上 下
24 / 40

第24話 お墓参り

しおりを挟む
 小学四年生の海斗は、母、博美にベタベタくっつくお母さん子だった。博美は明るくいつも海斗のそばに居た。休みの日には正太郎も加わり家族で出かけ、笑いの絶えない家庭だった。
 梅雨の頃、博美は体調の悪い日が一月以上続いた。博美は正太郎に相談して、馴染みのクリニックから紹介状をもらい、大学病院で精密検査を受ける事になった。
 検査の結果、病名は白血病と診断された。しばらくは変わらぬ家庭生活が続いたが、診断を受けて四ヶ月が過ぎた頃、博美は入院生活を送るようになった。母として小さな海斗をおいては逝けず、必死に闘病生活を送った。しかし覚悟を決める時が訪れた。

 海斗は博美の病室に呼ばれた。明子は海斗と二人だけで話がしたかったので、正太郎に売店の用事を使わせた。二人だけになると海斗に話し掛けた。
「ねえ海斗、私の大好きな海斗、お母さんね、もうすぐ居くなるかもしれないの。だからちゃんと聞いて、お母さんと約束をして欲しいの」
 海斗は、うなずくと、博美は愛おしい海斗を見つめ、潤んだ瞳でゆっくり話しかけた。
「いい、六つのお願いを聞いて欲しいの」
 博美は手を広げ、一つずつ指を折り語り掛けた。
「一つ目はね、お父さんの話をこれからも良く聞く事。二つ目はちゃんと勉強もする事。三つ目は沢山食べる事。四つ目はしっかり寝る事。五つ目は一人で家事が出来るように覚える事。大事な事はこのノートに書いて有るからね、海斗なら出来るわよね」
 海斗はいつもと違う雰囲気に気が付いた。
「お母さん、ヤダよ、変な事、言わないでよ。僕、ちゃんと良い子にしていたのに。僕をおいていかないでよ、治るって言っていたじゃん!」
 幼い海斗は大声で泣いた。
「あー、あー」
 博美は海斗の頭をなでた。
「海斗、お母さんね、まだまだ、がんばってみるからね。応援してね」
「うん、死んじゃ、やだよ」
 明子も涙目になって言った。
「それともう一つ、六つ目のお願いを聞いてね。もし、お母さんが亡くなったとしたら。……将来、お父さんに好きな人が出来た時に応援してあげてね。絶対忘れないでね。約束よ」
「……うん、約束するから元気になってよ! 絶対だよ」

 博美は精一杯の力で海斗を抱きしめた。海斗はしばらく母の胸で泣いた。約束をした日から二日後に博美は息を引き取った。希望すら無くなった家庭は暗くなった。海斗は博美が残したノートを見て家事を覚えた。何でも自分で出来るようにがんばってきたのだ。海斗は墓参りに来る度に母の約束を思い出すのであった。墓参りは亡き母を身近に感じる大切な時間だった。

 (久保山墓地にて)
 伏見一家は、新しい家族と伏見家の墓参りに訪れた。再婚の報告にやって来たのだ。ここは西区の小高い山にあり、周辺には幾つものお寺が並ぶ寺町である。正太郎は世話になっている寺に車を止め、家族は墓地に入った。
「お兄ちゃん、凄い景色の良い場所だね。ランドマークタワーが見えるよ、あっちが港の方角だよね」
「そうだね葵、こっちに背の高くて丸いビルが見えるでしょ。こっちが新横浜だよ。視界の良い冬なら東京まで見渡せるよ」
 明子は驚いた。
「ホントね、広く見渡せるのねー。それにしてもお墓が、いっぱい有るのね」

 この墓地は、すり鉢状の地形になっていて斜面に沿ってお墓がびっしりと建っていた。正太郎は注意を呼びかけた。
 家族は正太郎に続いた。
「うちの墓は真ん中ぐらいだよ、不揃いの長い階段を下りるから気をつけてね」
 入口で買った花は葵が持ち、海斗は火の着いた線香を持った。墓に着くと正太郎は墓石を洗い始めた。
「正太郎さん、私がやりますから交代して下さい」
 明子は慣れない手つきで墓を洗った。葵は花を生け海斗はお線香を納めた。このあと順番に墓に向かい手を合わせた。正太郎は墓石に水を掛け流し、長い間、両手を合わせていた。

