上 下
4 / 40

第4話 校長先生

しおりを挟む
 海斗は湯船に浸かっていた。間一髪で変態扱いを逃れていた。
 葵はドア越しに声を掛けた。
「お兄ちゃん、そろそろ、ご飯が出来るよ。お母さんが伝えてって!」
「葵、有り難う。もう少し、浸かってから出るよ」
「うん、わかったー」
 
 葵は、かごに有った海斗のワイシャツを見つけた。気が付かれない様に、そっと手を伸ばし顔に付けた。
「お兄ちゃんって、いい匂い」
 葵はすぐワイシャツをかごに戻し、リビングに向かった。

 明子は沢山の食事をテーブルに並べた。風呂から出た海斗は食卓に着いた。
「正太郎さんは、今日も遅いから先に頂きましょう。海斗さんも葵も沢山食べてね」
 海斗は一つ一つ良く味わって食べた。明子は海斗の様子を見て関心をしていた。
「海斗さんの食べている仕草って、お父さんにそっくりね」
 海斗はそんな事を言われた事は初めてだった。考えてみれば、二人だけの食事が長いから似てくるものだと思った。

 明子は葵に担任の名前を尋ねた。
「担任は山崎先生だよ。わりと若い男性の先生だよ。技術の先生よ」
「あら若い先生は心配ねー、人生経験が浅い分だけ、強引な所があるでしょ」
「その先生、俺も知っているよ。中等部の時にお世話になったからね、確か、今年で三十歳で、評判の良い先生だったよ。運動部の生徒に人気があったんだ」
「どんな先生なのか、聞くと安心するわね。海斗さんが先輩で良かったわ。海斗さんの担任は、どんな方なの?」

「俺の担任は、長谷川先生って言って、まだ新米の女性の先生。確か五年目」
「あの学校には若い先生しか、いないのかしら?」
「でも安心して、長谷川先生は男子にも女子にも人気があってね、何より熱血なんだよ。生意気な生徒にも、ひるまずに正面からぶつかって問題を解決するの」
「まあ、それはそれで心配よね……」
「それと葵さあ、俺の情報によると、山崎先生は長谷川先生の事が好きらしいよ、他の先生と接する態度が明らかに違うから、生徒から見ても解っちゃうんだって」
「えーうそ~! 面白い事、聞いちゃった」
「山崎先生には余計な事は言わないようにね」
「ところでお母さん、お父さんのどんな所が好きになったの」

 明子は恥ずかしそうな顔をして照れながら答えた。
「正太郎さんの優しい所、それと包容力の有る所。一番は……私を大事に思ってくれる所かな~」
 海斗は父親をこんな風に思ってくれる人が居るなんて、何だか不思議な感じがした。
「お父さんとは、どこで出会ったの?」
「正太郎さんとは……」
 明子は目をつむり初めて会った大学時代の事を思い出していた。海斗さんの前だし、葵に説明した事と異なるので、ここは伏せておこうと思った。
「そうね~、ナイショよ」

 葵は料亭のお得意さんと聞いていたのに、不思議に思った。明子は再婚する前は、料亭の仲居をしていたのだ。
「お母さん、俺ね、お父さんと結婚してくれて嬉しいよ。家族が増えたし美味しい食事も食べられるし、身の回りの事もしてくれて有り難う」

 明子は海斗と上手くやっていけるか心配だったのだ。会ってみると母親を求めている素直で優しい青年だった。明子は優しい言葉を掛けられ目頭を押さえた。
「あれ、変な事、言っちゃった? ごめんね、お母さん」
 明子は海斗の優しさが嬉しかった。食事が終わると海斗は葵に声を掛けた。
「葵、テレビゲームをやらないか?」
葵は喜んで返事をした。

