慮なくお話しなさい。神も私も、あなたの心を咎(とが)めたりはしませんよ」

神父の柔らかな声に少しずつ胸の奥を打ち明け始めた。夫が戦争から女性を連れて帰ってきたこと、その女性を抱きしめないと眠れないこと、村の人々の噂や、私の中の嫉妬や葛藤――あまりに重たい話だと思ったが神父は静かに耳を傾けた。

「……という状況でどうすればいいのか本当にわからないんです」

ひとしきり語り終えると、自分でも驚くほど涙があふれていた。神父はハンカチを差し出しながら、静かに言葉を継ぐ。

「辛かったでしょうね。あなたの心は嵐の海に帆も舵もないまま投げ出されたような状態でしょう。まずはご主人の心の傷、そしてその女性の境遇への理解が必要です。ただしあなたが全てを受け止めようとすると、あなたの心が疲れ果てるかもしれない」

「はい。正直、もう限界なんです。頭ではわかっていても感情がついていかなくて……」

涙をぬぐいながら神父を見つめる。何か救いの言葉を、と期待する自分がいる。すると神父はゆっくりと穏やかだが厳粛なトーンで言った。

「人は誰しも重い荷物を背負うとき、誰かと分かち合わなければ倒れてしまうものです。あなたのご主人もその女性も、戦争で心を疲弊させている。彼らにとっては共依存に近い関係が今は必要なのかもしれない」

「共依存……」

その言葉を聞いたとき、私ははっとした。“共依存”――確かにそうかもしれない。彼らはお互いの痛みを補うように離れられない状態なのだ。でもそんなことが永遠に続くとは考えられない。もし共依存の関係が深刻化すれば、いつか両者とも潰れてしまうのではないかという不安もある。

「大事なのはどこかで正しい形へ修復されること。あなた一人で解決できないかもしれない。自分を見失わないように冷静な気持ちを保つことが大切です。もしも苦しいときはまたここに来てください」

神父の言葉は答えを与えてくれるというよりは、私の視界を少しだけ広げてくれたように思えた。二人は共依存関係にある。その事実をまず受け止め、そこからどう抜け出すか――それこそがこれからの課題なのだろう。私は深呼吸をして神父に頭を下げた。

「ありがとうございます。もう少し私なりに頑張ってみます」

神父は慈しむように微笑んでくれた。そのまま礼拝堂を後にする。晴れ渡った空を見上げても、心はまだ雲の中にいるように感じた。それでも足元が少しだけ軽くなったのは確かだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...