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動揺と衝突
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そうした暗い空気のまま、数日が過ぎた。グラントの大きな発作は起こらなかったものの、彼の夜の不眠やヴィーネへの依存は変わらず続いていた。私も一緒に寝ようと誘ったことがあるが「ごめん、今日は……」と拒絶される。以前よりも心が荒むのが自分でもわかった。
そして、ついに“衝突”は起きた。きっかけは些細な家事の分担である。ある午後、私は台所で夕食の下ごしらえをしていた。肉を塩で揉み込み、野菜を刻み、スープを煮込むために鍋をかき混ぜて――そんな日常の作業だ。ところが、いつの間にかヴィーネが横に立って私から包丁をさっと奪った。
「これは私がやります。リリアナさんは休んでてください」
わずかな言葉にカチンときた。今までならありがたい申し出のはずだが、そのときはどう頑張っても受け入れられなかった。
「いいわ、私がやるから。あなたには別の仕事をお願いできる?」
「でも、リリアナさん……もう何日も寝不足でしょう? 目の下にもクマができてる……。私、料理には慣れてきたから任せてほしいんです」
私の心は一気にざわつく。確かに私は寝不足だし、彼女が代わりにやるのも一理ある。けれど、まるで私の役目を奪われるような感覚に突き動かされ、思わず声を荒げてしまった。
「やめて。あなたが全部やる必要なんてない。ここは私の家なの。私は妻として家事をするのが当然でしょう?」
その言葉にヴィーネは、はっとした様子で包丁を握った手を止めた。気まずい沈黙が流れる。私も自分の言葉に驚き、少し後悔する。けれど一度たかぶった感情は容易に収まらない。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。私、迷惑だって思われたくなくて……だからせめて家事くらいはと思って……」
「わかってるわ。けど、私から役割を奪わないで。私は何もかもあなたに譲るほど広い心を持ってないの。夫を抱かれて家事まで取られたら……私は……私は、一体何なの……」
抑えようとしても声が震える。熱いものが目に込み上げてくるのを感じた。ヴィーネの瞳には悲しげな色が浮かぶが、私は止まれなかった。
「あなたはこの家に居て、食事を作ることが自分の存在意義だって思ってるのかもしれない。でも、それは私がずっとやってきたことなの。あなたがやらなくても私はちゃんとできる。欲しいのは手伝いじゃなくて……取り戻せない時間と心なのよ」
最後はほとんど感情の爆発だった。私の言葉にヴィーネは真っ青な顔で小さく後ずさる。次の瞬間、包丁がまな板に当たり、大きな音を立てて落ちた。ハッとしてそちらを見やると、涙ぐんだヴィーネが震えた声で叫ぶように言った。
「ごめんなさい……! 私……本当にごめんなさい……!」
そのまま彼女は台所を飛び出していった。私は動揺しつつもその後を追うことができず、その場に立ち尽くす。ただ、こぼれ落ちる涙を止める術もなかった。
◇◇◇
その後、ヴィーネは居間の片隅で小さく丸まっていた。グラントがなだめようとする声が聞こえ、私は台所から動けずにいた。泣きたいのは私のほうだ――頭のどこかでそう思いながらも、自己嫌悪で胸が苦しかった。彼女は悪気があったわけじゃない。私だって本当は責めたくない。けれど、積もり積もった嫉妬と苛立ちが爆発してしまったのだ。
しばらくしてグラントが私のところへやってきた。顔には怒りというより、悲痛な表情を浮かべている。
「リリアナ、なんであんなきつい言い方をしたんだ。ヴィーネは、俺たちに迷惑かけたくないから必死なんだぞ?」
「私だって知ってるわよ、そんなこと。でも私の気持ちは? あなたの妻としての居場所を奪われるこの気持ちを、あなたはどう理解してくれるの!」
思わず声を荒げると、グラントは一瞬目を伏せ、深い溜め息をついてから私を見返した。
「わかってる、わかってるんだ……でも、俺だってどうすればいいのかわからない。ヴィーネを守りたいし、リリアナにも傷ついてほしくない。だからって、どうすればいいのかわからないんだよ!」
グラントもまた限界なのだろう。声が上ずり、涙すら浮かべていた。私の口からも次の言葉が出ない。まるでそれぞれが孤立し、悲鳴を上げているかのようだった。
「……ごめん。俺が情けないばかりにリリアナを苦しませて。でも、ヴィーネにも優しくしてやってくれ……頼む」
