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23食目 海の幸づくしの豪華舟盛り(1)
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その日の午後、梨花はひとりで町へ出かけた。東京へ戻る前にもう一度、十希也と巡ったこの町を歩いてみたいと思ったのだ。
「にゃおん」
歩きはじめると、どこからかデュオが現れた。
「デュオも一緒に行く?」
「にゃあ!」
梨花の頬が自然とゆるむ。
駅へと向かうゆるやかな坂道を、デュオと一緒にゆっくりと上った。駅のそばの商店の前では、女性たちが立ち話をしている。
横を通り過ぎて進んでいくと、菊のうどん店が見えてきた。入り口には張り紙が貼ってある。
『閉店のお知らせ』
その文字を見て、胸が締めつけられる。
あのふわふわした卵が浮かんだ、まろやかで優しい出汁や、コシのあるうどんを思い出しながら、店の前を通り過ぎる。
少し先には杏奈のお好み焼き店があった。
「ありがとうございましたー!」
杏奈の声と思われるのびやかな声が店内から聞こえ、男性客が数人「ごちそうさん」「また来るよ」などと言いながら出てきた。
梨花は満足そうな笑顔の客たちを見送り、また歩き出す。
ブランコやジャングルジムのある、児童公園。
小さな校舎と広い校庭のある、小中学校。
踏切の近くには竜介のアメリカンバーガーの店がある。
店の中からは子どもたちの笑い声が響いてきて、梨花の心が春の陽だまりのようにほっこりと温かくなった。
ここは悠真にとって、思い出が詰まった町。そしていまは梨花にとっても、思い出深い町なのだ。
「そろそろ宿に戻ろうか」
足元にいるデュオに声をかけると、「にゃあ」と答えて歩き出した。
夕暮れの港の見える坂道を、デュオと一緒にゆっくりと下る。町のはずれの桟橋を思い出し、重は今日もあそこで釣りをしているのだろうかと考える。
穏やかな海の上では、海鳥が気持ちよさそうに飛び交っていた。
部屋に戻って荷作りをしていると、夕食の時間になった。
梨花は十希也のことを思い出し、心配になる。
十希也がまだ引きこもっていたらどうしよう。
なんとなく浮かない気分で広間へ行くと、十希也が食事を並べていた。
「あっ、十希也さん!」
思わず声をかけてしまったら、十希也が振り向いて梨花を見た。
「どこ行ってたんだよ。飯、できたぞ」
「あ、ありがとうございます」
「今夜は俺と母さんもここで食っていいか?」
「はい! もちろんです!」
すると芙美が部屋にやってきた。
「ありがとう、梨花さん。今夜は十希也が作るって言い出したんですけど……なにが出てくるのか、私も聞かされてないんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
すると梨花たちの前に、大きなものがどんと置かれた。
「わっ、これって……」
「『民宿陣内』名物の地魚の舟盛りだ」
自慢げに十希也が持ってきたのは、金目鯛の姿造りがメインの刺身の盛り合わせだった。大きな舟の上に、たくさんの刺身が美しく盛られている。
「すごい……豪華ですね」
それに十希也がやけに元気な気がするのだが……なぜだろう。
「まだまだこんなもんじゃないぞ」
十希也はそう言うと、次々と料理を梨花と芙美の前に出してきた。
「伊勢海老のお造り、アワビの酒蒸し、それから金目鯛の姿煮……」
「ちょっと待ってください! こんなにたくさんいいんですか?」
「いいんだよ。初日から数日間、ろくに食えなかったんだからちゃんと食え」
それから芙美のほうをちらっと見て言う。
「母さんも食えよ」
「ええ、いただくけど……あんたどうしちゃったの? 急にやる気になっちゃって」
十希也は梨花の隣に座ると、ちょっと頭をかいてからつぶやいた。
「俺、もっと頑張るよ」
「えっ?」
芙美が驚いた顔をしている。
