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動揺と衝突
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家に戻るとグラントが居間でぼんやりと腰かけていた。ヴィーネの姿は見当たらない。私は首を傾げながら「ただいま」と声をかけると、グラントは振り向いてわずかに表情を和らげた。
「おかえり、少しは気分転換できたか?」
「ええ。礼拝堂で神父さまに話を聞いてもらったの。気持ちは軽くなったかもしれない」
私がそう答えると、グラントは苦しげに笑った。
「少しは……か。俺も自分が情けない。おまえにこんな負担をかけて……」
「いいのよ、そんなことより……。ヴィーネはどうしたの?」
「庭のほうで洗濯物を干してる」
「そっか」
私が頷くとグラントは急に声を潜めて言葉を継いだ。
「実はさっき、ヴィーネが泣いていた。『私なんていないほうがいい』って。おまえと俺の仲を壊してるだとか、村の噂を聞くに堪えないとか……いろいろ抱えてるらしい。俺は何もできなくて困ったよ」
その話を聞いて複雑な感情が湧き上がる。ヴィーネの苦しみも痛いほどわかるし、彼女がここを出ていけばグラントは再び戦争の悪夢に飲まれるかもしれない。彼女の安全だって保証されない。それに――村人たちの噂はますます酷くなる可能性だってある。私たちは袋小路に足を踏み入れてしまったかのようだった。
「……困った、ね。私もどうすればいいのか……わからない」
グラントは私の肩に触れた。こんなふうに、二人きりでいるときはまだ夫婦らしさを取り戻しかける気がした。けれど夜になれば彼はまたヴィーネを必要とする。それを責められない。心が千切れそうに痛む。
「リリアナ……もう少しだけ待ってくれ。俺もこのままでいいとは思ってない。でも、ヴィーネを安心させてやらないと、俺自身もおかしくなるんだ。情けないが、今の俺は……」
グラントはそこで言葉を切り、苦しげに俯いた。私は静かに首を横に振る。
「わかった。私にできることがあるなら言って。あなたの妻でいる以上、あなたが壊れるのは耐えられないから」
そう言うとグラントは目を伏せながら、そっと手を離した。私もそれ以上は何も言えず、ただ時計の音だけが響く夕方の居間に立ち尽くす。やがて外からはヴィーネの足音が聞こえてきた。私たちはお互いの感情を言葉にできないまま、その気配に小さく息をついた。
◇◇◇
やがて夕飯の時刻になり、薄暗い部屋の中で三人揃ってテーブルを囲む。スープの湯気が立ち上るが会話は少ない。いつもならグラントと軽口を叩き合いながら食事をとったものだが今はそんな余裕はない。
「いただきます」
私の言葉に二人もうなずく。しばらくはスプーンやフォークの音だけが静かに響く。重苦しい沈黙に耐えかねて、私はヴィーネに声をかけた。
「ヴィーネ、さっきは洗濯物ありがとう。助かったわ」
「いえ、私ができることなら何でも」
小さく答えるその表情は暗い。先ほどグラントが言ったとおり、彼女も相当参っているように見えた。思い切って、私は彼女を気遣うように言葉を継いだ。
「あなたが気にしすぎる必要はないと思うわ。この家にいることを少なくとも私は責めるつもりはないから。これ以上、戦争の被害を増やしたくないもの」
「リリアナさん、ありがとうございます。けど、やっぱり申し訳なさでいっぱいなんです。グラントさんが夜に苦しむ声を聞くと自分がいなくちゃいけないと思う一方で、それがあなたを苦しめてるんじゃないかって……」
ヴィーネの瞳にはすぐにも涙が溜まりそうだった。心がぎゅっと締め付けられる。彼女は悪意で私たちを傷つけようとしているわけではない。むしろ彼女も苦痛の中にある。全員が苦しんでいるのに、解決法が見当たらない。このどうしようもない行き詰まりがひりひりと私の神経を逆なでする。
「大丈夫よ。ただ、私も時々はあなたとぶつかるかもしれない。それは私の心が弱いから。あなたのせいじゃないわ」
そう言いながらも私の心中には暗い影が渦巻いていた。どれほど言葉で包み込もうとしても、表面の優しさが虚しく響くのを感じる。
グラントがスプーンを置いて小さく声を上げた。
「二人とも、本当にごめん。すべて俺が悪いんだ。俺がもっと強ければ、こんなことには……」
その言葉にヴィーネが慌てたように首を横に振る。
「いえ、グラントさんが弱いなんてとんでもないです。あなたは私を救ってくれた恩人で、何度も命を助けてくれた。私の前でだけは弱音を吐いてくれてもいいんです。ただ……」
ヴィーネは言葉を詰まらせ、私に視線を向ける。少し迷った末、意を決したように口を開いた。
「リリアナさんも、その……グラントさんにとって大切な人だから。私、できればあなたに嫌われたくはないんです。でも、今の状況では……」