そう言ってグラントは台所を出て行く。頬を伝う涙を拭うこともできず、ただ言いようのない虚しさを感じていた。誰も悪意を持っているわけではない。それでも衝突は避けられない。私たちの心が揺れ動きぶつかり合うほど、何かが壊れていくような気がした。
そして、ついに“衝突”は起きた。きっかけは些細な家事の分担である。ある午後、私は台所で夕食の下ごしらえをしていた。肉を塩で揉み込み、野菜を刻み、スープを煮込むために鍋をかき混ぜて――そんな日常の作業だ。ところが、いつの間にかヴィーネが横に立って私から包丁をさっと奪った。
「これは私がやります。リリアナさんは休んでてください」
わずかな言葉にカチンときた。今までならありがたい申し出のはずだが、そのときはどう頑張っても受け入れられなかった。
「いいわ、私がやるから。あなたには別の仕事をお願いできる?」
「でも、リリアナさん……もう何日も寝不足でしょう? 目の下にもクマができてる……。私、料理には慣れてきたから任せてほしいんです」
私の心は一気にざわつく。確かに私は寝不足だし、彼女が代わりにやるのも一理ある。けれど、まるで私の役目を奪われるような感覚に突き動かされ、思わず声を荒げてしまった。
「やめて。あなたが全部やる必要なんてない。ここは私の家なの。私は妻として家事をするのが当然でしょう?」
その言葉にヴィーネは、はっとした様子で包丁を握った手を止めた。気まずい沈黙が流れる。私も自分の言葉に驚き、少し後悔する。けれど一度たかぶった感情は容易に収まらない。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。私、迷惑だって思われたくなくて……だからせめて家事くらいはと思って……」
「わかってるわ。けど、私から役割を奪わないで。私は何もかもあなたに譲るほど広い心を持ってないの。夫を抱かれて家事まで取られたら……私は……私は、一体何なの……」
抑えようとしても声が震える。熱いものが目に込み上げてくるのを感じた。ヴィーネの瞳には悲しげな色が浮かぶが、私は止まれなかった。
「あなたはこの家に居て、食事を作ることが自分の存在意義だって思ってるのかもしれない。でも、それは私がずっとやってきたことなの。あなたがやらなくても私はちゃんとできる。欲しいのは手伝いじゃなくて……取り戻せない時間と心なのよ」
最後はほとんど感情の爆発だった。私の言葉にヴィーネは真っ青な顔で小さく後ずさる。次の瞬間、包丁がまな板に当たり、大きな音を立てて落ちた。ハッとしてそちらを見やると、涙ぐんだヴィーネが震えた声で叫ぶように言った。
「ごめんなさい……! 私……本当にごめんなさい……!」
そのまま彼女は台所を飛び出していった。私は動揺しつつもその後を追うことができず、その場に立ち尽くす。ただ、こぼれ落ちる涙を止める術もなかった。
◇◇◇
その後、ヴィーネは居間の片隅で小さく丸まっていた。グラントがなだめようとする声が聞こえ、私は台所から動けずにいた。泣きたいのは私のほうだ――頭のどこかでそう思いながらも、自己嫌悪で胸が苦しかった。彼女は悪気があったわけじゃない。私だって本当は責めたくない。けれど、積もり積もった嫉妬と苛立ちが爆発してしまったのだ。
しばらくしてグラントが私のところへやってきた。顔には怒りというより、悲痛な表情を浮かべている。
「リリアナ、なんであんなきつい言い方をしたんだ。ヴィーネは、俺たちに迷惑かけたくないから必死なんだぞ?」
「私だって知ってるわよ、そんなこと。でも私の気持ちは? あなたの妻としての居場所を奪われるこの気持ちを、あなたはどう理解してくれるの!」
思わず声を荒げると、グラントは一瞬目を伏せ、深い溜め息をついてから私を見返した。
「わかってる、わかってるんだ……でも、俺だってどうすればいいのかわからない。ヴィーネを守りたいし、リリアナにも傷ついてほしくない。だからって、どうすればいいのかわからないんだよ!」
グラントもまた限界なのだろう。声が上ずり、涙すら浮かべていた。私の口からも次の言葉が出ない。まるでそれぞれが孤立し、悲鳴を上げているかのようだった。
「……ごめん。俺が情けないばかりにリリアナを苦しませて。でも、ヴィーネにも優しくしてやってくれ……頼む」
そう言ってグラントは台所を出て行く。頬を伝う涙を拭うこともできず、ただ言いようのない虚しさを感じていた。誰も悪意を持っているわけではない。それでも衝突は避けられない。私たちの心が揺れ動きぶつかり合うほど、何かが壊れていくような気がした。
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