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第22話 修学旅行5 大浴場

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 今晩のホテルは、市街地から離れた温泉旅館だ。畳敷きの大広間で食事をする。お風呂は源泉掛け流しの露天風呂があり、修学旅行には勿体ない温泉旅館である。

  観光バスの中では毎度の如く、長谷川先生は注意を促した。
「いいですか、この温泉旅館は一般のお客さんも一緒に泊まっています。昨日のホテルと違って一般の人と導線が重なるから、迷惑を掛けないように十分注意する事。万が一迷惑を掛けると我が学園は最悪、出入り禁止となり後輩達に迷惑がかかるから注意する事。もう一つ、六人一室の部屋となると、騒いで枕投げをする生徒がいます。これは弁償が付きものだから謝っても、ご自宅に請求書が送られます。絶対しないように! 旅館の備品は高額ですよ」
今日も長谷川先生は、しっかり生徒達に釘を打った。

 バスは旅館に着き、生徒達は各部屋に分かれた。夕食は六時から「宴の間 羊蹄山」が会場だ。時間になると生徒達は会場に向かった。六人掛けの座卓に温泉旅館らしく会席料理が並んだ。
 海斗のグルーも席に着いた。海斗は料理を見て喜んだ。
「わー、すごい料理だね! 昨日のビュッフェもいいけど、やっぱ温泉旅館はこれだよね!」
 松本蓮も続いた。
「うまそうだねー! 一つ一つ写真を撮っちゃおうかな? ね、美月」
「そうね、映える写真が撮れそうね!」

 そんな中、小野梨紗は浮かない顔をした。
「私、食べられるかな。そもそも正座して長く座る事が出来ないし」
 林莉子が答えた。
「大丈夫よー、味覚は食べてみないと何とも言えないでしょ。刺身以外は火が通っているんだから」
 中山美咲も気遣った。
「座り方だって膝を崩せばいいのよ。お茶会じゃ無いのだから。座椅子の背もたれを使って、足を伸ばせば良いのよ」
小野梨紗は少し安心をした。

 生徒達が座ると仲居さんが固形燃料に火を付けて回った。心配していた小野梨紗の表情が明るくなった。
「素敵なコンロねー、これでお肉を焼くのね。楽しみになってきたわ!」
 そして楽しい夕食が始まった。
「私、この前菜嫌いだから蓮にあげるね、だからソレ頂戴!」
 鎌倉美月は松本蓮のお皿から、お肉一枚取った。
「それじゃあ、バランス悪いだろ、もー!」
 林莉子は勘ぐった。
「二人は仲が良いのね、社会人になったら最初に結婚式をしたりして、ねー」
 鎌倉美月は赤面した。松本蓮はそっぽを向いた。
「ち、違うよ! 俺はアイドルみたいな可愛い子と結婚するんだから!」
 鎌倉美月は松本蓮の頬を思い切りつねった。松本蓮は鎌倉美月を見つめた。
「あれ、もしかして美月、俺のこと……?」
「バカじゃないの、死ね!」
「ほらね、いつもこうだよ」
皆は笑った。

 海斗は小野梨紗の顔を覗いた。
「小野さんは、どう、食べられる?」
「うん、とっても美味しいよ。心配して損しちゃった。海斗、お刺身食べる?」
 小野梨紗は刺身を箸で持ち、海斗の口に運んだ。すると皆の視線が海斗に刺さった。海斗は慌てて止めさせた。
「もうー、ダメだよ小野さん! からかわないでよー」
小野梨紗は残念がって、刺身を海斗の皿に置いた。

 林莉子は中山美咲を見た。
「何か良い雰囲気よねー。私も京野君がいたら、あ~ん、してあげるのになー!」
「よしよし、私が京野君になってあげるから」
「美咲、なれる訳、無いじゃん!」
 中山美咲は、林莉子の肩を優しく抱く仕草をした。
「美味しい料理が有るんだから楽しく食べようよ、ねえ莉子」
「うん」

 食後は林莉子が予約していた卓球台へ向かった。六人のトーナメント戦が行われたのだ。中でも熱い戦いだったのは海斗と松本蓮の戦いだった。しかし優勝者したのは林莉子だった。隠していたが中学時代はテニス部だったのだ。元テニス部と写真部の戦いでは話にならなかった。

 卓球を終え、汗を流すために海斗達は部屋に戻り大浴場に向かった。男湯の更衣室で松本蓮は、女性更衣室を隔てる壁を見つめた。
「なあ海斗、この壁一枚で女の子が裸なんだよな。想像すると元気になっちゃうよな!」
「ホント、このハンドタイルじゃ隠しきれなくなるよ」
松本蓮と海斗は豪快に笑った。
「ワ、ハ、ハ、ハ」