言外に「あなたに嫌われたくないけれど、避けられない」というニュアンスが読み取れる。感情が複雑に絡み合い、吐き気さえ覚える。もうこれ以上、表面的な励まし合いではどうにもならない。私たち三人はいよいよ限界を迎えつつあるのだろうか。
「おかえり、少しは気分転換できたか?」
「ええ。礼拝堂で神父さまに話を聞いてもらったの。気持ちは軽くなったかもしれない」
私がそう答えると、グラントは苦しげに笑った。
「少しは……か。俺も自分が情けない。おまえにこんな負担をかけて……」
「いいのよ、そんなことより……。ヴィーネはどうしたの?」
「庭のほうで洗濯物を干してる」
「そっか」
私が頷くとグラントは急に声を潜めて言葉を継いだ。
「実はさっき、ヴィーネが泣いていた。『私なんていないほうがいい』って。おまえと俺の仲を壊してるだとか、村の噂を聞くに堪えないとか……いろいろ抱えてるらしい。俺は何もできなくて困ったよ」
その話を聞いて複雑な感情が湧き上がる。ヴィーネの苦しみも痛いほどわかるし、彼女がここを出ていけばグラントは再び戦争の悪夢に飲まれるかもしれない。彼女の安全だって保証されない。それに――村人たちの噂はますます酷くなる可能性だってある。私たちは袋小路に足を踏み入れてしまったかのようだった。
「……困った、ね。私もどうすればいいのか……わからない」
グラントは私の肩に触れた。こんなふうに、二人きりでいるときはまだ夫婦らしさを取り戻しかける気がした。けれど夜になれば彼はまたヴィーネを必要とする。それを責められない。心が千切れそうに痛む。
「リリアナ……もう少しだけ待ってくれ。俺もこのままでいいとは思ってない。でも、ヴィーネを安心させてやらないと、俺自身もおかしくなるんだ。情けないが、今の俺は……」
グラントはそこで言葉を切り、苦しげに俯いた。私は静かに首を横に振る。
「わかった。私にできることがあるなら言って。あなたの妻でいる以上、あなたが壊れるのは耐えられないから」
そう言うとグラントは目を伏せながら、そっと手を離した。私もそれ以上は何も言えず、ただ時計の音だけが響く夕方の居間に立ち尽くす。やがて外からはヴィーネの足音が聞こえてきた。私たちはお互いの感情を言葉にできないまま、その気配に小さく息をついた。
◇◇◇
やがて夕飯の時刻になり、薄暗い部屋の中で三人揃ってテーブルを囲む。スープの湯気が立ち上るが会話は少ない。いつもならグラントと軽口を叩き合いながら食事をとったものだが今はそんな余裕はない。
「いただきます」
私の言葉に二人もうなずく。しばらくはスプーンやフォークの音だけが静かに響く。重苦しい沈黙に耐えかねて、私はヴィーネに声をかけた。
「ヴィーネ、さっきは洗濯物ありがとう。助かったわ」
「いえ、私ができることなら何でも」
小さく答えるその表情は暗い。先ほどグラントが言ったとおり、彼女も相当参っているように見えた。思い切って、私は彼女を気遣うように言葉を継いだ。
「あなたが気にしすぎる必要はないと思うわ。この家にいることを少なくとも私は責めるつもりはないから。これ以上、戦争の被害を増やしたくないもの」
「リリアナさん、ありがとうございます。けど、やっぱり申し訳なさでいっぱいなんです。グラントさんが夜に苦しむ声を聞くと自分がいなくちゃいけないと思う一方で、それがあなたを苦しめてるんじゃないかって……」
ヴィーネの瞳にはすぐにも涙が溜まりそうだった。心がぎゅっと締め付けられる。彼女は悪意で私たちを傷つけようとしているわけではない。むしろ彼女も苦痛の中にある。全員が苦しんでいるのに、解決法が見当たらない。このどうしようもない行き詰まりがひりひりと私の神経を逆なでする。
「大丈夫よ。ただ、私も時々はあなたとぶつかるかもしれない。それは私の心が弱いから。あなたのせいじゃないわ」
そう言いながらも私の心中には暗い影が渦巻いていた。どれほど言葉で包み込もうとしても、表面の優しさが虚しく響くのを感じる。
グラントがスプーンを置いて小さく声を上げた。
「二人とも、本当にごめん。すべて俺が悪いんだ。俺がもっと強ければ、こんなことには……」
その言葉にヴィーネが慌てたように首を横に振る。
「いえ、グラントさんが弱いなんてとんでもないです。あなたは私を救ってくれた恩人で、何度も命を助けてくれた。私の前でだけは弱音を吐いてくれてもいいんです。ただ……」
ヴィーネは言葉を詰まらせ、私に視線を向ける。少し迷った末、意を決したように口を開いた。
「リリアナさんも、その……グラントさんにとって大切な人だから。私、できればあなたに嫌われたくはないんです。でも、今の状況では……」
言外に「あなたに嫌われたくないけれど、避けられない」というニュアンスが読み取れる。感情が複雑に絡み合い、吐き気さえ覚える。もうこれ以上、表面的な励まし合いではどうにもならない。私たち三人はいよいよ限界を迎えつつあるのだろうか。
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