千里眼の魔術師は赤銅の色を知らない

くろいひつじ

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05 悪夢

017

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 スレクツはずっと戦場の団長を見てきた。
 ずっと、魔術の目〝千里眼〟で遠くから見ることしかできなかった。
 よくないことだと知りながら。

 最後の一線を誤ってはいけないと、普段の姿は見ていない。
 だから、オンフェルシュロッケン団長の休日の姿を知る機会はなかった。

 見つめあって好意を言葉にするだけが恋愛ではないと、スレクツにだってそれくらいの知識はある。
 言葉で「好きです」と伝えるのは、もう試した。

 返事は返してもらえていない、けれど。
 手紙は受け取ってもらえなかった、けれど。

 優しくされてしまえば、期待するなと言う方が難しい。

 オンフェルシュロッケン団長のことを知りたい、距離を縮めたい。
 胸に秘めた好意を明かして距離を縮める、つまり恋人になりたい。

 友人は無理だ。
 六年間も片思いをしているオンフェルシュロッケン団長に友人扱いされて、目の前で他のだれかを抱きしめる姿なんて見ていられない。
 想像しただけで泣いてしまいそうになる。

 事故以降、師匠は色事の話がスレクツの耳に届かないように、細心の注意を払っている。
 他人が苦手なスレクツが、自分で情報を手に入れるのは難しい。

 人の欲望の記憶、性的な行為の記憶を取り戻す時がきたのかもしれない。
 それでも、子供の頃に見てしまった光景を知りたくない。

 死の記憶を取り戻した過程で、発狂しかけた感覚がおぼろげに戻っている。
 恐ろしくて悲しい苦しみを。

 なぜそうなったのか、分からないのが怖くて仕方ない。
 人が愛を交わす光景を、性交を見た、だけではないという確証がある。

 人が死ぬ姿を見た記憶を取り戻しても、スレクツは狂わなかった。
 大人になったからなのかもしれないけれど、人の死にゆく姿は、心が狂うというよりも、壊れる類のものだった。

 もう一つの記憶に、狂う要素がある。
 そう考えるしかない。

 取り戻す勇気の出ない記憶に、人同士が心と肉体をつなぐ過程に、幼い子供が狂うような光景が存在する。

 オンフェルシュロッケン団長が好きで、好きになって欲しい。
 それでも、その先に気が狂うような過程が存在すると思うと、怖かった。

「……っう」

 頭を締め付けられるような痛みを感じて、疲れすぎていることを自覚した。
 眠れそうにないけれど、疲労で倒れると師匠を心配させてしまう。
 名前だけとはいえ副団長なのだから、育て親で師匠である団長の差配を疑われるような真似はできない。

 ため息をついて魔術の目を閉じると、何も見えない暗闇だけが残った。
 勝手知ったる自室の中なら、行動に支障はない。

 寝巻きの上に羽織っていた長衣を椅子の背にかけて、寝台に横になる。

 朝課を告げる通信兵の声が扉の向こうから聞こえてくるまで、スレクツの意識は途切れることはなかった。

 
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