 一方、女性用更衣室では鎌倉美月が中山美咲の胸を覗いた。
「中山さんって、大きいのね」
「やだーもー、鎌倉さんだって大きいじゃない!」
 林莉子は言った。
「どうせ、私はちっぱいですよー。しかし小野さんって脱ぐと、もっと白く見えるのね」
「白過ぎても目立って恥ずかしいのよ」

 彼女達は大浴場へ入り体を洗い場に向かった。小野梨紗が体を洗っていると、好奇心旺盛な鎌倉美月は歩み寄った。
「ねえ、小野さん背中洗ってあげるよ」
 小野梨紗は拒んだが強引に背中をとられた。鎌倉美月は小野梨紗の背中に沢山の泡を作って優しく洗った。
「鎌倉さん、くすぐったいよー」
「そうかい、もうちょっと、もうちょっと」
 鎌倉美月はオヤジモード全開だった。そして背中に作った泡を胸に運び、後ろから胸を揉んだのだ!
「イヤーン、やめてー!」
「もうちょっと、もうちょっと」
 鎌倉美月は幼い頃から海斗達と遊び、男脳を持ち併せていたのだ。
「もー、ダメー!」

 鎌倉美月は、スッと手を引いた。
「おっぱい、大きいね。すごい弾力があったよ」
鎌倉美月は満面の笑みを浮かべた。

 その声は男風呂に居る海斗達にも聞こえた。海斗は松本蓮を見た。
「今の小野さんの声じゃねえ? なあ蓮」
「あいつら、何やっているのかな、こう言うの、やってみたかったんだ!」
 松本蓮は大きな声で、壁の向こうに居る鎌倉美月に呼びかけた。
「おーい、美月ー、居るかー?!」
 男女とも急に耳を澄ました。
「おーい、居るよー!」

 男子の浴場は、どよめきが起こった。海斗も大きな声で続いた。
「小野さんの叫び声が、聞こえたよー!」
「海斗―、鎌倉さんがイタズラするのー!」
 中山美咲と林莉子は声をそろえた。
「私達もいるよー!」
 先に静かに入浴していた、京野颯太のスイッチが入った。
「美咲さ~ん! 僕、京野颯太もいますよー」
「……」
 中山美咲は無音で返した。悲しくなる京野颯太を、遠藤駿はなだめた。次に遠藤駿が大きな声で話かけた。
「橋本さんは居ますかー!」
「遠藤くーん居るわよー、京野君も居るのー!」
京野颯太は対象のスイッチを切り替えた。
「居ますよ-、橋本さーん。温まっていますかー!」

 まるで川の対岸に居る恋人達の様だった。一般客から見たら迷惑行為そのものであった。
 京野颯太は考えた。
「皆! 内風呂は迷惑なので、人の居ない露天風呂で話しましょう」
 興味津々、内風呂に居た生徒達はゾロゾロ露天風呂へ移動した。横浜の夜空と比べものにならない程、満天の星空が見えた。
 露天風呂に出ると京野颯太は星空を見上げ感動した。女風呂に向けて右腕を伸ばした。
「美咲さーん! この美しい夜空の星より貴方は何倍も美しい。貴方と付き合えるのなら、何でも好きなモノを買って上げるよー。美咲さん好きだー!」

 京野颯太は場所もわきまえず、絶好調なプロポーズをしてしまった。中山美咲は聞こえない振りをしたが、林莉子と橋本七海はそのプロポーズの名前部分を自分の名前に自動変換され、乙女脳に響くので有った。そして彼女達は声を合わせて応えた。
「京野くーん、大スキー!」
京野颯太は中山美咲の返事を待っていたが、別人の声だったので玉砕した。

 海斗はその様子を見て、松本蓮に笑いかけた。
「蓮、面白いね、まるでコントだよね。」
「なあ海斗、ミスグランプリが大スキって言っているのに、京野の目は節穴だな」
「そうだね、ホント節穴だ。ミスグランプリがアピールしているのにね」
「楽しい時間だけど、そろそろのぼせてきた。俺、先に出るよ」
「海斗、俺も出るよ。一緒に出ようよ」
 松本蓮は再び大きな声で話しかけた。
「おーい美月! 俺達先に出るねー!」
「わかったー!」

 三十分も先に入浴を始めた京野颯太は、しっかりのぼせていた。何も女子の裸が見える訳でもないのに、中山美咲が出るまで湯に入っていたのだ。歩き初めて早々に転倒し後頭部を打って気絶した。
 遠藤駿は松本蓮の手を借りた。
「松本、手を貸してくれないか! 先生にばれると面倒だから、見つからないように部屋に、連れて行きたいんだ」

 遠藤駿と松本蓮は京野颯太を両脇を抱きかかえ、着替えさせて部屋に運び込んだ。廊下で騒ぎに気付いた女子二人も心配して付いて来たのだ。
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