「この町やこの宿が、もっと活気づくように頑張る。料理の勉強もするし、サイトやSNSで集客して、接客もちゃんとやる。親父みたいに船は出せないけど、来てくれた人がまた来たいって思える宿になるよう、なにか考える」
「ちょっと本当にどうしちゃったの? あんた変なものでも食べたんじゃ……」
「食ってねーし!」
十希也が芙美のほうを向き、声を上げる。
「俺はここでやっていくって決めたんだ。竜介や杏奈と協力して、この町を良くしていきたい。周りが変わったなら、俺も変わりたいって思ったんだ。だから母さんは黙ってついてくればいいんだよ!」
芙美はきょとんとした顔をしている。
「……今日の午後は、それをずっと考えてたんだ」
そうつぶやくと、十希也は照れくさそうにまた頭をかいた。
そうだったんだ。『儲からねぇ宿なんて、さっさとたたんじまえばいいのに』と言っていた十希也が、そんなことを考えていたなんて。
梨花の胸がいっぱいになる。
「十希也……」
すると芙美の目からぽろりと涙がこぼれた。
「は? なに泣いてんだよ! そういうのやめてくれ!」
「私はね、嬉しいのよ。あんたがやる気になったのは、梨花さんのおかげね」
芙美が目元を拭って、梨花に笑いかける。
「梨花さん、ありがとう」
「いえっ、私はなにも! きっと竜介さんや杏奈さんのおかげだと思います」
梨花は隣に座る十希也を見る。
「ですよね? 十希也さん」
「それに悠真もな」
十希也はぼそっとつぶやいたあと、箸を持って梨花たちを見まわした。
「もういいから食うぞ」
「はい」
「そうね、いただきましょう」
三人そろって「いただきます」と言ってから、舟盛りに手を伸ばした。
「うーん、このお刺身おいしいです!」
「伊勢海老プリプリしてるわね」
「アワビも食え。柔らかいぞ」
十希也が梨花の取り皿に、次々と魚介類をのせていく。休む間もなく海の幸を食べつくし、梨花のお腹はこれまでになくいっぱいになった。
「おいしかったぁ、ごちそうさまでした」
心からその言葉が漏れたとき、梨花の隣で十希也が嬉しそうに笑った。
「にゃおん」
歩きはじめると、どこからかデュオが現れた。
「デュオも一緒に行く?」
「にゃあ!」
梨花の頬が自然とゆるむ。
駅へと向かうゆるやかな坂道を、デュオと一緒にゆっくりと上った。駅のそばの商店の前では、女性たちが立ち話をしている。
横を通り過ぎて進んでいくと、菊のうどん店が見えてきた。入り口には張り紙が貼ってある。
『閉店のお知らせ』
その文字を見て、胸が締めつけられる。
あのふわふわした卵が浮かんだ、まろやかで優しい出汁や、コシのあるうどんを思い出しながら、店の前を通り過ぎる。
少し先には杏奈のお好み焼き店があった。
「ありがとうございましたー!」
杏奈の声と思われるのびやかな声が店内から聞こえ、男性客が数人「ごちそうさん」「また来るよ」などと言いながら出てきた。
梨花は満足そうな笑顔の客たちを見送り、また歩き出す。
ブランコやジャングルジムのある、児童公園。
小さな校舎と広い校庭のある、小中学校。
踏切の近くには竜介のアメリカンバーガーの店がある。
店の中からは子どもたちの笑い声が響いてきて、梨花の心が春の陽だまりのようにほっこりと温かくなった。
ここは悠真にとって、思い出が詰まった町。そしていまは梨花にとっても、思い出深い町なのだ。
「そろそろ宿に戻ろうか」
足元にいるデュオに声をかけると、「にゃあ」と答えて歩き出した。
夕暮れの港の見える坂道を、デュオと一緒にゆっくりと下る。町のはずれの桟橋を思い出し、重は今日もあそこで釣りをしているのだろうかと考える。
穏やかな海の上では、海鳥が気持ちよさそうに飛び交っていた。
部屋に戻って荷作りをしていると、夕食の時間になった。
梨花は十希也のことを思い出し、心配になる。
十希也がまだ引きこもっていたらどうしよう。
なんとなく浮かない気分で広間へ行くと、十希也が食事を並べていた。