 リビングのテレビを使い、一緒にゲームを楽しんだ。
「葵って、案外と強いんだね」
「そうだよ、強いんだよ。負けてあげてもいいよ、お兄ちゃん」
「俺だって、本気出しちゃうよ!」
「あ~ダメー、ずるいー」
 仲良く遊んでいる様子を見て葵も海斗に受け入れられたと思い、明子は安心をした。

 (翌日の教室にて)
 昨日の事件は、クレーマー事件と称され、生徒の噂になっていた。休み時間に港湾課の女子生徒が、二年B組に二人の友達を連れてやって来た。馴染みの無い生徒が三人も居るのだから、クラスの誰もが見てしまう。そう視聴率100%なのだ。

 彼女は眉間にシワを寄せ教室を見回した。海斗達を見付け歩み寄った。
「あなた達が、昨日ウチの店で、警察を呼んだんでしょう?」
 海斗は答えた。
「あ、あそこは君の家なんだ? あれは、しょうが無かったんだよ。ごめん、大げさになっちゃって、ああでもしないとマスターが……」

 すると彼女の表情が和らいだ。
「お父さんを守ってくれて有り難う。私も時々お店の手伝いをするから、お客さんの顔を覚えるのは得意なの。制服で来るから、あなた達もウチの生徒だっていう事は知っていたわ。紹介が遅れたけど、私は港湾課三年A組の森幸乃です。いつもお店に来てくれて有難う」
森幸乃は頭を下げた。

 彼女が頭を戻すと三人も自己紹介を始めた。
「俺の名前は伏見海斗、マスターにはいつもお世話になっています。警察が来て余計な手間をかけちゃってゴメン」
 続けて松本蓮と鎌倉美月も挨拶を交わした。要件を済ませると、森幸乃と友達は教室から去って行った。

 すると中山美咲と林莉子が、海斗達に歩み寄った。林莉子は新聞記者のように、矢継ぎ早に質問を繰り返した。
「昨日あなた達は、放課後に何をしたの? 警察にお世話になったって本当なの? 喧嘩をして大けがをして、伏見君が補導されたって本当なの?」
 海斗は困った顔をした。
「もー、まったく悪い事はしていないよ! 手も出して無いし、ただ、マスターがクレーマーに絡まれていた所を俺たちが助けに入っただけだよ」
 鎌倉美月は感情が高ぶった。
「あのクレーマー、本当にムカツクわ! 私が見てなければ、図に乗っていたでしょうね。蓮が殴られて海斗がクレーマーの右腕を掴んだ時は、正直、怖かったわ」
 松本蓮はがっかりな顔をした。
「あ~あ、美月、俺が殴られた事は言って欲しく無かったのになー!」

 中山美咲は、胸に手をあて心配そうに聞いていた。
「伏見君も殴られたの? 大丈夫だったの?」
「俺は殴られてないよ。でも蓮が倒れた時、必死だったんだ。それで殴られないように、クレーマーの右腕を掴んたんだ。掴んでいる内に、美月が警察に電話を入れたんだよ。電話をしたら観念したらしく、自分の鞄を忘れて慌てて逃げ出したんだよ。間抜けだよね。だから、それ以上の事は特に無かったんだ」
海斗の話を聞き、中山美咲は胸を撫で下ろした。

 小野梨沙は、海斗の横に立ち肩を抱いた。
「ねえ海斗、犯人捕まえたの? あの泣き虫だった海斗がねー、男らしくなって梨紗は嬉しいよ!」

 中山美咲は思った、私だって名前を呼んだ事が無いのに。私の方が仲が良いのに! 急に現れて「海斗」って、下の名前を呼び捨てにするのは、どうなのかしら! 伏見君も伏見君よ、簡単に肩を抱かせるなんて!