 続いて海斗が墓石に水を掛け手を合わせた。大好きなお母さんへ沢山報告をしのであった。
お母さんが亡くなってから時間が止まっていた家庭だったけど、お父さんが楽しい家族を連れて来て、明るく楽しい家庭が戻って来たよ。僕に妹が出来たんだよ。楽しい友達が増えたよ。好きな女の子が出来て、一緒に遊んだよ。僕ね、お父さんの再婚を応援出来たよ。そして、お父さんに笑顔が戻って来たよ。今、僕は幸せだよ。だから、もう心配しなくてもいいよ。安心して天国から見守っていてね、お母さん。海斗の瞳から涙が落ちた。

 続けて明子と葵が順に手を合わせた。正太郎も明子もすっきりとした顔をしていた。この墓参りは伏見家の新たな節目となった。

 車に戻ると、正太郎は時計を見た。
「そろそろ、お昼だね。お昼はハングリーに行こうか?」
 明子と葵は首を傾げた。海斗は続いた。
「横浜で有名なハンバーグステーキ屋さんだよ」
 正太郎も続けた。
「ハンバーグがのった熱々の鉄板に特性ソースを掛けて仕上がりを待つ、ハンバーグステーキが食べられるお店の事だよ。日本で最初にこのスタイルを始めたお店なんだ」
 葵は明子の顔を見つめた。
「美味しそうだね、お母さん。そのハンバーグ食べてみたいね」
葵も明子も楽しみにお店に向かった。

 店内に入るとお肉の焼ける香ばしい香りが空腹感を刺激した。並ぶこと四十分。海斗達の順番が来た。オーダーを済ませるとスープ、サラダの順に運ばれた。食べ進めると話題のハンバーグをウェイターが持って来た。
「はい、美味しいハンバーグです」

 ハンバーグは熱く焼けた鉄板の上でジュージューと音を立てた。フキンの一辺を木製の台に挟み、反対側の一辺を両手で顔の高さまで持ち上げるのだ。ウェイターは熱々の鉄板を木製の台にのせ、目の前でハンバーグを半分にカットした。特性ソースをハンバーグの上に掛けると、更に派手な音がしてソースが飛び跳ねた。
 正太郎は葵を見た。
「葵ちゃん、もっとフキンを上に挙げて、洋服に油が跳ねないように防御するんだよ」

 一分程度で油の跳ねがおさまり味わう事が出来るのだ。正太郎は明子を海斗は葵の顔を見ると、明子と葵はハンバーグを口へ運んだ。
「おいしー!」どちらも花丸の笑顔を見せた。

「正太郎さん、この手の演出は他でも目にするけど、こんなに美味しいのは初めてだわ」
「ここは、粗挽きの肉そのものも美味しいけど、このオリジナルソースが旨いんだよ!」
正太郎は地元の有名店に明子と葵を連れて来た甲斐があった。

 明子は海斗に話しかけた。
「海斗さん、お土産で頂いた箸、とっても良いわ。柄も良いし何より使いやすいのよ」
「どう致しまして、お母さん」
「私も、猫の置物、机のいつも見える所に飾ってあるの。とっても可愛いよ、お兄ちゃん!」
「有り難う葵、最初はね、何を買ったら良いか悩んでいたんだ。喜んでもらって良かったよ」

 食事の会話は海斗の修学旅行の話で盛り上がった。節目となる大事な墓参りの日に心もお腹も満たされた伏見家であった。因みに夫婦箸が見つかったのでオルゴールは自分のお土産にしたのであった。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

アイドルと神様

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:241

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:1,260

下着売りの少女

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

罰ゲームの告白は本物にはならないらしい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:16

処理中です...