似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣

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その2

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「それは困ります!!聖女様もご存知のはず、この国は聖女様が王都にいて下さるからこそ守られているのです。領地に行かれては守りが解かれてしまいます」

「でも、私は聖女ではないみたいですし」

 オリヴィアの生家であるフローゼス侯爵家の自領は、豊かな土地と穏やかな気候が自慢なのだが、聖女は王都を守るため王都からは出られない。そんな訳あって、オリヴィアは侯爵領に行った経験がなく、物心ついた頃から侯爵領に行く事が密かな憧れだったのだ。

 聖女ではないと発覚してしまった今、オリヴィアのその夢が叶う瞬間であった。

「聖女オリヴィア様、どうか我らを見放さずお導き下さい。多くの国民の命がかかっているのです。愚息の教育不足は私の責任ではありますが、国民には罪はないのです」

 国王が、頭を下げた。
 王族、それも国王が頭を下げるのはよっぽどの事だ。自国の王に頭を下げられたとなると、オリヴィアも王都から出て行くと言う事を、これ以上言えなくてなってしまった。聖女であるかないかは、置いておいて。


「ヨシュア……聖女オリヴィア様との婚姻はお前の母が頼み込んでの事だったのだ。やはりお前には王位は無理のようだな……」


 王はヨシュアに静かに語った。
 王と王妃の夫婦仲は良好ではあったが、なかなか子に恵まれず、側妃を娶る事になった。
 その側妃が生んだ王子がヨシュアだった。

 父王の突き放す言葉と表情にヨシュアは困惑した。
 もう怒りも、哀れみすらもその瞳には映っていない。為政者として不要な物は切り捨てる事を決めた王の前では、ヨシュアは息子でも王子でもなかった。


「……そこの娘は何処の生まれだ?」

 アイリーンに向けて静かに何の感情もなく王は問う。

「……ランス地方です」

 その言葉に王は短く息を吐いた。

「聖女は王都でしか産まれない。今まで一体何を勉強しておった?」
「ですがっ」

「聖女様、無理にとは言いませんが、もしよろしければ第二王子との婚姻というのは……」
「いえ、結構です」

 王の提案をオリヴィアは即座に断った。

「えっ、いきなり振られたの僕?」

 父王に急に振られて驚き目を瞬いたのは、輝く金糸の髪に青い双眸を持つ第二王子エフラム。
 エフラムは、ようやく授かった正妃が産んだ王子であり、ヨシュアの異母弟。そしてたった今、オリヴィアにフラれてしまった。

「皆様ありがとうございます、こんな呪われた鳥人間の事を気に掛けて下さって」

 涙を拭うと、オリヴィアは天使の如く微笑んで見せた。


 ◇◇◇

 オリヴィアを乗せた馬車が門をくぐり、フローゼス侯爵家の屋敷へと到着した。

 オリヴィアは侯爵邸に戻るとすぐ、父親のフローゼス侯爵に、本日王宮で起こった事全てを話した。自分とヨシュア王子の婚約が破棄された事を、知らせなくてはいけない。
 娘の話を聞きいた、近衛団団長のフローゼス侯爵は、烈火のごとく怒りを露わにした。
 侯爵は本日休みであり、王宮には出仕していなかったのだった。

 よく見るとなかなかの美丈夫であるオリヴィアの父だが、鍛え上げた肉体に鋭い眼光はとても厳つい印象を与える。そして現在はいつも以上に全身から、威圧の篭ったオーラを放っている。
 目から光線が出るとか、事実無根の噂まで王宮内で広まっている始末だ。


 昔からヨシュア王子は、剣術の鍛錬でよくフローゼス侯爵に泣かされていた。
 侯爵を恐れているヨシュアは休みの時を狙って、オリヴィアに婚約破棄を言い渡してきたのだろう。どうせ明日には公爵は出仕し、嫌でも顔を合わせるのだが、当分逃げ回るかもしれない。

「あの馬鹿王子め!私の可愛いオリヴィアに何たる仕打ちを!どっからどう見ても天使のオリヴィアと婚約破棄などと生意気な!馬鹿王子などこちらから願い下げだ!叩き斬ってやる!」

 ヨシュアの恐れる鬼の騎士団長も、愛娘には激甘だった。


「今は謎の怪人鳥人間ですけど」

 隠そうともしない怒りでつい、謀反発言までした父にオリヴィアは、マイペースに言った。

「天使だろうが鳥人間だろうが、私のオリヴィアが世界で一番可愛い事には変わりない」
「仕方ないですわ、ヨシュア様は真に愛する方を見つけられたのですから。ヨシュア様の恋人のアイリーン様、とても可愛らしい方でしたのよ」
「オリヴィア……」
「それでですねお父様、わたくし侯爵領に引きこもろうと思ったのですが……」

 途端、怒りを宿していた彼の瞳に、動揺の色が浮かぶ。

「何っ!?オリヴィアが王都から離れると……いや、一回王都を壊滅させて痛い目に合わせるのもいいか。いや、それだと何の罪もない国民達が……」

 ヨシュア王子に怒りまくっているが父はやはり、国民の剣であり盾でもある騎士。冗談でも軽々しく、国民を見捨てるような真似は出来るはずがなかった。
 そんな父親を誇りに思い、オリヴィアは目元を和らげると、優しく天使の如く微笑みかけた。

「心配なさらないでお父様。陛下からのご提案なのですが、王都の外れの湖のお屋敷を養生と言う名目で、しばらく好きに使っていいのですって」
「そうか、あの屋敷は王族が長期休暇のために建てられた素晴らしい場所。陛下がそこをオリヴィアに……」
「はい」
「寂しくなるが、湖を眺めながら気分を変えるのもいいだろう」
「ありがとうございます!」

 許可が降りて、無邪気に喜びを見せるオリヴィアを、フローゼス侯爵は目を細めて見つめていた。鬼の騎士団長である彼も、娘の前では途端に親の顔になる。そんな目に入れても痛くない程、可愛がっている娘の受けた仕打ちを思い返して、再び怒りがフツフツと湧いてきた。

「……しかしあのクソ馬鹿王子、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、あそこまで馬鹿とは逆に今後の事を思うと同情すらしかけるが、それでも一回はぶった切ってやりたい」

 一度でもぶった切ってしまうと死んでしまいます、お父様。とオリヴィアは思ったが、そのまま黙っておく事にした。
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