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09 出会いの夜

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 何年も前のことだ。
 たしか、新兵動員の夜。

 (こんな風に、怯える細っこい凡人種の新兵に声をかけたことがあったがなぁ)とオンフェルシュロッケンは思う。

 毎年、新兵が初めて駆り出される時期は悲惨だ。
 戦い方を教えられてはいても、体が反射で動くだけの鍛錬をこなしていない上に、本物の戦場の空気に当てられた新兵は、思いもしない行動をする。

 けれど、ゆっくりと悠長に兵士を育てている時間などない。

 新兵を強制的に一人前にするべく放り出す。
 それが魔物との最前線だ。

 当時、赤銅アカガネ兵士団の副団長の一人だったオンフェルシュロッケンは、昼間の戦闘の興奮がさめずに眠れなかった。
 その日は、特にひどかったのだ。

 魔物に引き裂かれた新兵が上げる絶叫が、耳の奥にこびりついている。

 考えたくない。
 憂鬱ユウウツな気持ちで、星明かり一つない夜闇の中を散歩していた。
 並ぶ天幕を抜けて、他の兵士団の天幕の群れに入った。
 ほとんど何も見えなくても、音と匂いで周囲の状況を探りながら、昼と同じように歩けるのが彼の強みだった。

 焚かれるカガリの周辺だけが驚くほどに明るく、周囲はさらに重たい闇に沈んでいる。

 ほとんどの兵士が眠っているのか、静まり返っている野営地をぐるりと回り、いい加減に寝なくてはならんな、と思いながらも足が止められない。
 行った道を戻ってきたオンフェルシュロッケンの耳に、しゃくりあげるか細い泣き声が聞こえた。

 幽霊でも出たのかと思い、それから、ああ、新兵が泣いてんのか、と気がついた。

 いくら成年を過ぎているとはいえ、前線に放り出される新兵の多くは、まだ子供と言って差し支えのない姿をしている。
 もちろんその心も弱く柔らかい。

 魔物は生物かすら不明で、知能を持つかもはっきりしないが。
 それでも、動いているものを屠っているのは間違いない。
 覚悟があっても、心が受け付けない。

 戦場に適応できなければ兵士を辞めるしかないが、その前に死んでしまう者も多い。

 新兵を前線に放り込むのは、魔物を殺す経験を積ませるためだ。
 最前線には送り込まない。
 熟達の兵士が可能な限り守る。

 それでも、前線は前線だ。
 誰でも一瞬の油断で、簡単に死んでしまう。

 新兵として戦場に放り込まれた何割が、正式に兵士団に配属されるまで残るのか。
 その割合を知るのは官僚であり、肩書きを得ても一兵士に過ぎないオンフェルシュロッケンには、知り得ないことだった。

 それでも単純思考の獣人種の新兵が、夜中にメソメソと泣くことはほとんど無い。
 戦闘後に大騒ぎして大泣きして、夜にはころっと寝てしまう。

 だからこそ(誰が泣いてんだか?)と興味を惹かれた。

 
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