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20 母来たる

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 無言でスレクツを見つめるアレス団長。

「アレス団長?」
「……」

 スレクツの再びの問いかけに目を細めて、険しい表情をゆるめたアレス団長は、再びオンフェルシュロッケン団長を見た。

 天幕に入ってきたアレス団長には、スレクツが寝台につれこまれている、ように見えた。

 オンフェルシュロッケンが体格と力にものを言わせ、強引にスレクツに迫ったと思ったのだ。
 怒り狂いかけたところに、スレクツが普段と同じ口調で返事をしたことで、勘違いに気がつけた。

 男の肌着一枚とはいえ、スレクツが服を着ていたこともよかった。
 ここで何があったのかは後で聞くにしても、今の所、そう、今は、オンフェルシュロッケン団長は敵ではない、とアレス団長は判断を下した。

「スル、何も心配することはありません、帝都に帰りますよ」

 オンフェルシュロッケンに向けた、殺気のこもった視線を消して。
 嘘のように、スレクツへ育て親としての優しい顔を見せたアレス団長に、他でもないオンフェルシュロッケンが感銘を受けていた。

 瞬きの間にうまく隠したけれど、目の前の細くて小さくて弱そうな黒鉄魔術兵士団の団長は、幼い子供を守る母のように、強い愛情と害意に対する強烈な殺意をあわせ持っていると知ったのだ。
 子も守る親の感情を疑う獣人は、どこにもいない。

 このちまっこい体格の小さな団長になら、おらの嫁っこを託してもでぇじょうぶ大丈夫だ、と安堵すると同時に、またおらは嫁っこと離れにゃないとならんいけないのか……と自然に両肩が落ちた。

「おらぁスルと離れだぐねぇ」
「……!」

 気がついた時には、言葉が勝手に出ていた

 田舎訛りを馬鹿にされる、と緊張して、目を見開いたアレス団長をジッと見つめる。
 警戒をあらわにしていると、何かを考えている様子が見てとれた。

「オンフェルシュロッケン団長、これまでの非礼を詫びさせて頂きたい。
 さらに失礼を承知の上で、一つだけ、今この場で確認をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 凡人種の貴族礼を一つ送り。
 オンフェルシュロッケンに敬意を示したアレス団長が、うっすらと微笑む。

 凡人種が興した帝国には、凡人種だけが尊ぶ階級制度がある。
 ほとんどの獣人種にとっては、貴族や平民だ、金持ちと貧乏人などと分けられても煩わしいだけだ。

 長年、帝国兵士として働くオンフェルシュロッケンも、階級制度の必要性は理解している。
 戦場で戦うのが人生だったので、これまで縁がなかった。
 興味も持てなかった。

 
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