 すると校内放送が流れた。
「次の者は至急、職員室に来るように、2年B組の伏見海斗君、松本蓮君、鎌倉美月さん」
 三人は、ぞっとして顔を見合わせた。悪くなくても警察沙汰になったのだから。海斗達はイヤイヤ職員室に向かった。残された友達は学校の対応を心配するのであった。

 職員室では教頭の斉藤誠が待っていた。
「君たちかね、喫茶店で警察沙汰を起こした生徒は、ああ、君が伏見君だね?」
 斉藤教頭先生は海斗の顔を見て、肩に手を置いた。
「山手警察署から連絡が入っていて、校長先生がお呼びです。今から校長室に通すから、きちんと説明をするように」
 三人はますます緊張した。松本蓮は口を尖らせた。
「美月、お前がゴキブリを見たから、こんな事になったんだよ!」
「そんな事、言ったって……見ない振りなんて出来ないよ! ねえ海斗?」
「もう今更なに言ってんだよ! 入るよ」
 三人は教頭先生に連れられ、校長室へ入った。

 黒岩校長先生はソファーに座っていた。
「私は校長の黒岩孝造です。毎週、朝礼で見ているから分かるかな? まあ、座ってくれたまえ」
 三人はソファーに浅く座り、下を向いていた。校長先生は三人の顔、態度、姿勢を見て話を始めた。
「君たちは良い事をした。三人とも顔を上げなさい」
 三人は黒岩校長先生を見た。
「警察から聞いたのはね、あの男性客はクレーマーの常習犯だったらしく、元町商店街の飲食店から何件も被害の相談を受けていたそうだ。忘れた鞄に運転免許書が入っていてね、それが手がかりとなり男性は逮捕された。喫茶「純」のマスターからも連絡が入っていて感謝していたよ。松本君は殴られた所は痛くないか?」
「ええ、大丈夫です」

 黒岩校長先生は、三人の和らいだ顔を見て本題に入った。
「ここからが大事な話だ。皆が無事だったから良かったものの、相手が逆上した際に刃物を持っていたらどう対処しましたか? 松本君の腹に拳では無く刃物だったら、どうなりましたか? 君達以外のお客さんにその刃物を向けたら、どう対処しますか?」

 三人はハッとした。想定もしない事を黒岩校長先生は投げかけた。三人の体が震え、鎌倉美月は泣き出した。三人はしばらく考えた。
 松本蓮は答えた。
「でも、あの場にいたら、あれしか無かったと思います。あれがベストだと思います」
海斗も鎌倉美月も、当然の様にうなずいた。
「今の話を聞いていましたか? 刺されてもしょうがないと、思いますか?
 沈黙の後、松本蓮は続けて質問をした。
「校長先生なら、どう対処するのですか?」

 黒岩校長先生は微笑み、指を折って答えた。
「それじゃあ、私ならねー。一つ目、君たちの持っているスマートホンで、動画を撮って証拠にするかな。マスターはこの学校のOBで、私も知っているからね。あの人なら、きっと穏便に済ませただろう。その後、動画が警察との相談に役に立ち、解決に繋がる証拠となるだろうね。二つ目、またはねえ、さっと、お店を出て周りの大人を呼ぶかな。三つ目、まあ、そもそも黙認されているとはいえ、放課後に喫茶店に行かないかな」
 校長先生は真剣な顔をした。
「いいですか! トラブルに対処する事も大切ですが、トラブルに合わないようにする事を覚えて下さい。ここが大切なんですよ!」

 黒岩校長先生は、軽々と回避策をあげた。海斗達には無い発想だった。新たな方法を知り、深く反省をした。教頭先生は続けて、校長室で事件の詳細を三人に聞き取りをして退室させた。

 海斗達は校長先生と話す事で、心のモヤモヤがスッキリした。海斗は校長先生が、つまらない話をする偉い人から、身近に感じられる、すごい校長先生に思える様になった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生の行く末

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,663pt お気に入り:95

僕が僕を許せる日まで

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

アイコトバ

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

いつか歌われる詞集

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:4,219pt お気に入り:2,627

いやあああ。先輩のリクルートスーツだうわああん

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...