「あっ、十希也さん!」
思わず声をかけてしまったら、十希也が振り向いて梨花を見た。
「どこ行ってたんだよ。飯、できたぞ」
「あ、ありがとうございます」
「今夜は俺と母さんもここで食っていいか?」
「はい! もちろんです!」
すると芙美が部屋にやってきた。
「ありがとう、梨花さん。今夜は十希也が作るって言い出したんですけど……なにが出てくるのか、私も聞かされてないんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
すると梨花たちの前に、大きなものがどんと置かれた。
「わっ、これって……」
「『民宿陣内』名物の地魚の舟盛りだ」
自慢げに十希也が持ってきたのは、金目鯛の姿造りがメインの刺身の盛り合わせだった。大きな舟の上に、たくさんの刺身が美しく盛られている。
「すごい……豪華ですね」
それに十希也がやけに元気な気がするのだが……なぜだろう。
「まだまだこんなもんじゃないぞ」
十希也はそう言うと、次々と料理を梨花と芙美の前に出してきた。
「伊勢海老のお造り、アワビの酒蒸し、それから金目鯛の姿煮……」
「ちょっと待ってください! こんなにたくさんいいんですか?」
「いいんだよ。初日から数日間、ろくに食えなかったんだからちゃんと食え」
それから芙美のほうをちらっと見て言う。
「母さんも食えよ」
「ええ、いただくけど……あんたどうしちゃったの? 急にやる気になっちゃって」
十希也は梨花の隣に座ると、ちょっと頭をかいてからつぶやいた。
「俺、もっと頑張るよ」
「えっ?」
芙美が驚いた顔をしている。
「この町やこの宿が、もっと活気づくように頑張る。料理の勉強もするし、サイトやSNSで集客して、接客もちゃんとやる。親父みたいに船は出せないけど、来てくれた人がまた来たいって思える宿になるよう、なにか考える」
「ちょっと本当にどうしちゃったの? あんた変なものでも食べたんじゃ……」
「食ってねーし!」
十希也が芙美のほうを向き、声を上げる。
「俺はここでやっていくって決めたんだ。竜介や杏奈と協力して、この町を良くしていきたい。周りが変わったなら、俺も変わりたいって思ったんだ。だから母さんは黙ってついてくればいいんだよ!」
芙美はきょとんとした顔をしている。
「……今日の午後は、それをずっと考えてたんだ」
そうつぶやくと、十希也は照れくさそうにまた頭をかいた。
そうだったんだ。『儲からねぇ宿なんて、さっさとたたんじまえばいいのに』と言っていた十希也が、そんなことを考えていたなんて。
梨花の胸がいっぱいになる。
「十希也……」
すると芙美の目からぽろりと涙がこぼれた。
「は? なに泣いてんだよ! そういうのやめてくれ!」
「私はね、嬉しいのよ。あんたがやる気になったのは、梨花さんのおかげね」
芙美が目元を拭って、梨花に笑いかける。
「梨花さん、ありがとう」
「いえっ、私はなにも! きっと竜介さんや杏奈さんのおかげだと思います」
梨花は隣に座る十希也を見る。
「ですよね? 十希也さん」
「それに悠真もな」
十希也はぼそっとつぶやいたあと、箸を持って梨花たちを見まわした。
「もういいから食うぞ」
「はい」
「そうね、いただきましょう」
三人そろって「いただきます」と言ってから、舟盛りに手を伸ばした。
「うーん、このお刺身おいしいです!」
「伊勢海老プリプリしてるわね」
「アワビも食え。柔らかいぞ」
十希也が梨花の取り皿に、次々と魚介類をのせていく。休む間もなく海の幸を食べつくし、梨花のお腹はこれまでになくいっぱいになった。
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心からその言葉が漏れたとき、梨花の隣で十希也が嬉しそうに笑った。
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