千里眼の魔術師は赤銅の色を知らない

くろいひつじ

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02 戸惑いの日々

006

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 魔術兵との朝食後、軍務棟西翼セイヨクの一室、赤銅アカガネ兵士団の団長執務室で、普段から強面のオンフェルシュロッケンは思いきり顔をしかめていた。

「いない?」
「はい、黒鉄クロガネ魔術兵士団に〝スル〟という名の魔術師はおりません」
「……どういうことだ」

 事務方として、団長の代わりに書類の仕分け処理をしているアクデム団長補佐が、整った顔を引きつらせながら紙の束を突き出す。
 それは、黒鉄魔術兵士団に所属する魔術兵士の一覧であり、本来なら団の外に出せない機密書類だった。

「すぐに目を通してください、昼までに返却する約束で借りたものです」
「……」

 一目見て(おめぇはなんでそげな危ねぇ橋を渡ってんだ?)と顔を引きつらせるが、外から見れば目を細めたようにしか見えない。
 怒りを買ったかと、アクデムが追い詰められた小動物のように震える姿を見てしまい、渋々と紙の束を受け取った。

 書類仕事は苦手だが、人の名前くらいは読める。
 思った以上に薄い書類をめくりながら、急いで字を追いかける。

 赤銅兵士団は、補給や衛生兵も含めて三千人を越える大所帯だが、黒鉄魔術兵士団は所属する兵士の数が少ない。
 それは魔術を扱うことのできる者が少ないからだ。

 魔術は凡人種のみが使える技術である。
 帝国は歴史ある大国で国民の数も多いとはいえ、魔術師としての才能があり、なおかつ戦場に立つ覚悟を持って、兵士になる者は少ない。

 獣人種は凡人種より身体能力が優れている代わりに、魔術が使えない。
 凡人種と変わらない魔力量はあるが、体内魔力を身体能力強化にしか使えない。

 渡された書類には、魔術兵士団の団長と副団長たちはのっていなかった。
 けれど、その五人の名前なら、オンフェルシュロッケンも知っている。

 アクデムの言葉通り、魔術兵の一覧に〝スル〟の名はなかった。
 凡人種が、家ごとに家名というものを持っていることを加味しても。

「どういたしましょうか」

 思いついたのはカンチョウだ。
 けれど、裏も何もない叩き上げの田舎者に、疑いが向けられる理由がない。

 団長に何かあれば赤銅兵士団は混乱するだろうが、それで得をする者がいるとは思えない。
 それを理解しながら、それでもオンフェルシュロッケンは口にした。

「……間諜の疑いはあるのか?」
「今のところ、それらしい動きはありません」

 赤銅兵士団には、多種多様な獣人種の兵士が揃っている。
 その中の多くが捕食側であり、視覚も聴覚も嗅覚も触覚も直感さえも、凡人種よりも優れている。
 一人が対象ならばともかく、多くの兵士を完璧にアザムけるわけがない。

 だからこそ、不可解だった。
 なんのために近づこうとするのか。

「明朝、仕掛ける」
「早すぎませんか」
「冗長は好かん」
「存じております」

 戦地で実務面の補佐を行う副団長よりも、さらに長い時間を共有しているのが団長補佐のアクデムだ。
 深々とため息をつきながら、提案を受け入れるしかなかった。

 団長は、奸計や策略を好まないがものすごく苦手と知っている以上、いつかはこうなると。

 
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